睡眠不足
「ふあぁ……ぁあぁぁ……」
のっけから大欠伸で失礼。
でも、いくら噛み殺しても次から次へと……ふああぁぁ……
「なんだ兄者、随分と眠そうだな」
「いやぁ、それがね……聞いてくれよ忠光」
「あん?」
「昨夜は遅くまで問い詰められちゃって……」
「?」
「宵闇ちゃんの父君とお会いしたって話したろ?」
「あー、あれか。先代の総大将が直々に結婚の許可をしたってヤツか」
「それそれ」
「だが、兄者の婚約者はリーシャ嬢なんだろ?」
「ああ、そうだとも」
「んで、宵闇とリーシャ嬢のどちからからも詰め寄られた、か」
「……」
「わははは。なんだよ、ただの惚気じゃねぇか」
「ち、違っ」
「前にも言ったが、宵闇はオレにとっちゃ母親みたいな存在だ。だから当然大切に思ってる。幸せになって欲しいとも、な」
「……」
「兄者ならそれは容易だろうよ。だがな、オレは同じくらいリーシャ嬢の幸せも願ってるんだ。知ってるか? あの子は、いついかなる時でも兄者のことばかり考えてる。あんなに一途でいい子はなかなかいないぜ?」
「……知らないはずがないだろう……」
「わはは。そりゃそうだよな。傍から見てても羨ましいくらい仲睦まじいものな」
「そ、そうかい。面と向かって事実を突きつけられると照れ臭いね」
「不誠実な真似だけはするなよ兄者」
「わかってるさ。だけど、宵闇ちゃんがあまりにもグイグイ来るから……娶れ娶れってすごい勢いなんだよ。親公認なんだからいいだろうと言われてもなぁ。しまいには側室でも妾でもいいからそばに居させてくれって……」
「ぶわっはははは! それで合点がいった! 兄者、まんまと宵闇の術中に落ちてるぜ!」
「笑い事じゃないよ……え? 術中?」
「そうだ。妾だなんだってのは、兄者の困った顔を見たいから言ってるだけだぞ。本気で望んでいるわけじゃない」
「な、なんだってー!」
「兄者と一緒にいたいってのは本音だろうがな」
「彼女は何故そんなことを……」
「あいつは誰よりも己の立場を弁えているからな。自分が妖怪の総大将であることも、課せられた使命も、そして人ではないこともな」
「……そう、だね……そうかもしれない」
「だからこそ兄者に甘えてんだ。結婚しろなんて言わん、だが甘えるくらいは悪いが許してやってくれよ」
「勿論さ。娘たちと同じくらい甘やかすとしよう」
「わっははははは! そりゃいいや! さすが兄者だ、器がデケぇ! ま、リーシャ嬢への説明は任せとけ。オレのほうから後でとりなしておく。あの子は聡い、きっと納得してくれるぜ」
「……情けないが非常に助かるよ……でも聡いからこそ心配なんだがね……」
「だったらたっぷり愛してやるといい。ところで兄者よ、ここに来た理由を完全に忘れてねぇか?」
ウォオオオオオォォ
ドドドドドドド
男たちの雄叫び。
怒涛の如く駆ける馬。
あちこちから響き渡る剣戟。
「わ、忘れてなんかないとも」
そう、ここは練兵場。
つまり俺と忠光は武士たちの訓練を視察に来ていたのである。
「ならいいんだがな。連中、兄者が見に来るってんで、やたら張り切ってるからよ」
「そう言われるとこちらが緊張しちゃうね」
「ま、気になる点があったら忌憚なく意見してくれ」
「ああ」
俺が眺めているのは忠光軍の中でも精鋭の騎馬隊だ。
今は紅白に別れて模擬戦の真っ最中である。
鍛え上げられた軍馬に跨り、武士たちはお互い勇猛に突撃を繰り返していた。
馬は恐れを知らず、騎乗している武者も動きにキレがあり、良く訓練されていることが窺える。
うん。
まさに精兵だね。
……しかし、なんだろう、この違和感……中央大陸で見た騎馬隊と何かが……ああー、わかった。
「なぁ、忠光。東大陸の騎馬武者は、みんな刀で闘うのかい?」
「ん? んー、基本的にはそうだな。馬でぶつかり合い、刀で打ち合う」
「そうか……ふむ」
「なんだよ兄者、忌憚なく言えって言ったろ」
「あぁ、いや、意見と言うほどではないんだがね。中央大陸で騎馬と言えば馬上槍を使うもんだからさ」
「……槍、か。東大陸でも使う者がいないわけじゃないが、一般的ではないな」
「中央大陸では、すれ違いざまに突き刺すんだけど、馬の突進力も相まってかなりの威力になる。そこらのモンスター……じゃなくて妖怪相手なら一撃で貫くよ」
「ほう、そりゃすげぇ。なるほど、槍ねぇ……わっははは! うん、いいぞ兄者! そう言うのを聞きたかったんだ。ジャンジャン言ってくれ」
バンバンと俺の肩を叩いて笑顔を向ける忠光。
正直たいした意見にもなっていないと思うのだが。
「兄者、歩兵のほうはどうだ?」
忠光に促され、左手の訓練場を見やる。
そこでは武士たちが思い思いの武器で激しく打ち合っていた。
勿論歩兵もかなり鍛えられており、入り乱れているように見えても、統率された行動をきちんとおこなっている。
「うむ、いいね。陣形変えもスムーズだ」
「だろ?」
「……付け加えるなら」
「うんうん! なんだ!? どこが悪い!?」
異様にキラキラした瞳で俺を見つめる忠光。
明らかに期待している目だった。
「そんな子供みたいに目を輝かせないでくれよ。逆に言い難くなるだろう?」
「そ、そうか、すまん兄者。で、なんだ?」
「(滅茶苦茶期待してるし……)別に悪いところは無いんだ。ただ、部隊ごとに武器種は統一したほうがいいんじゃないかい?」
「おぉう! それは何故だ!?」
「(忠光もグイグイくるなぁ……宵闇ちゃんにそっくりだ。流石親子)役割分担がはっきりするからさ」
「つまり?」
「……戦術的な話だよ。弓隊で牽制と削りを仕掛け、槍隊の槍衾で相手の騎馬を止め、刀部隊で斬り込んで殲滅、とかね」
「なぁるほど! そいつぁいいや! 確かに長柄の武器と刀の連中が混じって闘ってちゃ邪魔になるわな!」
「それと、なるべく強い武士を前に置いたほうが後方の士気も上がると思うよ」
「おぉ! なるほどなるほど、猛者を、前に、と……」
うわ。
わざわざ帳面を出してメモってる。
俺、そんなに重要なこと言ってないぞ?
基本中の基本くらいしか……
ぶっちゃけそれほど参考になるとは思えないね。
などと考えていた時。
「リヒトハルトさま! いかがでしたか我々の調練は!」
模擬戦を終えた武士たちがゾロゾロと戻り、会議などで顔見知りとなった指揮官が声をかけてきた。
忠光がそんな彼らを労っている。
俺もそうすべきだろう。
「ああ、とても良かったよ。流石は噂に高い忠光藩の武士団だね」
「ハッハッハ、お褒めにあずかり恐悦至極」
「こっちも噂に聞いてますぜぇ? リヒトハルトさまは相当強ぇってなぁ。いっちょオイラと立ち合ってくんねぇか?」
指揮官とにこやかに話していると、一人の武士がそう割り込んできたのであった。




