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父親会談



「よ、宵闇ちゃんのお父さん!? あなたが!?」

「左様」


 吃驚仰天。驚天動地。

 こんなわけのわからん場所で宵闇ちゃんのお父上とお会いするとは。


 しかし、やたら出っ張ったツルツルの後頭部といい、皺深い顔に真っ白なチョビ髭といい、あの可愛らしい宵闇ちゃんとは全く似ても似つかない。

 そもそもこれではお父さんと言うよりお爺ちゃんだ。

 もしや宵闇ちゃんは、我が娘マリーのように拾われた子なのではなかろうか。


 いやいや、俺とマリーとフランは結構似てる親子って周りからよく言われるもんね。

 ……まぁ、三人とも金髪碧眼なせいだろうけど、似てると言われりゃやっぱり嬉しい。

 でも、宵闇ちゃんと、この御老人に見た目の共通点はひとつもない。

 強いて言えば、どちらも小さいってとこかな……親父さんのほうが更に小さいのもアレだが……


 ただ、なんと言うか……言語化し難いが……宵闇ちゃんと御老人の、内包している根源的なモノ(・・)が似ているような気がしないでもないのだ。

 それが何かと聞かれても困る。存在感とか魂とか、そう言ったあやふやな言葉のほうが近いのかもしれなかった。


 そんな状況なので、俺は確証を得るために問うてみる。


「ならば、御老人が先代の総大将と言うことですか?」

「まさしく、だぞい」

「ご存命だったのですね。宵闇ちゃんの口ぶりからてっきり……」

「ほっ、人の言う『生存』とは、ちと違うがのう」

「そう、なんですか」

「長くなるゆえ細かな説明は省くがのう。儂は既に時のことわりから外れておる。故に生きておるとも言えるし、死んでおるとも言える。こうなる前に宵闇を妖怪総大将に据えておいて良かったぞい。ところで宵闇は息災かのう?」

「ええ。溌溂はつらつとしてます」

「ほっ、朗報朗報。しかし、あやつはあやつで『妖怪と人間が共存できる世にしたい』などと途方もないことを言っておったがのう」

「彼女はちゃんとそれを実行に移してますよ。ただ、強力な妖怪を封じているせいか、今は幼子の姿になっていますが」

「ほっ!? 全く……あやつめ、何も儂と同じ轍を踏まずとも良かろうに……親不孝よのう」

「は、はぁ」


 うーむ。やっぱり俺には理解できない話が多い。

 御老人はさっき聞いた『強者を見張る』ために時間の概念を捨てたってことなのかな?

 まぁ、誰を何のために見張ってんのかも知らないがね。

 あと親不孝の部分は俺にも少しグサッと来たよ。

 だってマリーも俺と同じ冒険者の道に……親不孝とまでは思ってないけどさ。

 今でも本当にこれで良かったのか、と言う葛藤はあるもんなぁ。

 それはきっと、この御老人も同じなのかもね。


「しかしまた、宵闇は良い間夫まぶを見つけたものだぞい。のう、リヒト坊」

「えっ? いえ、俺などまだまだ若輩者ですよ。それに、俺のほうが宵闇ちゃんに癒されてます」

「ほっ、控えめだのうリヒト坊は。ふむ、なるほど……あやつはそこに惹かれたのかもしれんのう……いやいや、いかんいかん! あやつは総大将、全妖怪の上に立たねばならん! いくらリヒト坊とは言え、おいそれと結婚を認めるわけにはゆかぬぞい!」

「はい!? いったい何の話です!? 結婚!?」

「……だがのう、宵闇が認めるほどの男ならば、歴代の『忠光』以上と言うことだろうしのう……あやつにも薄くながら人の血が入っておるで、やはり強い男を求めるのかもしれぬぞい……確かにリヒト坊は途轍もなき力の持ち主……それはこの場に自我を保ったまま現れたと言う事実だけでわかるがのう……」


 なにやらブツブツと呟き出す御老人。

 意外と感情の起伏が激しいようだ。


「待てよ……待て待て……神の如き力を持つ者であるなら、いずれ世の頂点に……つまり、リヒト坊と宵闇を婚姻関係にして……ふむふむ、さすれば神をも超える子が……」

「あの~……(なんか打算的で皮算用なことを言ってるような……?)」

「リヒト坊!」

「は、はい?」

「結婚を認めるぞい! あやつも器量は良いし、現妖怪総大将の肩書もある。リヒト坊に釣り合うはずだぞい」

「い、いえ、俺には婚約者が……!」

「そうと決まれば、とっとと戻って宵闇にもそう伝えてほしいぞい!」

「聞いてくださいって! 御老人!」


「ほれ、現世うつしよへの道は開けた。さっさと帰るがいいぞい!」


「ちょ、ちょっとおおおおおお!!」



 空間が突如裂けた。

 そして拳大の輝きが────


「こっ、これって……まさか!!」


 そう、俺は以前にこれを目撃したことがある。

 初めてマリーと出会ったエマーソンの大森林。

 そこへ俺の記憶とマリーの出自を探るべく二度目に訪れた時の……


 白と黒の輝きは一気に増大し、あの時と同じように俺を飲み込んだ。



「ほっ、宵闇によろしくのうー! あやつのことはリヒト坊に任せたぞーい!」

「それはわかりましたけど、結婚はしませんからねーーーっ!」


 俺はまたもや闇に閉ざされた。

 御老人の伝言を耳に残して。

 俺の言葉も彼に届いているといいのだが。




「……リヒトさん! しっかりしてくださいリヒトさん! すぅーーーっ! ……ぷーーーーっ!」

「……ん……ん……ん゛ん゛!?」


 まず聞こえたのは愛しきリーシャの声。

 次に……口付けの感触……?

 そして吹き込まれる熱く激しい吐息……これはキスではない!

 人工呼吸だ!


 なんか懐かしい!

 前に海でこんなことがあったよね。

 立場は真逆だったけど。


 じゃなくて!


「ぶはっ! ど、どうしたんだいリーシャ?」

「ああっ! リヒトさんが目を覚ましましたよ! よかったぁ~! ……ぐすっ……うえぇ~ん! よかったよ~!」

「なんで泣くんだい!?」


 兎にも角にも泣きじゃくる恋人を放っておけず、そっと抱きしめる。

 だが、状況はまるで不明だ。


「やったでござるなリーシャ殿!」

「中央大陸の心肺蘇生術、お見事でございまする! ……主さまのご帰還を心より……ふえぇぇ~ん!」

「あっ、お銀殿まで泣かないでほしいでござるよ……拙者にも移っ……ぐふぇぇ~ん!」


 お銀さんと霞ちゃんまで!? 


「……ぐしゅっ……お父ちゃまは禁印に触れ、心の臓と呼吸が停止していたのでありんす」

「えぇっ!? 俺は死んでたのかい!?」

「そうでありんす。これはその昔、先代の総大将が禁呪を用いて施した禁印なのでありんす。とある強大な者を封ずるための」


 ってか、俺死ねるんだ!?

 おかしな身体なのに!?

 しかしなんてこった……じゃあ俺は死後の世界を垣間見てきたとでも言うのかい……?


 いや、なるほど……そうか、そう言うことか。

 つまり、御老人と出会った場所が封印の地で、彼は永久にあそこで過ごすのだろう。

 御老人の『強者を見張る』と言う話とも合致してるもんな。

 これが『生きているが死んでいる』の理由なんだね。

 しかし、彼はいったい何を封じてるんだ?


 あれ? ちょっと待てよ。

 御老人と出会う前にも何かあったような、無かったような……ダメだ。思い出せん。


「普通の人間なら禁印に触れたところで問題はないのでありんすが、お父ちゃまの強大な力に惹かれてしまったのでありんしょう。先代も『強者は強者を呼ぶ』と、よく申しておりゃんした」

「……俺が迂闊だったってわけだね……みんな、心配させてすまない」

「……お父ちゃまが無事に帰ってくれただけで、わっちは……わっちは……ふにゃぁあ~ん!」


 猫みたいな泣き声で俺にしがみつく宵闇ちゃん。

 結局全員泣いてる。

 嬉しいやら恥ずかしいやら。



 そして恥ずかしまぎれに言った俺の言葉がとんでもない大旋風を巻き起こす。


「そうだ。俺、宵闇ちゃんの親父さんに会ったよ。なかなか面白い人だったね。『宵闇との結婚を認めるぞい!』なんて冗談を飛ばし……て…………え?」


 ゴゴゴゴゴゴ


「……その話、詳しく聞かせてもらいますよリヒトさん……! 私というものがありながら……!」


「先代がそうおっしゃりんしたのでありんすか!? わっちとお父ちゃまが夫婦めおとに……! ほほ、ほほほほほほ!」


「……」

「……」

「……」


 リーシャと宵闇ちゃんのあまりにも恐ろしい形相に、声も出ない俺、霞ちゃん、お銀さんなのであった。




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