散歩
「あぁ~、本当にいい天気だ」
「気持ちがいいですねー!(うふふ、リヒトさんと久しぶりのデート!)」
「しかし、もう夏の盛りだってのに随分と涼しく感じないかい?」
「確かにそうですね。なんででしょう?」
「ましてやこの藩は盆地のはずなんだがね」
「うーん、あっ、ここは東大陸でも北のほうだからじゃないですか? 忠光さんも『北の大君』なんて呼ばれてますし」
「おお、そうかもしれないね。俺たちの故郷アルハ村も中央大陸じゃ北のほうでかなり寒かったな」
「ですねー。冬なんか大雪で大変でしたもん」
「そうそう、毎朝雪かきでうんざりだったよ」
「あははは、私もですよー(私、やっぱりリヒトさんとこういうなんでもない会話するの大好きだなぁ~。落ち着くって言うか、ホッとするって言うか……)」
「へぇ~。リヒト殿とリーシャ殿は雪国の出身でござるかぁ~」
「私も幼少の頃は一時北のほうに住んでいたことがございまする。この地より遥か西、それはそれは貧しい寒村で……」
「ほほう、お銀殿もなかなか苦労されてきたのでありんすな。わっちなどは、瘴気渦巻く地の出でありんして、それはもうこの世のものとは思えぬほどの……」
「…………(浮かれてすっかり忘れてました────この人たちもいたんでしたね……デート気分終了~……しくしく)」
俺は、リーシャと霞ちゃん、お銀さん、そして宵闇ちゃんを伴って城の外郭を散歩していた。
普段、会議などは基本的に天守と言う立派な城そのもので行い、寝起きは主郭と言う藩主の住まいを間借りしている。
俺たちはその天守から降りてきたのだが、これほどの建物を普段はほとんど使っていないと言うのだからわけがわからない。
どうやら東大陸の城は、中央大陸と使用法が異なっているようだ。
ともあれ、空は青く澄んで、陽光は燦燦と照り付ける。まさに快晴、上天気。
出掛けろと言わんばかりの日和であった。
良く手入れされた庭園は緑が映え、大きな池では赤や白い魚が優雅に水中を舞っている。
連日の酷使で凝り固まった脳を解きほぐしてくれるような風景だ。
徐々に気分も高揚し、少し身体を動かしたくなる。
座っていることが多いし、多少は運動しておかないと腰に来るんだよね……
「リヒトさん、どこかいきたいところはありますか?(できれば二人きりになれるところで……)」
「うーん、そうだねぇ。マリーたちは城下町だったっけ」
「はい。お買い物したいって」
「なら邪魔するのもなんだからそっちは避けようか。おっ、そうだリーシャ」
「なんです?」
「あれ、気にならないかい?」
「??」
俺は親指で城が背負った山を指した。
その山にはこの藩へ来た時に見た奇妙で大きな文様が。
「あぁー! 確かにあれは気になりますね!」
「だろ?」
「はい! 行ってみましょう!」
と言うわけで、運動がてら山道を散歩することにした。
木々からはリラックス効果を生む成分が出ていると聞くし、きっと頭もすっきりするであろう。
「っとと、リヒト殿たち行っちゃうでござるよ」
「主さまのお側に仕えるのが【朧】の頭領たる務めでございますれば」
「宵闇殿~、鯉に餌をあげている場合ではござらん」
「ふぇ? おや? お父ちゃまは?」
「山のほうへ行くみたいでござる」
「ふぇっ!? 我々も行くでありんす!」
城の裏手に回り、そこからきちんと整備された山道に入った。
割とゆるやかな道には手すりも設けられており、老人とて楽に歩けるよう気配りが行き届いている。
もしかするとこれは山岳信仰の名残なのかもしれない。
立派な山は霊山として祀られることが多々あるからだ。
中央大陸でも標高8千メートルを誇る霊峰『ギルビア』などがそれに当てはまる。
もっとも、あちらは山が高すぎて登頂できる者のほうが少ない。なので、参拝や祭祀は専ら麓でおこなわれているが。
「ん~っ! 山の空気って美味しいですよねー」
「全くだね。標高が高いと澄むのかなぁ……スーーーッ……ハーー~……五臓六腑に染み渡るよ」
「あはは。リヒトさん、それお酒を飲んだ時にも良く言ってますよ」
「そ、そうだったかな(いかん、語彙が少なすぎるね俺…)…」
リーシャと二人、伸びをしながらてくてく歩く。
木漏れ日やそよ風に癒されていると、後方から近付く気配が三つ。
見ずともわかる、霞ちゃんたちだ。
「あ、あの、お父ちゃま」
「なんだい宵闇ちゃん」
「ど、どちらへ赴いているのでありんしょう?」
「うん? 特に目的地があるわけではないよ。ただ山の上のほうに奇妙な模様があったから軽い運動も兼ねてそれを見に行こうかなってね」
「そ、そうでありんしたか……ならばわっちがもっと別の場所を案内いたしんしょう」
「ははは、そんなに気を使ってくれなくても大丈夫だよ。これは気分転換の散歩なんだからね」
「う、うぅ……」
「それより宵闇ちゃん、その格好じゃ山道は大変だろう。小走りになっちゃってるしさ。よいしょっと」
「ひゃう!」
俺は宵闇ちゃんを抱き上げて左腕に乗せた。
いくらゆるやかな道でも幼女姿ではきついはずだ。
彼女は浮くこともできるようだが、わざわざ魔導力……じゃなかった、妖力を消費させるのは可哀想でもある。
「お父ちゃまぁ……(はぅぅん、優しいでありんすぅ……しゅきぃ……すりすり)」
「よしよし、甘えん坊さんだね」
「むー……(な、なんか納得いかないんですけど! ……宵闇ちゃ……さんはアリスちゃんとどこか違う気がします!)」
「リーシャも疲れちゃったのかい? なんなら背負っていくよ」
「えっ!? いえいえ! この程度で疲れるほどヤワな鍛え方してませんよ(背負って欲しいのは山々ですが! リヒトさんの広い背中、好きなんですよねー)」
「はは、さすが【紅の剣姫】だね」
「えへへー」
などと会話を楽しみつつ、遊歩道めいた山道をしばらく進むと、件の文様が見えてきた。
近くで見るとかなり大きい。
数十メートルほどもありそうな真円の中に、三角形を組み合わせた幾何学模様が描かれている。
よく見ればこの図形は白い塗料ではなく、山肌を直接削って形作られていた。
随分と古いものに思えるが、何故か押し潰されそうな圧迫感に囚われる。
これは悠久の歴史に対する畏怖だろうか。
それとも、この山に祀られた神に対する畏敬の念か。
ともかく、俺はそのような心地で文様の前に立ち、見上げた。
何がそうさせてしまったのか、俺にも不明であったが、右手はその山肌に自然と触れていた。
「お父ちゃまぁ……あぅん……ハッ!? お父ちゃま! いけないでありんす!!」
宵闇ちゃんの警告は……遅かった。




