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理想論



「はぅうん……こんな温もり何時以来でありんしょう……あぅうん……まるでお父ちゃまみたいに大きくて優しい手でありんす…………ハッ!?」


 みんなの視線にようやく気付いたのか、頭や顔をこすりつけていた俺の手からパッと離れる宵闇ヨイヤミちゃん。

 余程恥ずかしかったらしく背を向けてモジモジ。

 俺たち大人組も、マリーたち子供組もほっこりとした気持ちでそれを眺めた。


 うむ、とても愛くるしい。

 と、俺は思ったが忠光だけは違ったようだ。

 呆気に取られていた顔をキュッと引き締め直して問いただす。


 しかし、その内容は俺を、いや我々を仰天させるに値するものであった。



「何が違うのか説明しろ宵闇。お前は妖怪の総大将(・・・・・・)なんだろう?」


 刹那の────


「はぁぁああ!? 妖怪モンスターの総大将だって!?」

「えぇぇええ!? こんなにちっちゃな子がですか!?」

「はいぃい!? 冗談でござろう!?」

「よ、よ、妖怪の…………うぅ~ん……ぶくぶく」

「おっ、お銀さーーーん! いかん、泡を吹いてる! しっかりするんだ!」


「ねぇアリスちゃん、そうだいしょうってなぁに?」

「うーむ、なんと説明するのがよいのじゃろ? マリーお姉ちゃんにわかりやすく言うとじゃな……」

「え~とねえ。一番偉い人、かな!」

「うん、まぁ、そんな感じなんだけど、フランが言うとちょっとおバカっぽいよね」

「ひど~い! あっ、さっきのお返しでしょアキヒメ!」


 慌てふためくみっともない大人たちと、マイペースな子供たちの温度差たるや。

 娘らのほうが動じないあたり、将来はきっと皆大物になるであろう。



「わっちは妖怪の総大将。そこに嘘偽りはありんせん」

「ならば何故姿を偽った。最初からその幼子でもよかっただろうに。オレはそれが納得いかん」


 えっ?

 なにこの人たち、勝手に話を進めちゃってるよ。

 待ってくれ。まだ頭が混乱しているんだ。


 この艶やかでダボダボの着物を着た、マリーよりも小さな女の子である宵闇ちゃんが、『妖怪の総大将』……って話だっけ。

 その総大将が、何らかの理由で『北の大君』にして俺と義兄弟の盃を交わした忠光と繋がっていた。しかし忠光は、これまた何らかの理由で宵闇ちゃんに偽られたと思い、問い詰めている。


 うむ。まとめてみたが、ちっとも脳が受け付けない。泡を吹いたお銀さんの気持ちがよくわかった。

 だが、俺の父性は小さな子を放っておくなとひっきりなしに囁いている。ならばそれに従おう。


「忠光。口を挟んですまないがね、俺たちにもわかるように説明してくれないか」

「ん? ああ、そうだな。兄者には話しておこう。ま、別段大したことでもないんだが。いいよな、宵闇」


 忠光の言葉に神妙な顔でコクリと頷く宵闇ちゃん。

 そして何故か俺に寄り添ったまま膝を正している。


「じゃあまずは、オレの理想から話そうと思う」

「? きみの理想?」

「ああ。なぁ兄者、この世界の理想ってのは考えたことあるか?」


 どこが大したことのない話なんだ。

 それはどの時代の為政者にも付き纏う至上の命題ではないか。

 無論俺とて、より良い領地にしようとこれまで色々考えてきたのだ。


「そう、だな。あくまで大まかな理想論だが、それは争いのない恒久的な平和だろうな」

「おう。まさしくそれだよ兄者、流石だな。しかしオレはそれだけじゃ足りないとも思っているんだ」

「足りない……?」

「ああ。オレは人々の平和のみならず、妖怪とも共生関係を築きたい! それこそがオレの理想だ!」

「共生だと!? ……い、いくらなんでもそれは……」

「途方もない夢想だとオレも思っていたさ。だが、その可能性を見いだせる者と出会った。それが宵闇だ」

「…………」


 モンスターとの共生など、考えたこともなかった。

 そして凶悪なモンスターに襲われ、命を落とす人々は大勢いるのが現実である。

 その事実はこの東方大陸も中央大陸も変わらない。

 しかしただひとつ、大きな違いがある。こちらには宵闇ちゃんがいて、中央大陸にはいないと言う点。


「な、なるほど……確かにそれが実現するなら究極の平和と言えるな……」

「だろ!? 戦争もなく、凶悪な妖怪に怯えることもない理想郷になるぜ! その第一歩を踏み出せたと思ってたんだが……」


 胡乱な目で宵闇ちゃんを見つめる忠光。

 ササッと俺の陰に顔を隠す宵闇ちゃん。

 だがその瞳は真摯であり、決して忠光を騙そうとか嵌めようとしているとは思えなかった。


「宵闇ちゃん。これには理由があるんだよね? 俺に聞かせてくれないかい?」

「……お、乙女の事情にありんす」


 これで俺はピンときた。


「あー……もしかしてきみは、今の姿を忠光に見られるのが恥ずかしかったんじゃないのかい?」

「!!!」

「そうなのか宵闇。オレは別にお前が幼子でも気にはしねぇぞ」

「……忠光。きみってヤツは、何にもわかってないなぁ」

「な、なにがだよ兄者」

「きみは結婚しているのかね?」

「いや、独り身だ」

「そうか。なら恋人や好いた子は?」

「特にいねぇな」


 ハァァーーーーと長い長い溜め息をつく俺たち一家。


「な、なんだよみんなして! なぁ兄者、どう言うことなんだ!」

「そうかそうか。宵闇ちゃんも苦労してるんだね……よしよし」

「あうぅん……全くでありんすぅ……お父ちゃまぁ」

「兄者ぁぁ!」


 宵闇ちゃんを膝に乗せ、しみじみと彼女の頭を撫でる。

 忠光は子供のように懇願しているが放っておこう。

 今は宵闇ちゃんに事情を聞くのが先決だ。


「でも、どうして幼子の姿になってしまったんだい?」

「……わっちは元々大人の姿なのでありんすが、忠光との約束を果たすために力を使いすぎて……」

「約束?」

「いえ、むしろ忠光の『願い』でありんしょうか。お父ちゃまはこの忠光藩に立ち入られた折、なにか奇妙に感じたことはありんせん?」

「(遂に『お父ちゃま』が定着しちゃってるよ……)感じたこと、ねぇ……うーん……あ、そう言えば、やたらと妖怪が少なかったね。ほとんど遭遇しなくて驚いたもんさ」

「然り。流石はお父ちゃま。ヌエの報告通り、叡智と力を兼ね備えた比類なき御方でござりんす」

「ヌエ……えっ、まさか山で会ったあの鵺と知り合いなのかい?」

「それはもう、なんせわっちは総大将でありんすから」


 な、なるほど。

 道理で意味有り気に飛び去ったと思ったよ。鵺め、そう言うことか。


「では、この地に妖怪が少ないのはきみの力なんだね」

「まさしく。忠光藩全体に強力な結界を巡らせ、弱き妖怪はもとより、強き妖怪をも近付かせぬようにしているのでありんす」

「ほう。人々が伸び伸びと人生を謳歌しているのはそのせいか」

「しかし、魔神の影響にて活性化した強き妖怪どもは、遠ざけるのが精一杯の始末。中にはわっちの説得に応じない者もおりんす」

「……宵闇ちゃんは忠光の理想と願いをどうにか叶えようと頑張っていたんだね。それなのに当の忠光ときたら『騙された』だの『謀られた』だのと……義兄弟の契りを交わしたのは間違いだったかねぇ?」


「うわぁぁぁああ! 兄者、勘弁してくれぇぇ! オレが悪かったああああ!」


 ジト目で俺が視線を送ると、忠光はビタンビタンと畳に頭を何度も打ち付けた。

 だが俺は、忠光へ兄貴分としてこう言ってやったのだ。


「謝るのは俺じゃなく、宵闇ちゃんに、だろ?」

「あん? なんでだよ」

「まだ気付いてないのかい? 困った弟分だね。宵闇ちゃんはきみに恋を……」

「は? それはないだろ」

「えっ? いやいや、滅茶苦茶あるだろ」


「んなもんねぇって。言ってみりゃ宵闇はオレの母親みてぇなもんだからな」


「はぁぁああ!?」



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