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お礼


「ほんに、助かりましたわい」


 地面に正座をし、深々と頭を下げる小さなお婆さん。

 白髪をひとつにまとめた頭部が何度も上がったり下がったりしている。


「いえいえ、ご無事でなによりです」


 俺も釣られて何度も頭を下げてしまう。

 人生の先輩たるご老人にかしこまられると、こちらも恐縮しちゃうよね。


「アタシらの作物を荒らすゴブリンどもに一太刀でも、と思ったのが間違いでしたかのう」

「一人でそんな無茶したんですか!? よく無事でしたね。普通は死にますよ」


 うわ、出た。

 リーシャの思ったことを言っちゃう病。


「思てたよりもヤツらの数が多くて、こりゃアカンと逃げ出したところへ、このお兄さんが来てくれましてのう。颯爽とアタシを抱いてくれたのは、ほんにかっこよかった。年甲斐もなく惚れそうですわい。カッカッカッカ」

「ゾクゥ! じょ、冗談はよしてくださいや……はは……」


 お婆さんの熱視線を受けて震えあがるグラーフ。

 ……ご愁傷様。


「あら、お似合いじゃないグラーフ。そのまま結婚しちゃいなさいよ、あははは」


 ケラケラと快活に笑うリーシャ。

 完全にからかいモードだ。

 なんだか俺まで楽しくなってくる。


「ぐらーふとおばあちゃん、けっこんするの?」

「はははは、そうなるかもしれないよマリー」

「じゃあ、わたしはパパとけっこんするー!」

「おお、マリーはパパと結婚したいのかい? よしよし、いいとも」


 嬉しいことを言ってくれるねぇ。

 正直、涙が出そうだよ。

 でもね、これがあと数年もしたら、そこらのイケメンにうつつを抜かすようになっちゃうのかと思うと……

 ……切ないよね。


「マ、マリーちゃん? あのね、パパとは結婚できないのよ?」

「えぇー!? ぜったいするもん! パパとけっこんして、わたしがはたらけなくなったパパのめんどうをみながらやしなってあげるんだもん!」


 妙に具体的!

 しかも俺が養われる側!?

 働けなくなったって、俺に何が起こったんだい!?


 いやはや、子供の想像力ってのは本当に豊かだねぇ……


 だが、これにはリーシャもタジタジの様子。

 しどろもどろになりながら説明をしているが、幼いマリーに法令だの常識だのと言った理屈は通用するはずもない。


 ちなみに今日のマリーちゃんの髪形は左右で三つ編みにした金髪を、丸くふたつにまとめてある。

 リーシャが結ってくれたんだが、なんとも言えない気品が出ていた。


 うんうん。

 どこかの貴族令嬢ですと言っても余裕で信じるね。

 流石は我が娘だよ。

 ……本当に血が繋がってればよかったのになぁ。


「カッカッカッカッカ! 実に愉快なお人たちですわい! ささ、お礼もしたいのでアタシの家へ寄って行ってくだされ」


 小さな身体とは裏腹に、豪快な笑いを見せるお婆さん。

 お礼と言う言葉でピクリと反応する元盗賊のグラーフ。

 どうやらまだ娑婆には慣れ切っていないらしい。


 こらこら。

 お礼イコール金銭、ではないと思うぞ。


 どうやらグラーフにはまだまだ教育が必要なようだね。

 マリーと一緒に文字や数を数える勉強から始めるかい?

 いや、道徳が先かな?


 若者を指導するのは年長者として当然の責務だ。

 時には諫め、時には諭して成長を促してあげるべきであろう。


 最近はきちんと叱れる大人が減った、なんて話も料理人時代に客からよく聞かされたもんだよ。

 俺も最初、そんなもんは教育者がやることだ、なんて思ってたけど、それじゃダメなんだよね。


 バカなことをしでかしたら叱り、善い行いをしたら褒める。

 当たり前のことをちゃんと教えるのが大人の役目なのかもしれない。


 そんなことを、マリーと出会ってから考えたりしているのだ。


 でも、説教するのもされるのもあんまり好きじゃないんだよなぁ、俺。

 おっさんの説教って、大抵クドくなりがちだからね……


「姐さん! いてぇ、いてぇっすよ!」

「あんたがアホなこと考えてるからよ」

「なんでわかったんです!?」


 ははは。

 グラーフの教育はリーシャに任せたほうがいいかもな。

 今も、彼の尻をつねってうまいこと諫めてるし。


 リーシャは剣士より教師のほうが似合ってるのかもね。

 きっといい先生になると思うよ。


 ともあれ、さっさと歩き去るお婆さんの背を追って、俺たちも歩き出したのだった。


 案内されたのは丘の向こうへ続く大街道を、しばらく歩いた先にある小さな集落だった。

 大街道を少し左へそれた場所に、ポツポツと木造の家が並んでいる。


 だが、どの家も非常に立派な造りだった。

 敷地も広く、納屋や土蔵がいくつも並んでいる。


 いわゆる豪農と言うヤツだろう。

 このあたりの農作物は味や品質も良く、そこそこ高値で流通しているからだ。


 しかも大多数の作物が王都へ卸されるからには、かなり儲けているはずである。

 早速金目の物を探知したのか、グラーフの目が爛々と輝きだしたのが証拠だった。


 盗賊の鼻ってのは良く利くらしい。

 やっぱり冒険者向きだよ、きみは。

 ダンジョンや古代遺跡で重宝されると思うね。


「おぉーい! せがれたちや! お客様をお連れしたぞい!」


 巨大な母屋の中へ声をかけるお婆さん。

 そしてドヤドヤと現れる家人たち。


 ……ちょっと待って。

 多すぎないかい?


 いったいこの家には何人住んでいるんだと思うくらいに次から次へと現れる老若男女。

 パッと見でも20人はいそうだった。


「母ちゃん! どこ行ってたんだ!? 心配したんじゃぞ!」


 恰幅のいいおっさんが野太い声で言った。

 きっと息子さんなのだろう。


「にっくきゴブリンどもに天誅を食らわせてきたわい!」

「嘘つけよ。おおかた無茶してそこの人たちに助けられたってオチじゃろが。どうも、旦那方。うちの母がご迷惑をかけしたようで済まんこってす。ささ、上がってゆっくりしてってくだされ」


 すごいなこの人。

 一瞬でお婆さんがしたことを見抜いたよ。

 つまり、よくある出来事なんだろうな。

 困ったお婆さんだね。


「やかましいわい! ここじゃうるさくて落ち着けんじゃろがい! アタシャこの兄さんがたを離れに案内するでの、夕餉ゆうげの支度を頼むわい」

「いえ、俺たちはすぐおいとましますよ。お婆さんが無事でなによりでした」

「なぁに言うとりますか! ここへ来てメシも食わずに行っちまうなんて、それこそバチがあたりますぞい!」


 発言したのは俺なのだが、お婆さんは強引にグラーフの手を引いて行く。

 随分と彼をお気に召したようだ。


 案内されたのは母屋の裏にある平屋の建物。

 あの巨大な母屋を見た後だけにちんまりと感じるが、入って見ると普通の一軒家並みの広さがあった。

 俺たち四人には広すぎるくらいである。


「ここは普段使っておらんが、掃除はしてありますで、ゆっくりしてくだされ」


 アタシャ、晩飯の準備を手伝ってきますでの、と言い残してお婆さんは去って行った。


 うーん。

 こりゃもう、有無を言わさず泊まって行けってことなんだろうね。

 有難いような申し訳ないような、複雑な気分だよ。


「パパー! おうちのなか、たんけんしたい!」

「ああ、いいよ」


 俺が肩から降ろすと、軽快な足取りで駆けてゆくマリー。

 あちこちの扉を開けながら走り回っている。

 『ここ、おといれー!』とか『ここはおふろ!』とか、時々聞こえてくるのがなんとも微笑ましい。


 ふふ、探検か。

 なんにでも興味があるお年頃だもんな。

 存分に駆け回るがいいさ。


「ふぅー……」


 お婆さんにベタベタされて、かなり辟易した様子のグラーフ。

 それを見てクスクス笑っているリーシャ。



 俺も笑いながら荷物を降ろし、数日ぶりの屋内でくつろぐのであった。



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