妖艶な美女……?
「こりゃどういった宴にござりんす? おや、随分と間夫い御方がおりんすな」
「おう、この御仁はリヒトハルト殿だ。今日からオレの兄者になった。その祝宴だぜ」
「ほほほ、それはそれは。よくぞおいでなんし」
きらびやかな着物で着飾ったその人物は、三つ指をついて俺に丁寧なお辞儀をする。そして顔を上げ、ニコリと微笑んだ。
彼女に何らおかしな素振りはない。
だが俺はこう思わずにいられなかった。
これは……いったいどういうことなんだ────と。
「わぁ、綺麗な女性ですね……!」
「ものすごい美人でござるな……」
「女の目から見ても妖艶に思いまする」
……は?
リーシャも霞ちゃんもお銀さんも、なにを言っているんだ?
綺麗で妖艶な美人? どこに?
「どうだい兄者。とんでもなく良い女だろう? おう、宵闇、兄者に酌をしてやんな。お前も兄者の凄まじさを肌で感じるといい」
「よござんす。ささ、盃を。にしても、ほんに主さんは間夫でありんすなぁ」
まるでしなだれかかるように俺へ寄り添い、宵闇と呼ばれた人物はしなやかな手付きで酌をする。
なんとも奇妙な感覚が俺を襲った。以前、似たような経験をしたからだろうか。
「俺はきみの主ではないのだが……ところで間夫とはなんだい?」
「お父さん、『主さん』は古い言葉で『あなた』って意味だよ。『間夫』は『良い男』とか、そんな意味」
「そ、そうか。ありがとうアキヒメ(褒め言葉だったのかー)」
「むー」
意味を知って顔をしかめるリーシャ。
これは嫉妬している時の表情だ。
ただ、現状のどこに嫉妬する要素があるのかはわからない。
それにしてもリーシャの膨れっ面はいつ見ても可愛い。
「お父さま」
そんな中、アリスメイリスだけは少しだけ鋭い小声で俺に注意を促す。
俺もほんの少し頷いて同意を示した。どうやら彼女には俺と同じモノが見えているようだ。
「宵闇には、絶世の美女と言う言葉がぴったりだぜ。な、兄者」
「ほほ。いくら褒めても何も出やしんせん。さぁ、リヒトハルト殿、わっちにも返杯をしておくんなんし」
「兄者、見蕩れるのはわかるが呆けてないで注いでやんなよ。良い女のためにさ」
「こらこら、バカげたことを言うもんじゃないぞ忠光。こんな幼い子に酒を飲ませられるわけがないだろう?」
「は?」
「はい?」
「へ?」
「え?」
「?」
「ほえ?」
「ん? なに言ってんだ兄者。もう老眼か?」
みんなの反応が論より証拠。
やはりそうか。
俺とアリスメイリス以外には、この宵闇が別なモノに見えているのだ。
そう、きっと妖艶で美しくグラマラスでスタイルの良い大人の女性に!
むしろ俺も見てみたかったと思わないでもないが、後が怖いので黙っておこう。
アリスメイリスも俺の脇腹をツンツンと、せっついていることであるし。
宵闇とやらが何のつもりで姿を偽るのかは知らぬ。
今のところは邪な謀略の片鱗も無い。
しかし、俺たちばかりか忠光までをも謀っているのは事実。
ついでに忠光の胡乱気な目を覚ましてやろう。
俺は体内で魔導力を練った。
抑えていても漏れ出す魔導力の高まりに、ハッとする宵闇。
ササッと顔を両手で覆ったのは、これから何をされるのか悟ったからであろうか。
「魔導解除!!」
ボワワン
魔導が発動するや、煙に覆われる宵闇。
相手に発動中の魔導、妖力、魔力の類を全て強制的に解除するスキルの前には、多少の抵抗力など無に帰すのだ。
やがて煙は晴れ────
ちまーん。
と言う音が聞こえてきそうなほどの小さな女の子がそこにいたのだ。
ダボダボの雅な着物はそのままに、愛らしい大きな瞳をパチクリしている。
「なっ、なにぃぃい!? お、お前、よ、宵闇なのか!?」
「えぇぇぇ!? 何がどうなってるんです!?」
「いきなり幼子になったでござるー!?」
「これは面妖な!」
「わぁー! かわいいー! ちっちゃーい!」
「可愛いね~! アキヒメの小さい頃みたい~!」
「ブッ! やめてよフラン! こんなに小さい頃はまだ出会ってないでしょ! でも、ホントに可愛いねこの子」
両極端な大人組と子供組の反応に思わず苦笑する。
やはり俺とアリスメイリスだけが幻惑術に惑わされず、最初からこの姿の宵闇を見ていたのだ。
俺にはパッシブスキル【看破】と【精神異常耐性】がある。
そして真祖であるアリスメイリスも、生まれながらにその手の術には滅法強い。
「さて、聞かせてもらうよ。どうして俺たちを騙そうとしたんだい。宵闇ちゃん……さん?」
あまり怯えさせないよう、娘たちと接する時のように優しく語り掛ける。
だが宵闇は慌ててワタワタと両手を振った。
「ち、違うでありんす! 忠光や主さんがたを謀ろうとしたわけではありんせん!」
「だったら、きちんと説明をしろ。今までオレが見てきた宵闇はなんだったんだ」
「そ、それは……」
「まぁまぁ。落ち着きなさい忠光。そんな剣幕じゃこの子だって話しにくいだろ。なー? 宵闇ちゃん」
「あ、あうぅ」
俺は忠光をなだめながら、マリーよりも小さな宵闇の頭を撫でた。
推定で5歳くらいだろうか。
艶やかな黒髪がなんとも滑らかだ。
と、そこまでしてから、しまったと思った。
いつものように娘たちをあやす感じで接しちゃってる!
これはきっと、俺が初めてアリスメイリスと出会った時の状況に似ていたからだろう。
彼女も幻惑術で俺やグラーフを虜にしようとしたのだ。
真祖はそうやって人間を使役することもあるのだそうだが、ずっとあの洞窟に潜んでいたアリスメイリスは絶対的な経験不足であった。
故に見事失敗し、敗れた彼女は俺の娘になることを選んだ。
どうやら俺は、その今となっては微笑ましい出来事を無意識に思い出していたらしい。
勿論、頭を撫でたことに他意は全くない。
強いて言えば、これまでに培ってきた父性の賜であろう。
しかし、そんな俺の行為に対する宵闇の反応は驚くべきものであった。
「あぅん、はぅん……お父ちゃまぁ」
お父ちゃま!?




