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宿屋……?



「おぉ~う、いい日和だなぁ。お天道さんが眩しいや。こっちだぜ、兄さんたち」

「あ、あぁ。すまんな」


 浪人組合にて知り合った男の後をついていく俺たち一行。


 ひょんなことから知り合った彼が、今晩の宿を紹介してくれると言う。

 やや強引だったが、忠光藩に到着したばかりで右も左もわからぬ俺には非常にありがたい申し出であった。


 しかし解せぬ。

 いや、この男ではなく、俺自身の行動がだ。

 

 ……彼は俺が魔導装置を直したと言ってたな……

 初めはからかわれているのかと思ったけど、実際に装置は稼働してたんだよなぁ……

 うーむ、全っ然覚えてない。

 本当に俺の仕業か? だとしたら、すごくない? あんな装置を弄れるなんてさ。

 何者だよ俺、って話だ。

 ……いやマジで何者なんだよ俺は……過去の記憶がおかしいことと何か関係があるのかな……


「パパ? げんきないけどだいじょうぶ?」

「お腹でも壊しておるのかの? 確かお薬を持ってきたはずなのじゃ」


 左右からマリーとアリスメイリスの気遣う声がする。

 二人は俺の手を握って歩いているのだ。


 荷車は受付嬢のお小夜ちゃんが気を利かせ、浪人組合の軒先に止めておけるよう計らってくれた。

 なので俺たちは身軽になったわけだ。


 ちなみに、魔導装置修理の正式な礼は、上司と共に後日してくれると言う。

 どのような礼かは知らぬが楽しみにしておこう。

 出来れば地酒なんかだと嬉しい。

 しまった。その旨を伝えておけばいいお酒がもらえたかもしれなかったのに。


「心配してくれてありがとう二人とも。なんでもないんだよ、ただちょっと不思議なことがあっただけさ」

「ふぅん? でもむりはしないでね。ぜったいだよ」

「お父さまが元気ならそれでいいのじゃー」


 俺は愛しい娘たちの頭をワシワシと撫でてから手をつなぎ直した。

 いつだって俺が踏ん張れたのは、この子らがいてくれたお陰なのである。

 子供たち無しでは俺の人生は無味乾燥なままであっただろう。


「じぃ~……」

「!?」


 追記! 無論、我が愛する恋人リーシャのお陰でもある!

 だから無言で恨めしそうに見ないでくれ!

 後で一杯可愛がるから!



「あっ、光之進ミツノシンさまぁ~! 今日も寄ってっておくれよぉ~!」

「んぁ? 悪いな。客を案内してる最中なんだ」

「光之進さん! いい魚が入ったぞ、一匹どうだい?」

「あぁ、家の者に言っとく」

「光之進さま遊んで~」

「おぅ、坊主たち。後でな」


 次々に町人から声をかけられる男。

 どうやら彼の名は光之進と言うらしい。

 そう言えばお互い名乗ってなかった。

 それなのに違和感がないのは、光之進の屈託なき人懐こさゆえだろうか。まるで昔からの馴染みだった気すらしてくる。


 ともあれ、彼は随分と街の人に人気があるようだ。

 『さま』付けで呼ばれているあたり、もしかしたら老舗宿屋の若旦那なのかもしれない。

 人当たりも良く、長身でなかなかの男前が若旦那とくれば、彼の営む宿屋はさぞや繁盛していることであろう。

 つまり今夜はかなり期待できる。

 美味しい料理に、旨い酒。そこに広い風呂でもあれば女性陣みんなも喜ぶ。

 久しぶりに羽を伸ばせそうだ。


 着物のたもとに両手を入れ、軽やかに歩く光之進。

 居並ぶ店を覗いては、うんうんとなにやら頷いている、

 買う様子もないが、ただの冷やかしや品定めとは少し違う気がした。


 そんな風に進む彼の後を、キョロキョロしながら追う俺たち。

 物見遊山のおのぼりさんもいいところだが、そんな我々を奇異な目で見る者は一人もいなかった。

 むしろ、にこやかな顔で気さくに呼び込みをしてくる。

 俺とマリー、フランシアの変装が効いていると言うのもあると思うが、街の者にすればこんな旅人には慣れっこなのであろう。

 暮らしが豊かな民は、心にもゆとりが出るものだ。ゆとりがあれば他人にも優しくなれる。

 やはりこの藩は、俺の目指す理想の街に近いと言えるのではなかろうか。


 大通りを北上し、活気あふれる商店街から、賑やかな飲食店と宿屋が並ぶ区画に入った。

 恐らく光之進の宿屋もこの辺りにあると思われる。


 おぉ、いい匂いがあちこちからするね。

 お昼時だから余計に腹が減るよ。

 そうだ。後で彼におすすめの店を聞こう。

 旨い料理があったらベンに教えて『真・子豚亭』で売り出すのもいいね。

 きっと儲かるぞ。


 などと脳内で皮算用をしているうちに、光之進は飲食店街を抜けて行った。

 そして閑静で立派な邸宅街へ。

 どうやらここは士族……中央大陸で言えば貴族が住む区画のようだ。

 まさか光之進は貴族なのだろうか。


 だが、彼はその邸宅街すら抜けて坂道を進んでいく。


 流石に俺も言葉を失ってしまった。

 何故なら、もうこの先に見えているのはただひとつ────



「さぁ着いたぜ。ここがオレん家だ! 遠慮せずに入りな!」


 とてもいい笑顔でそう告げた光之進。

 爽やかなのに、してやったりな顔に見えてしまうのは俺の勝手な感情によるものだ。


「えっ……これが……きみの家なのかい? は、ははは……こりゃまた随分と立派な宿屋だこと……」


 間抜け面でそう返す俺。

 錯乱しかかっているのが自分でもわかる。


「な、なに言ってるんですかリヒトさん!」

「パパ! げんじつとうひしちゃダメ!」

「しっかりするのじゃお父さま!」

「お父さん、気を確かに!」

「わーん! パパが壊れちゃった~!」


 総出でツッコミを入れるリーシャと娘たち。


「…………」

「…………」


 お銀さんと霞ちゃんに至ってはあんぐりと口を開けっ放しだった。

 気持ちはわかる。

 押し付けられた現実が強烈すぎたのだ。


「わっははは! 愉快な家族ツレを持ってるじゃねぇか、兄さんよ!」


 光之進は豪快に笑い、大きな扉をくぐり中へ入っていく。

 門番らしき槍を持った二人の大男が静かに、そして深々と頭を下げた。



 天を仰ぐように見上げた俺の目に映るのは、巨大で立派すぎる城の威容だったのである。





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