圧
その後、全員に料理を振る舞い(所持食糧の8割を失った)、秘蔵の酒を酌み交わし(全部飲まれた……トホホ)、大いに盛り上がった翌朝、ジロキチ一味と袂を分かつ時が来た。
彼らはいくつかの小隊を編成してそれぞれが東大陸の各地を回るそうだ。
姉御姉御と名残惜しそうに旅立つ元盗賊たち。中には別れが辛いのか、泣いている者も。
マリーはそんな一人一人を激励し、ちっちゃな手で握手を交わしていた。
我が娘ながら、なんと部下(?)思いなのか。
彼女なら俺の後継者として、きっと良い為政者になるだろう。
そうなれば俺は引退してリーシャとのんびり暮らせるなぁ。
……あ、いや待てよ。俺とリーシャの間に子供が出来たら……ち、血で血を洗う後継者争いに発展して……!
それは困るぅ! 俺はどっちを選べばいいんだぁ!
ハッ!? そこにアリスまで参戦したら三つ巴の……うぉおおお!
飛躍しすぎな脳内妄想で煩悶する俺。
これを自爆と言う。
ともあれ、野営の片付けと後始末を終え、我々も出立した。
山間を抜け、北へ向かう。
街道を順調に進むうち、とあることに気付いた。
平野部とは言え、全く妖怪と遭遇しないのである。
最初は『平和だねぇ』などとのんびり構えていたのだが、二日目が終わるころになっても目撃すら一切しないのは異常だ。
そしてなにより、大食らいのジロキチ一家に気前よく振る舞ったせいで、一気に乏しくなった食料の補充にと妖怪を当て込んでいたのだが、まさしく当て外れとなってしまった。
とは言っても、非常用の保存食はそれなりにあるし、霞ちゃんの話によれば、目的地の忠光藩もそう遠くはないとのことで、さほど心配はしていない。
そんな風にして更に三日が過ぎた昼前。
「へえぇ。こりゃあ大きな街だなぁ」
「重定藩よりも活気がものすごいですね!」
「ひとがいっぱいいるー!」
「公爵領もかくや、と言ったところじゃのー!」
俺たちは噂の忠光藩に到着したのである。
この藩は山々が凹状となって囲う広大な盆地の一番奥、その山腹に城を構え、眼下に望む城下町はアリスメイリスが言った通り我が公爵領と比べても遜色のないものであった。街を取り巻く外壁も高く堅牢で、生半可な軍隊や妖怪の群れなどでは、とても攻め落とせるとは思えないほどだ。これも長きに渡り自治権を保っている理由のひとつなのであろう。
ただ、気になったのは立派な城の立っている山のほうだ。
城のある中腹よりも更に上、頂上付近に奇妙な文様があったのだ。
ここからでも見えると言うことは、かなりの大きさであると思われる。
「なぁ霞ちゃん。あのマークはなんなんだい?」
「まぁく?」
「あー……えーと、文様と言うか紋章と言うか……とにかく、あの山に書かれているヤツだよ」
「ああ、あれは太平の世を願う魔除けの印だそうでござるよ」
「ふむ……魔除け、ね」
なるほど、言われてみればそんな風にも見える。
だが、何故か神殿で貰う護符やお守りなどに感じるような神聖さは無いような気がした。
「リヒトさん、これからどうするんです?」
「んー、そうだねぇ。ゆっくり見て回りたいところだけど、あんまり時間もないしなぁ。物資の補充をしてすぐに出立……」
「……」
ジッと俺を見つめるリーシャ。
そんなに俺が男前に見えるのだろうか。
……いや、これは違う。
彼女からなにやら無言の圧を感じる。
「……ゴホン。食料などを確保したら即座に出……」
「……」
「……」
「……」
「……」
圧が一気に増えた。
娘たちである。
その空気に耐え切れず、視線を逸らすと。
「……」
「……」
霞ちゃんやお銀さんまでも────
「……ゴホンゴッホン……あー、その、なんだ。まずは宿を探そうか。散策はその後にしよう」
「やったぁ!」
「さすがお父さまなのじゃ!」
「リヒトさんならそう言ってくれると信じてましたよ!」
「お父さん、話せるぅ!」
「お泊りうれしいなー!」
「気配り上手でござるなぁ、リヒト殿!」
「我が主さまは、まっこと優しき御方にございまする」
急にチヤホヤされても素直に喜べない。完全に言わされてしまったのだから。
だが、みんなの嬉しそうな顔を見られたので良しとしよう。
さあ、そうと決まれば宿探しだ。
この時間なら混みあう前だし、部屋も容易に取れるはず。そこでついでに昼食も摂れば午後を有効に使える。買い物がてら、久しぶりにリーシャを誘ってデートと洒落込もう。
南門をくぐった俺たちは大通りを北へ進んだ。
遠くの城を正面に荷車を引きながらてくてく歩く。
人々は笑い合い、職人や商人は熱気に満ちていた。
これこそ俺が思い描き、公爵領で目指していた理想郷である。
うーむ。
規模、物流、施設、人口、伝統……色々な面で我が公爵領はまだまだだと思い知らされるね……
まぁ、公爵領は街作りを始めて一年くらいだもんなぁ。
それなのにあれだけの立派な街を建造したんだから、むしろ俺たちの勝ちじゃないか?
温泉もあるしな!
ここの君主である忠光と同じく、領地を治める者として、つい対抗心が湧き上がる。
意味のないことだとわかってはいてもだ。これは男の意地と言い換えてもよかろう。
あ、屋台の食べ物を見る限りじゃ、公爵領のほうが美味そうかな。
なんせ向こうには『真・子豚亭』もある。料理の質で負けるわけにはいかんぞ。
……ん?
いつの間にか料理対決になった俺の脳内が、とある発見をしたのは東西南北の大通りが交わる四つ辻に差し掛かったあたりであった。
東大陸には珍しい、三階建ての建物が目に入ったのである。
しかも木製の門扉には、大きな一枚板に堂々とした文字で『浪人組合 忠光藩支部』と書かれているではないか。
へぇ、随分と立派なギルドハウスだ。
さぞかし賑わってるんだろうなぁ。
あれ? そういや、霞ちゃんはなぜ重定藩なんかで浪人になったんだろ?
どう考えても忠光藩のほうがクエストや待遇、住み心地も良さそうなのに。
あ、そうだ。ギルドハウスに宿泊できないかな。冒険者だと割引もあるしお得なんだよね。
中の造りも公爵領とどう違うのか気になるしさ。
ちょっとした興味が湧き、皆の了承を得て覗いてみることにした。
これが、後にとんでもない事態へ発展するなどと、この時の俺はまだ知らなかったのである。




