一騎打ち
「おじさんがこのなかでいちばんえらいひと?」
「だ、だったらなんだってんだ! まさかこのオラと一騎打ちでもしようってのか!?」
「うん。そのまさか」
「なんだとォ!?」
「なんだって!?」
とんでもないことを言い出すマリーに、図らずもジロキチと一緒に叫ぶ俺。
ただし、ジロキチは驚愕、俺のは悲鳴だが。
いくら強くなろうとも、愛娘をあんな大男と闘わせるなんて親として躊躇するのは当たり前である。
だって見てくれよあの身長差と体格差を!
まるで象と子犬だぞ!
「バ、バカを言え! オラがこんなチビと……!」
「頭ァ、よもやビビってるんじゃねぇでしょうね?」
「う、うるせぇバカ! そんなわきゃねぇだろ!」
どうやら副官的なポジションを担っていると思しき、ほっかむりの男に煽られながらも、かろうじていきり立つジロキチ。
頭目の威厳はギリギリ保てたであろうが、眼前で手下連中が次々とマリーたちにやられているのを目撃しているのだ。多少は及び腰になっても致しかたあるまい。
他の盗賊らもそれを重々承知しているのか、副官のように煽ったりはしなかった。
年端もいかぬ少女たちにやられて、意気消沈しているせいかもしれない。
舐めてかかるからそうなるのだ。
ただ、依然として戦闘可能な盗賊どもはまだまだ残っている。
なので、マリーの『頭目を一騎打ちしてでも倒す』と言う選択は、あながち間違っていない。
基本的に盗賊とは数を頼みに襲い掛かる狡い連中だ。
故に個々の戦闘能力はそれほど高いものではない。あくまでも一般論だが。
そして頭目と言うのは、そんな盗賊の中でも一際強い者がおさまるポジションである。
つまり、頭を潰せば大抵はあっさり瓦解してしまうような薄っぺらい集団なのだ。
ま、例外はあるだろうがね。
よし。色々考えているうちに段々落ち着いてきたぞ。
冷静に分析すれば、マリーがあんなデカいだけの野郎に負ける要素はないもんな。
なら今の俺がやれることはひとつ。即実行に移そう。
「頭がガキと一騎打ちしている間に、少し離れて陣を組みなおすよう伝令しろ。いいか、次は『竜陣』だ、間違えるなよ」
「ハッ! 直ちに伝えます」
「ふむ。やはりお前が実質的な指揮官なのか。あの頭目にしては賢すぎると思っていたんだが……なるほどねぇ。それにしてもお前、どこで竜陣なんて覚えたんだ? それは中央大陸の陣形だぞ」
「なっ!? て、てめぇ……いつの間に!?」
「詳しくは後で聞くが、これ以上余計なことをされると困るんでな。少しお寝んねしていろ」
「うっ! ぐぅっ……」
副官らしき男の背後に姿を現した俺は、あの重定藩でも使った顔の周囲だけ気圧を極端に下げる魔導をお見舞いした。
名付けて【急減圧】!
クタッと頽れる副官をそのままに、剛脚で地を蹴り、たった一歩で荷車へ戻る。
しかし着地の瞬間腰に来た! うぐぐ!
……うむ。それはともかく自分で開発しておきながらなんだが、実に便利な魔導だ。
苦痛を伴うことなく簡単に人を気絶させられるのだから。
ただ、非常に加減が難しい。気圧を下げすぎればあっさりと死んでしまう。
妖怪相手に何度も練習したが、未だ単体にしか使えない。
殺戮が目的なら広範囲の気圧を思い切り下げればいいだけなのだが、人間相手だとそうもいくまい。
だがこれで後顧の憂いは断った。もはや盗賊どもに組織立った連携は出来ないと見てよかろう。
「マリー。他は俺たちに任せて思い切りやりなさい」
「パパ……! はいっ!」
「お、おめぇ! それでもこの子の父親か!? こんなちっこくて可愛らしい子になんてことをさせやがる!」
何故かキレ散らかしたのは頭目のジロキチであった。
悪人面の割に優しいことを言う男だ。
意外と根は良いヤツなのかもしれないが、そもそも誰のせいでこの状況になったと思っているのだろう。
しかし、良く俺とマリーが親子だと……ああ、同じ金髪碧眼だからか。
「お前さんはアホかね。親が自分の子を信じなくてどうする。それにその子は立派な冒険者……じゃなかった、浪人だぞ? 我が娘ながら末恐ろしいよ」
「なんだとォ!? こんな幼子が!? ……クソ……どうなっても知らねえからな! 後で後悔するんじゃねぇぞ!」
「もー、おとなははなしがながいよー」
「ガキが……大人を舐めやがって……! どこからでもかかってきやがれィ!」
「じゃあ、えんりょなくいくね」
「!?」
予備動作も無しに突っ込んでいくマリー。
あまりにも低い姿勢から飛び出したがゆえに、ジロキチは面食らった様子。
マリーは小柄さを活かし、そのままジロキチの太腿に斬りかかった。
「えぇいっ!」
「なんのォ!」
だがジロキチはそれを読んでいたらしく、長柄の先に刀を取り付けたような武器……えーと、そう! 【薙刀】とか言うポールウェポンで、あっさりとマリーの剣を受けた。
思った通り、盗賊の頭目を務めるだけあって戦闘には自信があるようだ。
そして返す刀でマリーの胴を一薙ぎ!
……したつもりだろうが、薙刀は虚しく空を切る。
「ぬゥッ!?」
ジロキチからすれば、マリーは消えたように見えただろう。
俺も一瞬ヒヤリとしたが、マリーは素早くジロキチの股下をくぐって背後に回ったのだ。
素晴らしい!
「ちょこまかと! ぐおっ!?」
慌てるジロキチが振り返るよりも速く、マリーは彼の右膝裏に強烈なキック。
ジロキチは堪らずガクンと体勢を崩した。
マリーは蹴った反動をうまく利用し半回転、再びジロキチの前に回り込む。
今だマリー!
「はぁぁーっ!」
ビタンビタンビタンビッターーン
「がっ! うぎっ! げはっ! ぐはぁぁ!」
目にも止まらぬ4連撃!
マリーは剣の腹でジロキチの脳天、左右の頬、そして鼻っ柱を思い切り打ったのである。
お見事!!
ズゥゥン……
涙と鼻血をド派手に撒き散らしながら仰向けに倒れるジロキチ。
妙な方向に曲がったところを見るに、きっと鼻は折れているだろう。
あれは痛い。
気の毒だと思うが、自業自得だ。
「……」
「……」
「……」
呆気に取られて声も出ない盗賊たち。
年端もいかぬマリーの見事な闘いぶりに魅入られ、身動きすら出来ぬようだ。
それに、頭目が眼前でボッコボコにされたのだから、さぞや戦意喪失したことであろう。
「さ、これでわかったな。お前たちの負けだ。それでもやるか? やるなら今度は俺が相手をする。言っておくが俺は娘のように甘くはない。首を刎ねられたい者から前に出ろ」
大太刀を担いだ俺が半眼で畳みかけるように言うと、盗賊たちはお互いの顔を見合わせ、誰からともなくガシャンガランと武器を地に放ったのだ。
これは投降を示すサインだった。
つまり闘いは今を以て終わりを告げたのである。
内心でフゥと溜め息を吐き、駆け寄ってきたマリーを抱きしめて労う俺。
なんとか上手く収まって良かったと、彼女の小さな頭を撫でながら思った。
その後、ヤツらを一塊に集めてフン縛り、武器をお銀さんたちに回収させた頃、ようやくジロキチが目を覚ました。
そして己を倒したマリーをしばらく見つめ、開口一番────
「オラは……オラは……ちっこい姉御に惚れました!」
「ロッ、ロリコン!」
「変態!」
「幼女趣味!」
「鬼畜!」
「イカれてやがる!」
「カシラの頭がおかしくなっちまった!」
「そんな性癖持ちだったのかよ!」
「失望したぜ!」
「がっかりだ!」
「ちっ、違うゥゥ! ちっこい姉御の心意気にだ! 何者をも恐れぬ心意気に惚れたんだァァ!」
俺たちばかりか手下の盗賊どもにまでなじられ、必死に弁解するジロキチなのであった。




