魔導士へ
「ジョブチェンジ機能……ですか?」
「じょぶちぇんじ~?」
冒険者カードを食い入るように見つめるリーシャ。
よくわかってないのに俺のカードを覗き込んで、うんうんと頷くマリー。
大人の真似事をしたいお年頃なんですねマリーさん。
いいのです。
そうやって大きくなっていくんですから。
リーシャはしなやかな指をカード上で滑らせている。
きっと必死にヘルプを読んでいるのだろう。
俺はと言えば、それほど慌てることもなくジョブ一覧の項目を眺めていた。
暇な時間に冒険者ギルドから貰ったパンフレットを読み込んでたんでね。
だから大まかな概要は把握済みなのさ。
冒険者ランクが規定値、今回は10だね、に達すると解放されるジョブチェンジ機能。
基本的なスキルを取得していくことで、系統に沿ったジョブに変われるシステムである。
物理攻撃系のスキルを取って行けば、剣士になれる、と言った風に。
ただし、それにも条件があって、ステータス値が重要なファクターとなっているのだ。
例えば、恐ろしく筋力値が低いものは剣士になったとしてもジョブの補正が受けられない。
それどころかジョブチェンジそのものが非常に困難となっているのである。
だもんで、普通は自分のステータス値に見合ったジョブを目指すわけだ。
しかも、俺たちはまだ未開放だが、更に上位のジョブもあると言う。
年甲斐もなくワクワクしちゃうよね。
俺も枯れそうだとは言え、男だからな。
どれほど強くなれるのかってのは、いくつになっても興味が尽きないのさ。
幸いなことに、筋力値や体力値が平均よりも高めなリーシャは、望み通りにすんなりと剣士へジョブチェンジできることだろう。
むしろ問題なのは俺のほうだ。
俺のステータス値は軒並み文字化けしているのだから。
実際の数値がわからない以上、下手をすればジョブチェンジ不可の可能性すらある。
…………年甲斐もなくドキドキしちゃうよね。
おじさん、こう見えて意外と小心者なんだよ。
『【魔導士】にジョブチェンジしますか?』
ワクワクとドキドキの狭間で、俺は恐る恐る表示された『はい』のボタンを押そうとした。
その時、同じようなタイミングだったリーシャと目が合う。
「行きましょう、リヒトさん」
「ああ、行こうリーシャ」
「リヒトさんとなら、きっとどこへだって行けます!」
「俺もリーシャとならなんだってできる気がするよ」
「……二人の世界に入り浸ってる場合じゃねぇですぜ。いいからさっさと押してくださいや」
俺とリーシャの手を掴んだグラーフが強引に『はい』のボタンに触れさせた。
嫉妬心からなのかわからないが、なんてことをしてくれたんだろうか。
俺たちの決意がどこかへ飛んで行くようであった。
「あぁぁぁ!」
「こ、こらこら!」
だが、慌てる俺たちの身体がキラーンと輝いた。
俺とリーシャの頭上には『ジョブチェンジ!』の金ピカ文字が浮かんでいる。
冒険者カードにも『【魔導士】へジョブチェンジが完了しました!』と表示が。
どうやら、なんとかジョブチェンジに成功したようだった。
脳内に魔導士の情報やら補正値に関する項目が流れ込んできたことで、ようやく確信を得ることができたのだ。
心底ホッとしながらも、つい大きな溜息が出てしまう。
だからそう言うのは、おじさんの心臓に悪いんだっての。
寿命が縮んだらどうしてくれるんだグラーフよ。
「私、とうとう剣士になったんだ……! くぅぅぅ!」
喜びを噛みしめているリーシャ。
本当によかったなぁ。
きみには素質があると思うよリーシャ。
きっと立派な剣士になれるさ。
まぁ、それはそれとして、今はそのリーシャもグラーフをボッコボコにしているわけだが。
勝手にボタンを押されたのが余程悔しかったみたいだ。
「パパもじょぶちぇんじしたの?」
「ああ、そうだよマリー。パパは魔導士になったんだ」
「パパまどーし! すごいねー!」
「はははは、すごいのはマリーだよ。マリーがいてくれたおかげでパパは強くなれた気がするんだ。ありがとうな」
「えへへへー! パパ、おいわいのちゅーしてあげるね! ちゅー!」
お祝いか。
愛娘に祝ってもらえるなんて、俺は幸せ者だよ。
……でも、唇にチューされるのはまだちょっと照れるね……
娘なんだと頭ではわかっていても、なんかこう、背徳感があるって言うか……
いやいや、決して邪な気持ちじゃないんだけどさ。
……誰に言い訳をしているんだ俺は……
「ひゃぁぁぁぁぁ! お、お助け~~!」
どこからか聞こえた悲鳴。
突然のことに、俺もマリーも、絶賛ボコり中のリーシャも、そしてボコられ中のグラーフもキョトンとしてしまった。
今、俺たちは坂になった大街道の下にいる。
言うなれば丘の下だ。
声はその丘の向こうから聞こえた気がする。
「リヒトの旦那、あっしが斥候に行ってきやす。皆さんはここで待機を」
殴られて腫れあがった頬を撫でながら素早く立ち上がるグラーフ。
確かに一番機敏なのは彼かリーシャだろう。
俺はマリーを抱いたままだし、この子を危険に晒すわけにもいくまい。
ここは任せるとするか。
……戻ってきたら覚えたての【ヒール】でそのほっぺを治してあげよう。
「頼んだよグラーフ」
「ぐらーふがんばってー!」
「モンスターかもしれないから気を付けなさいよ」
俺とマリー、更にリーシャの声援を受けて、一気に駆け出すグラーフの大きな背中を見送る。
特にリーシャから気遣われたのがよほど嬉しかったのか、飛ぶように駆けていった。
うーん。
青春だねぇ。
おじさんはその若さが妬ましいよ。
グラーフの姿が丘の向こうに消える。
俺とリーシャは念のため剣を抜いた。
さして待つほどもなくグラーフの姿が丘の上に現れ……って、おいおいおい!
グラーフは背中に小さなお婆さんを背負っているじゃないか!
しかもそのお婆さんは後方へ向かって棒を振り回している!
必死の形相でこちらへ走ってくるグラーフの後ろには、いくつもの小さな人影が追いすがっていたのだ。
「リヒトさん、あれってゴブリンですよね!?」
「うん、そうだよ! だけど、結構数が多い!」
緑色の肌に粗末な武装。
醜悪極まる、むき出しの牙。
間違いない。
ゴブリンの群れだ。
あのお婆さんはゴブリンに襲われていたのか!
だけどあんな棒切れで撃退できるはずないだろうに。
ゴブリンも単体ではそれほど強くないとは言え、群れとなれば結構厄介なんだよね。
あー、子供の時に禁忌の森で見たゴブリンを思い出すなぁ。
幼いころに感じた恐怖って、歳を取ってもちょっとだけトラウマになるんだよね。
それはさておき、ゴブリンもすばしっこいからな。
いくらグラーフでもお婆さんを背負ってちゃ、いずれ追いつかれるだろう。
となれば、魔導士たる俺の出番だ。
俺は地面に剣を突き立て、魔導力を励起させながらグラーフに向かって叫んだ。
「伏せるんだグラーフ!」
「へっ、へいぃぃ!」
グラーフがお婆さんを庇いつつ伏せた時、俺の魔導術は完成した。
距離よし、角度よし。
「【サンダーボルト】!」
魔導力を変換した強力が雷が、突き出した俺の手から一直線に走る。
雷は伏せたグラーフたちの頭上を越えてゴブリンの群れを貫いた。
貫通に特化したこのスキル【サンダーボルト】は、その名の通り雷撃を放つものである。
とは言ってもこれは基本スキルなので、本来ならビリビリと痺れるくらいが関の山だ。
だが、術者の込める魔導力の多寡によって、威力、範囲、距離を伸ばすことができる。
今、俺が放ったものは、本物の落雷をも軽く凌駕していただろう。
それなりに魔導力を使ったからね。
グギャー、ゲギャーと絶叫だけを残すゴブリンたち。
群れの全ては俺の一撃によって、瞬時に全滅していた。
「リ、リヒトさん、凄すぎですよ……!」
「パパすっごーい!」
リーシャとマリーの驚嘆する声が、何とも気持ち良く聞こえる俺なのであった。