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システムバグ


「お願いしますリヒトさん! これもなにかの縁です! 私と冒険者になってください!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。よーしよし、どうどう、いったん落ち着こう、な? 少し考えさせてくれよ」


 鼻息の荒いリーシャをなだめる。

 田舎育ちだからかもしれないが、随分押しの強い子だ。


 俺とリーシャは取り敢えずギルド内酒場のテーブルに着いた。

 目ざとく寄ってくるウェイトレスの姉ちゃんに、コインを渡してホットコーヒーとオレンジジュースを注文する。


 気が昂っている者には冷たいものを飲ませると効果覿面だ。

 運ばれてきたジュースをリーシャに勧めると、ジュゴゴゴと勢いよく一気飲み。

 顔に似合わず、なかなかに豪快な娘だった。

 だがこれで一息つけただろう。


「で、どうですかリヒトさん! 考えてくれました!?」


 早い!


 俺はまだなにも思考を巡らせていないぞ。

 なんてせっかちなんだ。


「なんですか、まだですか。トロいですね」

「お前、トロいって言うなよ……」

「お前って言わないでください」

「…………」


 トロい、か。

 それはあの豚みたいな料理長にも言われた言葉だ。

 癒えていない俺のハートが再び抉られる。


「悪い話じゃないと思うんですよ。リヒトさんは無職で今は求職中なんでしょ?」

「そりゃそうなんだが」


 グサリとくる言葉を連発されると流石に萎えるぞ。

 田舎娘はズケズケと人の心に踏み込んでくるから困る。


「でもな、俺は料理人だから……」

「料理人! いいじゃないですか! 冒険中にも美味しい食事が食べられるってことですよ! きっとどこのパーティーに入っても重宝されますって!」


 な、なるほど。

 そう言う考え方をするのか。

 ポジティブにもほどがあるけど、前向きなのはいいことだ。

 これが若さってヤツなんだろう。


 なにより重宝されると言う言葉が気に入った。

 戦闘に自信がなくとも、料理には多少の自負がある。

 確かに悪い話ではなさそうだ。


「……遥かなる世界……まだ見ぬ未知の古代遺跡……財宝の眠る地下迷宮……天空を彷徨う古城……大海原に浮かぶ神秘の島……」


 朗々と歌うように話すリーシャ。

 綺麗な声と相まって、次々に光景が脳裏をよぎって行く。


 くそ。

 年甲斐もなくワクワクしてくるな。


 男やもめもいい加減にしたいところだし、こんな可愛い子と旅ができるならそれも悪くない。

 身を固めたい俺としても、嫁探しだと思えばきっと楽しい旅になるだろう。


「わかったよリーシャ、降参だ。俺も冒険者になるとしよう」

「やたっ! 本当ですね!? 嘘はつかないでくださいよ?」

「嘘つきに見えるかい?」

「いいえ、全然。むしろすぐに騙されそうな顔です」


 辛辣!


 口が悪いのはこの娘の個性だと思うしかない。

 気分は既に保護者だ。

 田舎から出て来たばかりだし、危うさもある。

 それに、俺も結婚していれば、このくらいの年齢になる子がいたかもしれないからな。


「騙されそうな顔ですけど、私は好きですよ」


 リーシャは片目を瞑ってチャーミングに言う。


 ドキーン。

 や、やめてくれよ。

 他意はないとわかっていても『俺に気があるんじゃないか?』なんて勘違いしてしまうじゃないか。


 よ、よーし。

 おじさん頑張っちゃおうかな!


 と、言うわけで。

 俺たちは再び冒険者登録受付カウンターへ舞い戻った。

 苦笑いを浮かべながらも歓迎する受付嬢に登録料を支払うと、簡単な講義と筆記試験、それに実技試験があることを聞かされた。


 まずは講義だ。

 場所は冒険者ギルドの二階にある会議室。


 ここで元冒険者のいかついギルド職員から冒険の『いろは』を叩き込まれる。

 とは言っても、それほど難しくない。

 冒険とは、普段の生活とも密接なつながりがあるからだ。


 それでもリーシャは真剣な眼差しで講義を聞いていた。

 その真摯な瞳には好感が持てる。


 次に筆記試験。

 これも一般的な知識があればそれほど難解なものではなかった。

 多少の専門的な問題には難儀したがね。


 特殊な縄の縛りかたとか。

 武具の手入れ方法とかな。


 だが、リーシャはかなり苦戦していたようで、終始ウンウン唸りながら回答していた。

 これは俺も経験がある。

 田舎の常識は都会の非常識なのだ。

 この街へ来たばかりの頃はそれで苦労したもんさ。


 そして最後に待ち受けていたのはギルド中庭での実技試験である。

 俺にとっても最難関となるだろうことは想像に難くない。


 なぜならば、加齢に加えての運動不足。

 フライパンを常日頃振りまくっていたから、腕力には自信がある。


 されど足腰は鍛えていないのだ。

 散歩するような趣味もないんでね。

 願わくば、あまり動き回らない試験であってくれ。

 まぁ一応、試験とは銘打っているが、基本的には訓練らしいのでそこに期待するとしよう。


「ぜぃ…………ぜぃ……ひぃ…………」


 とか思っていたんだが、蓋を開けてみれば延々と走らされる始末。

 基礎体力の確認らしいが、俺にとっては死ねと言われたようなものだ。


 ごついギルド職員が見張っていては、こっそり休むこともままならない。

 子豚亭で働いていた頃ですら、料理長の目を盗んでちょっとサボったりしていたのに。

 もう全力疾走に耐えられるような身体じゃないんだよ。


 あー、くそ。

 脇腹が痛い。


「はぁはぁ、だらしないですよリヒトさんっ!」


 笑いながら俺を追い抜いていくリーシャ。

 疲れを感じないのかこの子は。

 俺なんて息も絶え絶えだってのに。


 だけど、汗に濡れたピチピチ太ももは素晴らしいね!

 若いって素敵!


 よっしゃ、俺もまだまだ若い者には負けてられんぞ。

 色んな意味でな。


 それから30分も走り続けただろうか。

 体感では10時間労働後の100倍は疲れている。

 既に俺は虫の息。

 おじさん、歳には勝てなかったよ……


 リーシャはそんな俺を見てケラケラ笑っている。

 なんなんだよ、その無尽蔵な体力は。


 5分ばかり休憩したあと、木剣と木製の小盾を持たされ、実技試験開始。

 相手は例のごっつい職員だ。


 見るからに勝てるわけがなさそうだぞ。

 しかし、彼は容赦なく剣を撃ち込んでくる。

 馬鹿力から繰り出される攻撃をなんとか受けていられるのは単なる運か、それとも俺の才能が成せる技か。


 バキッ


「ぐあっ!」

「おお、すまん。綺麗に入っちまったな。今のはオレの踏み込みに合わせて盾を……」


 ただの運でした!

 こんなの避け続けるなんて無理ですから!


 冒険者になることを後悔し始めた頃、ようやく全ての試験は終わった。

 実技試験あたりからリーシャの様子を見る余裕すら全くなくなっていたが、彼女はどうだったんだろう。


 チラリと彼女の顔を窺うと、満面の笑みでピースサインを送ってきた。

 楽勝なのかよ。

 羨ましいこった。


 俺とリーシャは中庭からギルド内に戻り、一息ついていた。

 試験結果と冒険者カードの発行待ちである。


 一念発起して試験を受けたんだ。

 これで合格していなかったら俺はどうすりゃいいの。

 頼むから受かっててくれよ。


「ふんふんふーん」


 俺の苦悩を余所に、リーシャは自分で注文した丸鶏のローストをムッシャムッシャと頬張っている。

 あれだけ動いた後によく食えるな……

 俺なんて見てるだけで吐きそうなんだけど……

 食欲ってなんだっけ……?


「こほん。リーシャさん、リヒトハルトさん。お待たせいたしました」


 受付嬢が珍しくかしこまった声で告げた。

 どうでもいいが、フルネームで呼ぶなよ。

 コンプレックスだって言っただろうに。


 俺はまだフラつく足取りで受付カウンターへ向かった。

 リーシャは鶏の足を握ったままついてくる。

 お行儀悪いぞ。


「試験の結果が出ています。まずはリーシャさん。筆記試験はギリギリでしたが、実技試験は良好でしたよ。リヒトさんは……あらら、どちらも平凡ですね」


 おい。

 平凡とか言うなよ。

 傷つくだろ。

 そんなことは自分が一番わかってるんだ。

 しまいにはその無駄にデカいおっぱい揉むぞ。


「ともあれ、お二人とも合格です。今日から冒険者として頑張ってくださることをギルド職員一同、心より期待しております」


 いつの間にか勢揃いしていたギルド職員たちがペコリと頭を下げる。

 おお……

 なんだかこれはこれで嬉しいもんだな。

 料理人もそうだったけど、人のためになる職業ってなんかいいよね。


 リーシャも嬉しさを噛みしめるように……鶏肉を噛みしめていた。

 食い意地張りすぎだろう。


「それでは、冒険者カード発行の儀へ移ります。リーシャさん、このパネルの上へ手をおいてください」

「もぐもぐ……はい!」


 リーシャはカウンターの横に置いてある腰丈くらいの金属箱に手を置いた。

 それはどうやら魔導の装置らしい。


 置いた手の周囲が淡く輝きだす。

 そして壁に設置された鏡のようなパネルに、なにやら無数の文字列が並んだ。

 ウィーンと妙な音がして、金属箱の下部から一枚の紙片がニョロリと顔を出す。


「はい、結構です。お疲れ様でした。それが冒険者カードですよ」

「へぇー! これが私のカードですかぁ!」


 リーシャは嬉しそうに紙片を取って眺めた。

 もう片手には鶏の足。

 骨しか残っていない。

 どこかへ置けばいいのに。


「どう見るんですこれ?」

「名前欄の左の数字が冒険者としてのランクですね。名前の下に書いてあるのが現在のジョブ。その下がリーシャさんの身体能力を表した数値ですよ。他にスキルの一覧なども見られます。詳しくはヘルプを参照するか、このパンフレットを読んでくださいね」

「ふむふむ、なるほどー。で、私の数値っていいんですか?」

「どれどれ……そうですね、筋力や体力がかなり高めなので、優秀な戦闘系ジョブになれるかもしれませんよ」

「へー! ありがとうございます! ワクワクしてきちゃいますね!」


 おいおい。

 俺までワクワクしてきたぞ。

 俺はどんなジョブになれるんだろう。

 あんまり動かなくてもよさそうな魔導系ジョブがいいなぁ。


「では、リヒトさんもパネルへ手を置いてください」

「はい」


 神妙な気分で手を置く。

 うわっ!

 ちょっと待て!

 パネルが油でギットギトじゃないか!

 リーシャのやつめ!

 手を拭かずに触ったな!?

 うへぇ。

 ヌルヌルで気持ち悪い。


 だが装置は作動したらしく、パネルに例の文字列が次々と浮かび上がった。

 これで一安心。

 しかし、文字が小さすぎて読めない。

 くっ、これはもしや老眼か?

 最近新聞や本も、少し離さないと見えにくいから……………なぁッ!?


 バチッバチバチッ

 ブスン


 突如異様な音を立てる金属箱。

 パネルの文字列が歪みまくる。

 淡い輝きだった手元の光が、目を開けていられないくらいの閃光を発した。


「なっ、なんだなんだ!?」

「少々お待ちを! 魔導技師を呼んできます!」


 職員の男が飛ぶように走り去り。

 他の受付嬢や職員たちも慌てふためく気配がする。


 なんてこった。

 こりゃ大事になりそうじゃないか。

 俺の新たな門出だってのにやめてくれよ。


 ウ、ウィ、ウィィィン……


 まるで断末魔のような音を立てながら、金属箱は嘔吐するように冒険者カードを排出した。

 そして、それきり動かなくなってしまったようだ。


 こらこら。

 縁起でもないぞ。

 俺の行く末は断末魔ってか?


 俺は油まみれじゃない方の手で紙片を拾い上げる。

 その時の掛け声は当然、よっこいしょ、だ。

 紙製かと思っていたが、かなり硬質な手触りだった。


 表面には俺の名前と………………ん?


「おいおい、姉ちゃん……俺のカードおかしくないかな? 名前以外グチャグチャなんだけども」

「えぇっ!? ……これは……本当ですね、文字列が化けちゃっています。これはシステムバグかも……」

「システムバグ!? なんだいそりゃ!?」

「魔導機器の暴走、とでも言いましょうか……たぶん文字がおかしくなっているだけで、大丈夫ですよきっと!」


 たぶん?

 きっと?


 随分といい加減だな。

 それでも世界規模組織の職員かよ。


「そ、それでは、これにて冒険者カード発行の儀は終了とさせていただきまーす! お二人とも良い旅を! クエスト受付ならあちらのカウンターへどうぞー!」


 こいつ!

 強引に締めくくりやがった!


 他の職員たちも金属箱に布と故障中の札をかけてそそくさと退散していく。

 ポツンと残される俺とリーシャ。


 くそ!

 幸先悪すぎだろ!


「大変なことになっちゃいましたね。でも、私は嬉しいですよ。リヒトさんと冒険者になれて」

「あ、ああ、確かにそうだな。おめでとうリーシャ。良かったな」

「はい! リヒトさんも再就職おめでとうございます! ……それで、ですね」

「うん?」

「提案があるんですけど、もう少し一緒にいません? クエストの受注も一人だと怖いので……」


 そう言われればそうか。

 俺もまだ冒険者として右も左もわかってないからな。

 なにより、この危うい少女をこのまま放り出すのは色々と可哀想だ。

 いかにも厄介ごとに巻き込まれそうだもんな。


「いいよ。俺で良ければ一緒に頑張ろう」

「わーい! ありがとう! うれしいです! じゃあ、これからもよろしくお願いしますねっ!」


 弾ける笑顔で右手を差し出すリーシャ。

 年相応でとても愛らしい。

 俺もとっておきの笑顔で彼女の右手を握った。



 鶏の油でヌルヌルしてる!




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― 新着の感想 ―
[一言] 二話目にして… ・主人公が卑屈過ぎるし、流され過ぎる。ナニクソ幸せになってやるぐらいの気概がほしかった。 ・リーシャに礼儀がなく生意気すぎる。 自分には合いませんでした。
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