バカ殿
「春宮だけじゃねぇぞ! ここの藩主、重定もマジモンのバカ野郎だ!」
「あぁ! アイツは真性のバカ殿だぁ!」
「ちょ、ちょっと、皆さん声が大きいですよ! 当局の者に聞かれでもしたら……」
「構いやしねぇよイナンナちゃん!」
「オレたちゃいい加減腹に据えかねてるんだぜ!」
酒の入った浪人たちの勢いに、タジタジとなる受付嬢のイナンナさん。
彼女は浪人組合職員と言う立場的にも色々気を回したのだろうが、火に油だったようだ。
「あんたんのとこの親父さんは、異大陸人ってだけで拘束されちまっただろ!」
「イナンナちゃんだって武士崩れのゴロツキに攫われそうになったじゃねぇか!」
「……それはそうなんですが……」
「浪人仲間も活きの良いヤツらは半強制的に皇都へ駆り出されちまった!」
「オレたちゃまだマシだ! 近隣の街や村の男衆なんて完全強制だぞ!」
ここぞとばかりに不満を噴出させる浪人たち。
普段なら憚られる言葉なのだろうが、ちっぽけな理性など酒の力の前には無力であった。
やはり酒は恐ろしい。猛省せねば。
「このままじゃ東大陸はダメになっちまう!」
「……おい、お前ら……魔神の眷属を見たことがあるか? オレは遠目にしか見てないが……あれはもう……絶望が形を成したとしか言えん……」
「……こいつはな、皇都から命からがら逃げてきたんだ」
「魔神なんてもんが復活したら……間違いなくこの世は終わりだ……」
「そんなにやべぇのか……?」
「眷属の眷属ですら、そこらの鬼より遥かに強かったんだぞ……」
「マジかよ……」
「どうすんだそんなの……」
みんな気勢を削がれ、がっくりと肩を落とす。
だが俺は全然別のことが気になった。
「鬼ってなんだい?」
「さぁ……?」
「鬼とはオーガのことでござる」
「なるほど、オーガか……確かに向こうでもオーガを鬼という場合があるな」
こっそりとリーシャに尋ねてみたのだが、答えは霞ちゃんが教えてくれた。
浪人たちの話をまとめると、魔神の眷属の眷属ですらオーガを遥かに上回る強さを持っているらしい。
そうなると確かにヤバい。
オーガと一対一の戦闘をする場合、中堅クラスの冒険者でようやく互角くらい、と言えばわかってもらえるだろうか。
しかし春宮は、こちらで言う武士だけではなく、多くは一般人を武装させただけの軍隊で対抗していると言う。
それには余程組織立った綿密な連携や戦術が必要となるであろう。
春宮が途轍もないカリスマ性を持ち、超切れ者の軍師や指揮官が揃っている前提ならばあるいは……とも思ったが、浪人たちの口ぶりから察するに、かなり望みは薄そうである。
つまり、無謀としか言いようがないのだ。
最前線では相当数の人が無駄死にしている可能性が高い。
やはりどうしようもないバカ王子のようだ。
「だけど、そんな折に……いや、こんな折だからこそ、こちらにおわす『荷車の天誅人』さんが現れてくだすったんじゃねぇのか!?」
「おお! そうだ!」
「まさに天の御使い!」
「仏の化身だ!」
「成敗人さん! あんた、とんでもねぇ神通力を持ってるんだろ!?」
「そうでなきゃ手練れの盗賊数十人を跳ね飛ばすなんてバカげた真似は出来っこねぇもんなぁ!」
「それに見ろよ! あの荷車に山と積まれた妖怪素材を!」
「うおお! なんだありゃあ! どんだけ妖怪を狩ってきたんだ!?」
「い、いや、俺は……(しまったー! 色々調子に乗りすぎたか! 迫害されてるのに目立ってどうする!)」
「リヒト殿……どうにかならぬでござろうか? この街の人々も悪霊派とは言え、皆困っているのでござる……」
「……霞ちゃん……そんな目で見ないでくれ……」
「……わかりました、いいでしょう! 皆さん、ご安心ください! この【黒の賢者】の称号を持つリヒトさんに任せておけば、万事解決です!」
「ちょっ!? リーシャ!?」
思わぬところから思わぬ伏兵が現れたものだ。
まさか他ならぬリーシャがそんなことを言い出すなんて。
多分、優しい彼女は悲しそうな霞ちゃんを放っておけなかったのだろう。
どうにか断ろうとしていた俺よりも余程立派な冒険者魂である。
ただし、猪武者だが。
リーシャのことだ、どうせ無策に決まっている。
「こうでも言わないと浪人さんたちはきっと暴走して大変なことになりますよ。今にも領主……藩主でしたっけ? のお城に突撃しそうですもん」
「うっ! そりゃ確かにそうかもしれないけどさぁ……そこまで言うなら何か良い策でもあるんだろうね?」
「……えっ? えーと……あはは……い、今から考えるところですよ! あー、なんだか名案が浮かびそうです!」
「…………(やっぱりな!)」
思った通りであったが、それを咎める気はない。皆の気を逸らせたのは事実だからだ。
現にコソコソ話す俺とリーシャを余所に、浪人たちは大盛り上がりであった。
だがその中に、聞き捨てならない不穏な単語が入り混じっていたのである。
「おおおお!」
「そうこなくちゃな!」
「天誅人さんならやってくれると信じてたぜ!」
「これで拐かされた子供たちも取り返せるぞ!」
「ああ! 無実の罪で捕らえられた連中もだ!」
「!? 待った! 待ってくれ! 子供が……拐かされただって?」
「どう言うことなんですか!?」
「そ、それなのでござるが……」
何故か言い淀む霞ちゃん。
これだけ逡巡すると言うことは、かなり深刻な理由があるのかもしれない。
例えば……攫った子供を魔神の供物……そう、生贄に差し出しているとか。
だとしたら到底許せるものではない。
何か策を練る必要がありそうだ。
仕置きの策を。
「……みんな言い難そうだし、オレから言おう。あのバカ殿はな……その……男児ばかりを攫って行くんだ……」
「は?」
「だから、幼い男の子ばかりを狙って拐かしてんだよ。自分の小姓にするため、だとさ」
「はぁあああ!?」




