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侍   



「お願いでござる! わた……拙者をあなたがたの御一行にお加えください! ……でござる!」


 長い黒髪をポニーテールにした、リーシャくらいの年齢と思われる少女が眼前に立ちはだかり、妙な口調で突然そんなことを言い出したのだ。

 腰に長短二本の刀を差していることから、彼女はもしや浪人なのだろうか。

 ちなみに、先程俺へ体当たりしてきたのもこの子である。


「い、いきなり何を言ってるんだい……」

「すみませんがお断りします」


 機先を制し、きっぱりと言い放ったのは勿論リーシャだ。

 彼女は俺の前に手をかざし、まるで庇うような体勢を取る。


「ガーン! でござる~……!」


 上はピンク色の着物、下は紺色の……確か女袴おんなばかまとか言うスタイルの少女は、思い切り却下されたショックで真っ青になってしまった。そのままヘナヘナと涙目で座り込む。

 可愛い少女だから、と言った軽薄な理由ではないが、だんだん彼女が哀れに思えてきた。

 さっきの物言いは、明らかに何らかの決意が込められていたと感じたからである。


「まぁまぁ、リーシャ。そう頭ごなしに言わずにさ、話だけでも聞いてみようじゃないか」

「えぇ!? 可愛いからですか!? この子が可愛いからですね!?」

「ちっ、違うぞ! 可哀想に思ったのは確かだけど、邪な意味なんてないんだ!」

「もう! リヒトさんは甘すぎますよ! どうなっても知りませんからね!」


 頬を膨らませ、プイッとそっぽを向くリーシャ。

 きっと彼女は悪霊派の街で起きた一件などを考慮し、念には念をと警戒してくれたのだろう。多少は嫉妬が含まれていたとしても、その気遣いは嬉しく思う。

 本来は俺がもっと気を付けるべきなのだが、この浪人組合に所属する人物なら大丈夫であろうと感じたのだ。あくまでも直感でしかないが。

 しかしそれがリーシャには俺の『甘さ』に見えたのかもしれない。

 だが結局、『話を聞くだけですよ』などと折れてくれるあたり、流石は俺の愛しき恋人である。

 なんだかんだで他人を放っておけない優しい子なのだ。

 俺はそんなリーシャを誇らしく思いながら、少女に問うた。


「ねぇ、きみ。まずはお互いの名を知るところから始めないか? 俺の名はリヒトハルト、リヒトでいい。こっちの子はリーシャだ。きみは?」


 と爽やか青年(?)を装って尋ねると、後ろから『まるでナンパしてるみたいですよ! それに、どうして私を恋人って紹介してくれないんですか!』と鋭いツッコミや不満の声が耳に入ってきた。

 俺も多少そう思ったが、わざわざそれを口に出さなくともよいのではなかろうか。


「(ふわぁ~……やっぱり素敵~……キラキラして見えるぅ~!)ふぇっ!? あっ、も、申し遅れました! わた……拙者は『カスミ』と申す【サムライ】でござる!」


 バッと正座になり、ピシッとした姿勢で名乗りを上げる少女。

 意外と様になっている。ご両親の育てかたが良かったのだろう。


「サムライ?」

「侍とは刀を頼みに闘う者のことでござる!」

「おぉ、つまり剣士だね!」

「えっ! あなたは剣士なんですか!?」

「はい。侍は『剣客けんかく』と呼ばれる場合もあるでござる」


 あとで聞いた話だが、侍とはこの東大陸における浪人職、つまり冒険者ジョブのひとつなのだそうだ。

 武器の差異はあれど同じ剣士と知って、リーシャは途端に親近感を覚えたらしい。

 さっきまでの警戒心はどこへ行ったのやら。


「へぇー! 東大陸の剣技ってどんなものなんですか?」

「興味があるなら後程お見せいたすでござる!」

「本当ですか? うわぁ、楽しみー!」

「わた……拙者も異大陸の剣術に興味津々でござる!」

「じゃあ、私のも見せますね!」

「誠です……ござるな!? 約束でござるよ!」


「……」


 キャッキャ、キャッキャと話を弾ませるリーシャと霞ちゃん。

 俺が口を挟む隙などまるでなかった。


 一瞬で意気投合してるじゃないか……

 やっぱり同年代くらいだと話しやすいのかねぇ?

 しかし霞ちゃんは本当に妙な口調だなぁ。

 なんかこう、普段は普通なのに無理して使ってると言うか……


「ところで霞ちゃん? と呼んでもいいかな?」

「はい? ……はい!」

「なんだか話しにくそうにしてるけど……」

「あ、あー……その、実はわた……拙者、つい先日侍になったばかりでして……拙者の父も立派な侍だったもので、その口調を真似していたのでござるが……やはりおかしいでしょうか?」

「いや……きみがいいなら俺は気にしないが……語尾はともかく、一人称は無理せず『私』でよくないか?」

「そ、そうかもしれません……」


 恥ずかしそうに俯いてしまう霞ちゃん。

 うーむ、やはり余計なお世話だっただろうか。


「ええ、余計なお世話ですよリヒトさん」

「……心を読まんでくれリーシャ。俺も言ってから後悔してるんだからさ……まぁ、その話は一旦置いておいて、なぁ霞ちゃん」

「はい」

「きみはどうして俺たちと一緒に行きたいと思ったんだ? 俺は見ての通り金髪碧眼だ。悪霊派の連中からどんな扱いを受けているかは知っているだろう?」

「はい、勿論でござる」

「だったらなぜ?」

「それは……あなたさま……いえ、リヒト殿が正義の人だからでござる。私も正義を志し、この乱れた世を正したいのでござる!」


 なんとも真っ直ぐな瞳で俺を見据える霞ちゃん。


「……俺は決して正義なんかじゃないよ」

「でも世直しの旅をされているのでござろう?」

「それはただの噂にすぎない。たまたま通りかかった村の、たまたま俺の進路上にいた盗賊どもを跳ね飛ばしただけなんだ」

「そ、そうなのでござったか……」

「それに、俺たちは中央大陸への帰還を目指している。皇都に立ち寄って、春宮とか言うバカ王子をブン殴ったらすぐ帰るつもりさ」


 ザワッ


 浪人組合屋敷内が一気にザワつく。

 『あ、しまった。ガチで余計なことを口走った』と思うも後の祭り(カーニバル)だ。


「それこそ究極の世直しではないでござるかー!」

「そうだそうだ!」

みかどに楯突こうだなんて、流石は天誅人さんだぜ!」

「オレらだってあの春宮が何をやらかそうとしてんのかくらい知ってんだぞ!」

「魔神なんか復活させてたまるか!」



 あ、あれれ……?

 なんだか思わぬ方向に話が流れているぞ……




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