荷車の天誅人
「おぉ……初めて見た……」
「金髪……」
「……黄金色の髪だ」
「なんと神々しい……」
ざわめきがギルドハウス内に満ちる。
俺にぶつかったと思しき子も絶句していた。
今だ! みんなが呆気に取られているうちに────
「イエ、キノセイデスヨ? オレハタダノロウニンデス」
俺は素早く深編笠を拾って被り直したのだ。
見えたのは一瞬であったし、これで気のせいだと思ってくれるだろう。
少々発音が固くなってしまったかもしれないが、割と自然に振舞えたはず。
「嘘つけェ!」
「めちゃくちゃ金髪だったじゃねぇか!」
「今更隠したって無駄だぞ!」
「それで誤魔化したつもりかよ!」
「棒読みすぎるだろーが!」
「演技ヘタか!」
「大根役者!」
「なっ、ぐっ! う、うるさいぞ! なんで信じない!?」
バカな。
これほど完璧な偽装工作を、こうもあっさりと。
東大陸の冒険者は素の状態で【看破】のスキルを常時展開しているとでも言うのか……!?
「いや~……リヒトさん……流石にそれは無理がありすぎますって……」
身内のリーシャにまで突っ込まれる始末。
俺に味方はいない模様だ。
「おい、あんた。表の荷車はあんたのか?」
『何故、どうして』が未だ脳内をグルグルと巡る俺に、一人の浪人が尋ねてきた。
彼が親指で示す窓の外には、確かに俺の作った荷車が見える。
これから妖怪の素材を荷下ろしするのだし、造りも変哲の無い荷車である。わざわざとぼける必要もなかろう。
「ああ、そうだが?」
「……金髪で荷車……おいおい……まさかあんたが賊どもに襲われた村々を救けて回ってる『荷車の天誅人』なのか!?」
「オレも噂に聞いたぞ! あんたがあの『荷車の成敗人』だったのか!」
「天誅人!? 成敗人!? なにそれ!?」
「すげぇなおい! 何十人もの盗賊や山賊をブッ殺してるって話だろ? 世直しの旅でもしてんのかよ!」
「伝説の副将軍みてぇだなあんた!」
「い、いや、その……」
やんややんやの喝采を送る浪人たち。
俺にとっては全く身に覚えのない話であった。
確かに何度か賊を跳ね飛ばしながら村を通過した記憶はあるが、大怪我を負っていたとしても死ぬほどではないはずだ。
いや、打ちどころが悪ければあるいは……
まさか俺は知らぬ間に人を殺してしまったのだろうか。それとも噂に尾ひれが付いただけであろうか。
仮に前者だとしても無辜の村を襲い、住民を殺し、金品を奪っていた悪党なのだからそれほど胸は痛まない。そもそも、そんな覚悟はとっくに済ませてある。
それに凶悪な盗賊など、捕らえられて裁きを受ければ、どっちみち極刑となろう。少なくとも中央大陸の法に照らし合わせるとそうなる。
法的には多分、こちらでも似たようなものだろう。
ただ、後者の場合だと驚くしかない。
噂が伝わるのは早いと言うが、俺たちの到着以前に伝わっているなど、あまりにも早すぎではなかろうか。
襲われた村の生き残りが、早馬で近隣の街に助けを求めたとも考えられるが……
「いやぁ、同じ浪人仲間として鼻が高ぇや!」
「一杯奢らせてくれ! 天誅人さんよ!」
「あのクソども、最近のさばりすぎて目障りだったんだ!」
「よくやってくれたな、成敗人さん!」
「乾杯だ! 乾杯しようぜ! ほら、あんたも杯を持って!」
「……はは、は……」
勝手に盛り上がる浪人たちに、俺は最早乾いた笑いしか出なかった。
勘違いも甚だしいが、俺の金髪を見ても迫害しないあたり、悪い連中でも悪霊派でもないらしい。
これでお銀さんが言っていた『浪人組合は中立である』と言う話も立証されたわけだ。
むしろ浪人たちは聖女派寄りな気がして実にありがたい。
これで多少は動きやすくなるだろう。
大柄な浪人が乾杯の音頭を取る。
俺は諦めて溜息と共に深編笠を脱ぎ、仕方なく付き合いで杯を呷った。
途端にフルーティな香りが鼻を突き抜ける。
そして久々に感じるアルコールが喉を通る時の熱さ。
美味い。美味すぎる。
思えばこちらに来て以降、とんでもなく健全な生活を送っていたものだ。
中央大陸にいた頃は、己の出自や記憶のことで悩み、割と飲んだくれな日々だった。
「よぅ、兄さん、イケるクチだね。もう一献!」
「はぁ、どうも。しかし美味い酒だ。喉越しや後味もすっきりしてる」
「おぉっ、異大陸人なのに良い感性を持ってるな。こりゃ純米酒だよ」
「純米……米の酒なのに果物のような香りがするんだな。それに良い甘みもある。俺としてはもう少し辛口が好みだが」
「ほう! 本当に良い舌をしてるじゃないか! 気に入った! へっへっへ、あるよぉ辛口!」
初老の浪人はそう笑いながらデカい瓶をドンと取り出し酒を注ぐ。
先程のよりも強い香気が鼻を打った。
これは堪らない。
「なんて香り高いんだ……」
「へっへへへ、こりゃあオレのとっておきだぞぉ。なんてったって希少な【大吟醸】だぁ! よ~く味わってくれよぉ!」
「おっとっと……ゴクリ……くぅーっ、最高に美味い! 味も香りも段違いだ!」
「だろぉ? いい米でなけりゃこの味は出ねぇんだよなぁ」
「なるほど。つまり、この辺りは米どころでもあると?」
「いやいや、やっぱり米どころっつったらもっと西だなぁ。皇都よりももっと先にこの酒を造ってる街があるのさぁ。オレぁそっちの出でな」
「へぇえ。だったら、もしその街に立ち寄った時、買っておいたほうがいい酒の銘柄とかはあるかい?」
「あたぼうよぉ! まずは銘酒【嬲】だな。あと酒豪御用達の【鬼狂】、これは外せねぇ。あとは……おっと、兄さん。名はなんてんだい? オレぁ佐吉ってんだ」
「俺はリヒトハルトだ。よろしく」
「そうか、随分と雅な名前だなぁ! そんでな、女の子にも飲みやすくて人気の【姫酔】ってのが……」
「ちょっとリヒトさん。買い取りしてもらう話はどうなったんですか」
ツンツンと俺の袖を引っ張るリーシャ。
酒を飲んだせいか、そんな仕草が普段よりも可愛らしく見える。
「あ、あぁ、そうだったね。佐吉さん、その話は後で聞かせてくれよ」
「おう! 先に用を足しちまいな! 待ってるぜぇ!」
「行こうか、リーシャ」
そう言って振り返った時────
「あっ、あのっ! 突然の不躾なお願いで心苦しいのでござるが……あなたがたの世直し旅のお供にわた……拙者を加えていただきたいのでござる!」
「は?」
「へ?」
俺とリーシャは一瞬何を言われたのかわからず、間抜けな声を出すので精一杯であった。




