表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

192/262

荷車の天誅人



「おぉ……初めて見た……」

「金髪……」

「……黄金色の髪だ」

「なんと神々しい……」


 ざわめきがギルドハウス内に満ちる。

 俺にぶつかったと思しき子も絶句していた。


 今だ! みんなが呆気に取られているうちに────


「イエ、キノセイデスヨ? オレハタダノロウニンデス」


 俺は素早く深編笠を拾って被り直したのだ。

 見えたのは一瞬であったし、これで気のせいだと思ってくれるだろう。

 少々発音が固くなってしまったかもしれないが、割と自然に振舞えたはず。


「嘘つけェ!」

「めちゃくちゃ金髪だったじゃねぇか!」

「今更隠したって無駄だぞ!」

「それで誤魔化したつもりかよ!」

「棒読みすぎるだろーが!」

「演技ヘタか!」

「大根役者!」


「なっ、ぐっ! う、うるさいぞ! なんで信じない!?」


 バカな。

 これほど完璧な偽装工作を、こうもあっさりと。

 東大陸の冒険者は素の状態で【看破】のスキルを常時展開しているとでも言うのか……!?


「いや~……リヒトさん……流石にそれは無理がありすぎますって……」


 身内のリーシャにまで突っ込まれる始末。

 俺に味方はいない模様だ。


「おい、あんた。表の荷車はあんたのか?」


 『何故、どうして』が未だ脳内をグルグルと巡る俺に、一人の浪人が尋ねてきた。

 彼が親指で示す窓の外には、確かに俺の作った荷車が見える。

 これから妖怪の素材を荷下ろしするのだし、造りも変哲の無い荷車である。わざわざとぼける必要もなかろう。


「ああ、そうだが?」

「……金髪で荷車……おいおい……まさかあんたが賊どもに襲われた村々を救けて回ってる『荷車の天誅人てんちゅうにん』なのか!?」

「オレも噂に聞いたぞ! あんたがあの『荷車の成敗人』だったのか!」

「天誅人!? 成敗人!? なにそれ!?」

「すげぇなおい! 何十人もの盗賊や山賊をブッ殺してるって話だろ? 世直しの旅でもしてんのかよ!」

「伝説の副将軍みてぇだなあんた!」

「い、いや、その……」


 やんややんやの喝采を送る浪人たち。

 俺にとっては全く身に覚えのない話であった。

 確かに何度か賊を跳ね飛ばしながら村を通過した記憶はあるが、大怪我を負っていたとしても死ぬほどではないはずだ。

 いや、打ちどころが悪ければあるいは……

 まさか俺は知らぬ間に人を殺してしまったのだろうか。それとも噂に尾ひれが付いただけであろうか。

 仮に前者だとしても無辜の村を襲い、住民を殺し、金品を奪っていた悪党なのだからそれほど胸は痛まない。そもそも、そんな覚悟はとっくに済ませてある。

 それに凶悪な盗賊など、捕らえられて裁きを受ければ、どっちみち極刑となろう。少なくとも中央大陸の法に照らし合わせるとそうなる。

 法的には多分、こちらでも似たようなものだろう。

 ただ、後者の場合だと驚くしかない。

 噂が伝わるのは早いと言うが、俺たちの到着以前に伝わっているなど、あまりにも早すぎではなかろうか。

 襲われた村の生き残りが、早馬で近隣の街に助けを求めたとも考えられるが……


「いやぁ、同じ浪人仲間として鼻が高ぇや!」

「一杯奢らせてくれ! 天誅人さんよ!」

「あのクソども、最近のさばりすぎて目障りだったんだ!」

「よくやってくれたな、成敗人さん!」

「乾杯だ! 乾杯しようぜ! ほら、あんたも杯を持って!」

「……はは、は……」


 勝手に盛り上がる浪人たちに、俺は最早乾いた笑いしか出なかった。

 勘違いも甚だしいが、俺の金髪を見ても迫害しないあたり、悪い連中でも悪霊派でもないらしい。

 これでお銀さんが言っていた『浪人組合は中立である』と言う話も立証されたわけだ。

 むしろ浪人たちは聖女派(こちら)寄りな気がして実にありがたい。

 これで多少は動きやすくなるだろう。


 大柄な浪人が乾杯の音頭を取る。

 俺は諦めて溜息と共に深編笠を脱ぎ、仕方なく付き合いで杯をあおった。

 途端にフルーティな香りが鼻を突き抜ける。

 そして久々に感じるアルコールが喉を通る時の熱さ。

 美味い。美味すぎる。

 思えばこちらに来て以降、とんでもなく健全な生活を送っていたものだ。

 中央大陸にいた頃は、己の出自や記憶のことで悩み、割と飲んだくれな日々だった。


「よぅ、兄さん、イケるクチだね。もう一献!」

「はぁ、どうも。しかし美味い酒だ。喉越しや後味もすっきりしてる」

「おぉっ、異大陸人なのに良い感性を持ってるな。こりゃ純米酒だよ」

「純米……米の酒なのに果物のような香りがするんだな。それに良い甘みもある。俺としてはもう少し辛口が好みだが」

「ほう! 本当に良い舌をしてるじゃないか! 気に入った! へっへっへ、あるよぉ辛口!」


 初老の浪人はそう笑いながらデカい瓶をドンと取り出し酒を注ぐ。

 先程のよりも強い香気が鼻を打った。

 これは堪らない。


「なんて香り高いんだ……」

「へっへへへ、こりゃあオレのとっておきだぞぉ。なんてったって希少な【大吟醸】だぁ! よ~く味わってくれよぉ!」

「おっとっと……ゴクリ……くぅーっ、最高に美味い! 味も香りも段違いだ!」

「だろぉ? いい米でなけりゃこの味は出ねぇんだよなぁ」

「なるほど。つまり、この辺りは米どころでもあると?」

「いやいや、やっぱり米どころっつったらもっと西だなぁ。皇都よりももっと先にこの酒を造ってる街があるのさぁ。オレぁそっちの出でな」

「へぇえ。だったら、もしその街に立ち寄った時、買っておいたほうがいい酒の銘柄とかはあるかい?」

「あたぼうよぉ! まずは銘酒【なぶり】だな。あと酒豪御用達の【鬼狂おにぐるい】、これは外せねぇ。あとは……おっと、兄さん。名はなんてんだい? オレぁ佐吉サキチってんだ」

「俺はリヒトハルトだ。よろしく」

「そうか、随分と雅な名前だなぁ! そんでな、女の子にも飲みやすくて人気の【姫酔ひめすい】ってのが……」


「ちょっとリヒトさん。買い取りしてもらう話はどうなったんですか」


 ツンツンと俺の袖を引っ張るリーシャ。

 酒を飲んだせいか、そんな仕草が普段よりも可愛らしく見える。


「あ、あぁ、そうだったね。佐吉さん、その話は後で聞かせてくれよ」

「おう! 先に用を足しちまいな! 待ってるぜぇ!」

「行こうか、リーシャ」


 そう言って振り返った時────



「あっ、あのっ! 突然の不躾なお願いで心苦しいのでござるが……あなたがたの世直し旅のお供にわた……拙者を加えていただきたいのでござる!」


「は?」

「へ?」


 俺とリーシャは一瞬何を言われたのかわからず、間抜けな声を出すので精一杯であった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ