覚悟
死んでもいい人間なんていない、などと綺麗事を言うつもりは毛頭ない。
俺は聖人君子ではないのだ。
むしろ、どうしようもない悪党どもは死んで然るべきである、とすら思っているくらいなのである。
もしこの先、愛するリーシャや娘たちが悪漢に襲われた場合、俺は何の躊躇もなくそいつを殺せると断言できるし、必ず実行するつもりだ。
たとえ勢い余って街ごと滅ぼしたとしても、俺はきっと後悔しないだろう。
ただ自責の念と共に、咎を背負って生きるだけである。
独善だの傲慢だの言われようとも。
しかしまさか娘たちまでがそれほどの覚悟を持っていたとは。
リーシャならまだわかる。一時は白百合騎士団に所属していたのだから。
騎士と言うものは基本的に対人に特化した訓練を行う。
言い換えれば騎士たちは、日々殺人術を練り上げているのだ。
来るべき戦争を想定しているのだし、それは当たり前のことと言えよう。
対人戦だけではなく、全局面的な戦闘を必要とする冒険者と一線を画しているのはそこであろう。
だが、冒険者も時には傭兵のように雇われて戦争に参加したり、大規模な野盗討伐隊に加わり闘ったケースも過去にはあったようだ。
少し前の冒険者……つまり、冒険者ギルド創設の立役者たる【剣聖】オルランディさま、王太后シャロンティーヌさま、【名も無き魔導士】の三大英雄や、現副ギルド長のネイビスさんなどが活躍した時代では、当たり前のように殺人を経験しているはずなのである。
でも、いくら冒険者だからと言って、娘たちに人殺しをさせるわけには……いかないよなぁ。
戦闘中の過失とか事故ならともかく、自ら進んでってのはなぁ……
させたくないなら……俺が『殺る』覚悟を決めればいいだけだ。
「……手を汚すのは俺だけでいい。きみたちの技量なら相手を殺さずに制圧できるだろう? だから、なるべく生かしてくれないか? ……必要な場合は全て俺がやる。きみたちが他人の命まで背負う必要はないんだ」
「…………」
俺の真摯さが伝わったものか、リーシャもマリーもアリスメイリスも鼻白んだ様子を見せる。
三者三様にそれぞれの葛藤もあるだろうが、俺の決意は変わらない。
どうやら三人ともそれを悟ったようで。
「……わかりました。やってみます」
「パパがそういうなら……」
「お父さまに従うのじゃ」
内心はどうあれ、そう頷いてくれた。
取り敢えずはまとまってホッとしたが、俺とて戦場がそう甘いものではなかろうと考えてもいた。
結局のところ、その時、その場で、その状況になってみないことには、どうすべきかなど誰にもわからないのだ。
つまりこれは訓示であって、命令ではない。敢えて言うなら、俺の勝手な『願い』だ。
そんな俺たちを見守るお銀さんたちには、さぞや滑稽な茶番劇に思えたことだろう。
東大陸の人々にすれば、他人や身内の死など日常的に起こり得るほど身近な存在なのだから。
聞けばこの地では男女ともに15歳で元服を迎えると言う。
元服とは成人の儀だ。
俺たちの住む中央大陸では18歳から成人と認められるのだが、こちらはだいぶ早い。
成人が早いぶん、戦場に出る年齢も早くなるということだ。
子供が戦場に出て人を殺し、また殺されると言う現実が彼女らにとっては当たり前なのである。
それが日常であるなら、俺の覚悟などちっぽけに見えても仕方がない。
だが、お銀さんは若くして【朧】の頭領を務め、荒事から交渉までを担うだけあって、意外と空気の読める子であった。
「……不殺の覚悟……それもまた困難な道でありながら崇高な覚悟にござりまする。主さまのご意向に沿わんとなさるご息女さまがたも、これまた立派な志をお持ちのようで」
と、追従気味に褒めちぎることで、リーシャと娘たちを納得を促進させようとしてくれたのだ。
なんとまぁ良く出来た従者……あれ?
なんだか本気で感心しているように見えるぞ……おべっかじゃなくて普通に褒めただけなのか?
うーん、お茶目さん!
だがひとつ、気になることがある。
口振りから察するに、まさかお銀さんはリーシャまで俺の娘だと思っているのではないだろうか。
俺は恐怖した。
そんなことがもしリーシャ本人に知れてみろ。
どれだけ怒り狂うか……
「主さまにはこのように五人もの可愛らしいお子さまがたはあれども、どうやら正式な妻は未だ娶っておらぬご様子。な、なれば、是非にともこの私めを正妻に……! 自分で申すのは憚られまするが、私は幼子も愛で、育むことも決して不得手では……」
「あーっ! 抜け駆け禁止ですよ頭領!」
「ズルいですぅ~!」
「主さまは私が狙ってたのに!」
「ぶーぶー! 横暴! 職権乱用!」
土まみれな【朧】の面々が一斉にお銀さんへ詰め寄る。
壮絶なくんずほぐれつに発展しそうな雰囲気を見て、俺は『よせ!』と言いかけて口をつぐんだ。つぐむしかなかった。
ゴゴゴゴゴゴ
……既に手遅れだったのだ。
俺の娘扱いされた挙句、『恋人』を差し置いて始まったお銀さんたちの闘争を見て、紅の剣姫リーシャが激怒しないはずなどなかったのである。
「……ッッフゥゥ~……いいでしょう。【朧】のみなさん……あなたたちが『活殺リーシャ流』最初の犠牲者よ!」
いつの間にか妙な流派を打ち立てているリーシャ。
しかし、お銀さんたちはリーシャの殺気を敏感に感じ取り、すぐさま臨戦態勢に……入らなかった。
なぜならとっくに揉み合いが始まっている!
「ムキー! 私の話を聞きなさーい!」
叫びながら土煙の中へ突撃していくリーシャ。
「あははは! リーシャおねえちゃんがんばれー!」
「リーシャ姉さまファイトなのじゃー!」
「右! 右パンチだよリーシャお姉さん!」
「今のうちにパパを独り占めしちゃお~っと! ぎゅ~!」
「おっとっと。ははは、いいとも」
「あ! フランシアちゃんズルいー!」
「フラン……意外と策士だね……」
「わらわもお父さまとベッタリするのじゃ~」
やはりシリアスとは縁遠い俺たちなのであった。




