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ジョブチェンジ


 ピコーンピコーンピコーン


 突然、懐に入れておいた冒険者カードが激しい振動と共に鳴り響いた。

 見れば隣を歩くリーシャも『ひゃぅっ!』とか可愛い悲鳴を上げて懐をまさぐっている。


 暁の盗賊団襲撃事件から数日経った朝の出来事だ。


 俺たち4人は現在田園風景の真っただ中を歩いていた。


 この辺りは肥沃な土地を生かした穀倉地帯となっており、この国の食糧庫とも言われるほどの一大産地なのである。

 大街道の周辺にも田畑が整然と区画整理され、見渡す限りにずらりと並んでいた。


 俺は元料理人だから、それなりに穀物や野菜の知識も持っている。

 なので、この地が米、大小の麦、今では食べる者もだいぶ減ったあわ、そして野菜類などを生産しているのがすぐにわかった。

 当然ながら、質もある程度は判別可能だ。


 話の通り、立派な作物だね。

 ここの米がまたもっちりとしていて美味いんだよ。


 子豚亭でも良く使っていたもんさ。

 チーズたっぷりのドリアなんかにすると最高だった。


「あっ! リヒトさん! 見てくださいよこのカード! 冒険者ランクが上がってます!」


 興奮した様子のリーシャが、俺のシャツの袖をちょいちょいと引っ張っていた。


 助けた商人さんからささやかなお礼として貰ったシャツ、ズボン、そしてマント。

 いずれも真っ黒な色だが、どれも商品として持ってきていた高級品らしい。


 俺が元々着ていた服は盗賊たちがボロボロにしてくれたからね。

 感謝しますよ商人さん。


 それはともかく、リーシャの可愛らしい仕草に俺は少しドキッとする。


 女の子のこう言うちょっとした行動に弱いんだよ俺。

 だけどねリーシャ。

 背中にグラーフの恨めし気な視線が突き刺さってることにも気づいておくれ。

 そのうち物理的に刺されそうなんですけど。


 俺も右手で懐からカードを取り出す。

 左手はマリーを抱えてるから塞がっているのだ。


 うん。

 やっぱり文字化けしててよくわからない。

 だけど、以前の文字列から少し変化したように思える。

 ってことはやはりランクアップしているのだろう。


「でも、どうしていきなりランクがあがったんでしょうね……?」


 リーシャが首をかしげる。

 頭上にハテナマークがたくさん浮かんでいるようだ。


「確かにおかしいね。俺たちはモンスターなんて倒してはいないんだけど……」


 そこまで言ってから気付いた。

 モンスターじゃないけど、俺たちはしっかり倒したじゃないか。


 グラーフたちを!


 きっと商人さんと盗賊たちがアトスの街へ到着し、冒険者ギルドへ俺たちの一件を報告したのだろう。

 憶測だが、襲撃を受けたものの、俺とリーシャが盗賊どもを打ち倒したんで救われた、とかね。

 グラーフたちのことは上手くボカしておくって言ってくれてたし。


 それで冒険者ギルド側は事後完了クエストとして受諾し、倒した人数、おおよその強さなどを経験値に換算して、情報が常に共有されている俺たちの冒険者カードへ転送したってことか。


 確かこの事後完了クエストってさ。

 身分がはっきりとした人物が申請するのが前提で、受け付けてもらうにもそれなりの登録料がかかるはずなんだよね。

 だって、誰もができたら不正にいくらでも経験値を受け取れちゃうもんな。


 ……商人さんには重ね重ね感謝しなくちゃならないぞ。

 いやぁ、人助けってのはしておくもんだなぁ。


「ランクが一気に3から10ですよ! 10!」


 頬を軽く上気させ、ウッキウキのリーシャ。

 わかるわかる。

 気持ちはよくわかるよリーシャ。


 しかしランク10か……

 商人さん、かなり話を盛ったのかもしれないな。

 グラーフと盗賊5人でランクが7もあがるのは経験値を貰いすぎな気がするもんね。

 まぁ、リーシャの実力を鑑みればランク10くらいは妥当だと思うけど。


 それよりも俺たちが嬉しいのは、これでまたスキルの取得ができることだろう。

 スキルが増えれば単純に戦術の幅が増える、つまり闘いにおける選択肢が増加するわけだ。


 こうやってひとつひとつ積み上げていくのは料理とも通ずるものがある。

 食材を加工し、調理を重ねて味付けに至り、そして完成を迎えるのだ。


 いやまぁ、どんな職業だってそうなんだけど、下積みって言うか、積み重ねは大事だよってことね。

 基本をないがしろにする輩は大成しないもんさ。


 俺だって料理人時代は基本をとことん繰り返していたし、冒険者となった今でも毎日魔導力の調整訓練を欠かしていないのだ。


 ……魔導力の方は、ここ数日の話なんだけどね。

 それでもだいぶ上手くなってきたと思うよ。

 固形燃料を使わずともファイアボルトで調理ができるくらいには、ね。


「リーシャはやっぱり剣技を取るのかい?」

「はい! むしろ剣技しか取りません!」


 笑顔で断言するリーシャ。


 剣の道をきわめると言う点では間違っていない。

 だが戦術的にはせばまるような気がしてならなかった。


 うーん、他の武器に精通しておくのも悪くはないと思うんだけどね。

 まぁ、脇道に逸れてばかりいたら剣の道は遠ざかっちゃうか。


 若いリーシャの真摯な気持ちを大事にしてあげよう。

 彼女が危ない時は俺がフォローすればいいだけの話さ。


「うふふふ~、まずは【ダブルアタック】を取って~、お次は何にしようかな~? 【パリィ】にしようかな~、あ、対空技の【ライジングエッジ】もいいなぁ~、えーい、両方取っちゃえ~、うふふふふ」


 た、楽しそうですねリーシャさん。

 自分の世界に浸るのはいいが、涎は垂らさないでくれよ。


「リーシャの姐さん、嬉しそうですねぇ、なんだか羨ましいや」

「なんだ、きみも冒険者になればいいじゃないかグラーフ」

「いやいや、無茶言わねぇくださいやリヒトの旦那! あっしはこっちがてんでダメでして」


 苦笑いを浮かべながら自分の頭をツンツンするグラーフ。

 マリーも釣られて小さな頭をコンコン叩いていた。

 実に可愛いです。


「なぁに、俺もきみと大差ないよ。学校なんてバックレてばかりだったからね」

「うははは! あっしもでしたよ! あんな退屈なところにいてらんねぇでさぁ! いやぁ、気が合いやすねぇ!」

「きみも剣を使うならリーシャに教われば……」

「断固お断りします」

「ガーン!」


 俺の言葉を遮り、すかさず却下してくるリーシャ。

 ショックで真っ黒なグラーフが真っ白に燃え尽きている。


 ちゃんと聞こえてるんじゃないか……


 さてさて、それはさておき、俺はどんなスキルを取ろうかねぇ。

 取り敢えずは魔導系スキルを伸ばすべきだよね。

 あとは……そうだなぁ、支援系スキルなんてどうだろう?


 俺はカードのスキル一覧を食い入るように見つめる。

 これで今後の未来が変わって行くのだから真剣にならざるを得ない。


 アイスボルト、サンダーボルト……この辺はまぁ、基本的な魔導術だから取っておくとして……ポチポチ。

 おっ、ヒールって癒術だよな?

 『多少の傷なら瞬時に快癒可能です』か、こりゃあ是非とも取らねばなるまい。

 うちにはいかにも率先して怪我をしそうな人が二人もいるんでね……ポチ。


 ピーピーピーピー


「うわっ、なんだなんだ!?」

「なになに!? どうなっちゃったの!?」


 またもや激しく鳴動する俺とリーシャの冒険者カード。


 カードに浮かんだその文字は。



 『既定のランクに到達。【ジョブチェンジ】機能が解放されました』




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