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閉ざされた帰路



「断る」


「なんと!? ……即答でございますか……」

「リ、リヒトさん……!?」


 願いを即座に却下した俺に対し、目を丸くするお銀さんとリーシャ。

 話の流れからして、甘っちょろい俺ならばすぐさま快諾するとでも思っていたのだろう。

 舐めてもらっては困る。


 特にリーシャは普段の俺を知っているだけに余計驚いたようだ。

 これまでにも公爵領民の要望は出来得る限り叶えてきた俺なのだから。

 だが今回ばかりは事情が違う。


「悪いが、こんな仕打ちをする連中を救う義理などない。俺たちは一刻も早く中央大陸への帰還を果たす。それだけだ」

「……左様ですか……そう仰られるのならば致し方ありますまい」


 意外なことにそれ以上食い下がってこないお銀さん。

 それともハナから期待などしておらず、言うだけ言ってみただけなのだろうか。


 お、おい……

 やけにあっさり引きさがったもんだな。

 他人事だが、いいのかそれで?


 俺の思慮を余所に、お銀さんは表情を崩すことなくこう言った。


「あなたさまがたのご帰還には私共も尽力いたしましょう。せめてものお詫びでございまする」

「……それは助かる」

「して、如何なる手段でお帰りあそばされるおつもりでしょうか?」

「ああ、ちょっとばかり情報を耳にしてな。西の果てにある皇都ならば大きな港があるだろう。そこから海路で渡るつもりだ」

「……」


 リーシャにアイコンタクトを送り、頷き合う。

 彼女とは勿論のこと、娘たちも交えて既に協議済みである。

 俺が抱く帰還への決意も断固たるものなのだ。


 ────お銀さんが、驚愕の一言を発するまでは。


「あの、りひとはるとさま……」

「うん?」

「まことに申し上げにくいのですが……海路を利用することはできませぬ……」

「はいぃ!? ど、どういうことなんだいそれは!?」


「あははは! いつものあわてるパパだー!」

「こっちのパパのほうが好きー!」

「リヒトさん、素に戻っちゃってますよ」


 娘たちとリーシャの、鋭く厳しいツッコミ。


 ぐっ!

 驚きすぎたか────

 いや、今はそれどころじゃない!

 【飛翔】のスキルが使えない以上、頼みの綱は船だけなんだぞ!


「なぜ海路が使えないんだ?」

「現在、中央大陸行きの船は皆無と言っていいからです」

「無い? 無いわけがなかろう。東大陸と中央大陸は交易をしているんだからな」

「ええ。仰る通りにございます」

「わかっているのなら……」


 問い詰めようとした俺の口が無意識に閉じられる。

 俺の頭に、ひとつの答えが浮かんだのだ。

 それも、あまり好ましくない方向の。


「……そうか、国際的な交易の管轄は当然……」

「はい、流石はりひとはるとさま。すぐお気付きになられるとはお見事でございます。海路及び交易とは、朝廷、すなわち皇帝に帰結いたすのです。その許しがなければ渡航は不可能かと」

「そして皇帝は悪霊派、か……」

「まさしく。それゆえ、乗船は非常に困難と思われまする」


 あっ、お銀さんめ!

 『好機!』みたいな顔でいきなり饒舌になったぞ!

 まさか諦めたんじゃなくて、俺を口説き落とす切り口を変えただけか!?

 虎視眈々と説得の機会を窺ってやがったんだな!

 ちくしょう!

 見事な女狐ぶりだ!


「朝廷が中央大陸との行き来を著しく制限しているのも一因となっております」

「仮に俺たちが皇都に辿り着いたとしても、乗るべき船がないってことか……」

「例えあったとしても小さな漁船が精々、と言ったところでございましょう……はて?」


 そんなものでは大海などとても渡れまい。

 これは困ったなと首を捻った時、お銀さんも同じく首を傾げていた。

 彼女も俺たちのために悩んでくれているの……ではなかった。


「……あの、りひとはるとさま。誤解なさっておられるようですが、皇都には船どころか港もございませぬ」

「ほう、それは知らなか……はぁ!?」


 この女狐は何度俺を仰天させれば気が済むのだろうか。

 五兵衛さんの話では皇都こそが最大の港町であるはずだ。

 それを希望に俺たちは進んでこれたのだ。


「数年ほど前になりますが、皇帝は突如として宣言し、内陸部への遷都せんとに踏み切ったのです」

「遷都……か。なるほどそれで……」


 遷都とは城や都を別の場所に移すことだ。

 中央大陸の王城も、かつては現在のシャロンティーヌさまがお住いになっている地にあったと聞く。

 つまり、遷都自体はそれほど珍しいものではないのだ。


 だがここ数年と言うのが引っかかる。

 いや、それ以前に、何故【世界地理】のスキルを使った際に皇都の位置は西の果てに表示されたんだ?


 不思議に思った俺は、確認のため再度スキルを起動した。

 だが、間違いなく西の果てにその国の首都を表す青いポイントが明滅していた。


 おかしいな……

 ここにきてまさかお銀さんが俺をたばかろうとするなんて思えないし……

 いやいや、可能性はゼロじゃない。

 痛い目を見たんだ、無闇に信じないほうが…………ん?


 んん!?

 視界に表示されたマップの右上に出てるミニ情報欄!!

 よく見たらスキルの最終更新日が10年も前の日付だ!

 おいおい、冒険者ギルドめ……職務怠慢すぎるだろう。

 まぁ、地形や都の位置なんてそうそう頻繁に変わるものでもないし、そこはわからんでもないが……

 でも冒険者にとって情報ってのは非常に重要だと思うんだけどなぁ。

 ヘタすりゃ生死に関わるぞ。


「遷都をしたって言いましたけど、どうしてです? 過去になにか大災害でも起きたんですか?」

「いいえ。ここのところは南海よりの風嵐も少なく、気候はとても安定しております。最近だと、少し火山活動が気になるくらいです」

「じゃあ、なぜ遷都を……あんまり必要には感じませんけど? はた迷惑な皇帝の気まぐれとか?」


 焦れたリーシャが『思ったことをストレートに言っちゃう病』を発症させつつ、お銀さんに問うている。

 いつもと変わらぬ彼女に、俺はなんでかホッとしてしまった。

 しかし、お銀さんは目を爛々と輝かせたのである。



「話の肝はそこにこそあるのです。皇帝が遷都を強行したのは、失墜しかけた己が威を復権させるための身勝手なものだったのです。そして中央大陸との繋がりを断ち切ったのは、台頭しつつある聖女派を牽制するための措置でした。真なる聖女伝説が中央大陸へ伝わってしまうのは朝廷にとっても都合が悪いのでしょう」


「ん?? むしろ全く話が見えてこないんだがね」


「……皇帝は、とある地の近隣へ遷都いたしました。東大陸の中央部付近です。その地の名は、わざわいもたらす土地、『禍津地マガツチ』と呼ばれています」


「……なんでまたそんなに不吉そうな場所の近くへ遷都を……?」



「…………禍津地には、かの聖女の手によって……忌まわしき禍津神マガツカミ……すなわち魔神が封じられているのです」



「なんだと!?」




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