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衝撃


 穏やかな昼下がり。


 昼食後の和やかな雰囲気。


 腹が満たされると心も満たされるってね。

 やはり食事と言うのは重要だと思うんだよ。

 腹が減っては戦が出来ぬって言うけど、ありゃあ真理だね。


「ひゃー、食った食ったぁー! リヒトの兄貴は料理もすげぇんですねぇ!」

「グラーフ、あなたねぇ、ちょっとは遠慮しなさいよ。無職の癖に」

「ブハッ! リーシャの姐さん……そりゃ言いっこなしですぜぇ……」


 食後のコーヒーを噴き出すグラーフ。

 リーシャの一言がグッサリと突き刺さったのだろう。


 なにせ、俺にまで少し刺さったからな。

 料理長から解雇を言い渡されたあの時の絶望感と共に襲い来る虚無感。

 あれは一生忘れないだろうな。


 おー、やだやだ。

 出来れば今すぐ忘れたいのに、思い出しちゃったよ。

 こんな時はマリーの無邪気な姿を見て癒されるに限る。


「ふふん~ふんふ~ん」


 マリーは草むらに寝そべり、お気に入りのクレヨンで帳面に絵を描いているようだ。

 ご機嫌な時に出る自作の鼻歌が小鳥のさえずりみたいで耳にも心地よい。

 時折俺たちの顔をジッと見ているのは、似顔絵でも描いているからだろうか。


 ちなみに、今日の髪形はサイドテール。

 製作者は俺である。

 最近はマリーの豊かな金髪を結うのにも慣れてきた。

 リーシャに教わったから三つ編みだって出来ちゃうぞ。


 あぁ、やっぱりマリーには癒されるよなぁ。


「あぁー、マリーちゃんは今日も可愛いなぁー。見てるだけで癒されますよねぇ」


 おや、リーシャもですか。

 奇遇ですね。


「リ、リーシャの姐さんも、か、可愛いですぜ」

「うっさい! 余計なこと言わなくていいの!」

「へ、へい……失礼しやした……」


 精一杯勇気を振り絞って言ったんだろうに、リーシャからすげなく一蹴されるグラーフ。

 哀れな男だ……


 恋愛ってのはね。

 惚れた側がいつでも負け犬なのだよ。


 さて、俺もバカなことを言ってリーシャに怒られれば、グラーフの受けた精神的ダメージも少しは和らぐだろう。

 成り行きとは言え、一応は仲間になったわけだし多少はフォローしてやらねば。


「そうだね。リーシャはとってもキュートだと思うよ」

「えっ? えっ? 本当ですかリヒトさん!? えへへ、うれしいです……」

「!? 姐さん……あっしの時と扱いが違いすぎやしませんか……?」

「当たり前でしょ!」

「そんなぁ……」


 あれ?

 思い付きで俺も言ってみただけなんだが、思ってたのと違う答えが返ってきた。

 もっと、こう、やんわりと拒否されるものとばかり……


 そんな乙女みたいに頬を染められてしまうと、俺もどう反応していいのか困るんですが……

 いや、リーシャは正真正銘の乙女なんだけども。


 そんな逡巡する俺へ、可愛らしい声が届いた。


「パパー! おえかきできたのー!」


 嬉しそうにトコトコ駆け寄ってきたマリーが俺の膝に座り、帳面を広げて見せた。


「おお、新作かい? どれどれ」

「あのね、これがパパで、これがわたし! こっちがりーしゃおねえちゃんで、これがぐらーふ!」

「おおおー! よく描けてるねマリー。とっても上手だよ」

「えへへへ!」

「私にも見せてください!」

「あっしも見てぇです!」


 帳面には、お日様の元でニッコリ笑顔の俺たちが描かれていた。

 右側に俺、その上にマリー。

 顔だけだが、これはきっと俺がマリーを肩車している構図なのだろう。

 特徴といい、表情といい、拙いながらも良く捉えられている。


 そして左側にはリーシャの顔、その下にはグラーフだ。

 うん。

 俺が思うに、これはきっと二人の上下関係を的確に表しているんだと思う。

 リーシャが大きく、グラーフが小さめに描かれてるもんな。

 立場といい、力量といい、まさに完璧だ。


 しかしまぁ、子供ってのは意外と細かいところまで見ているもんだねぇ。


 リーシャの赤毛や紅眼、グラーフの褐色の肌と黒い髪色は勿論のこと、よく見なければ気付かないようなリーシャの右目にある泣きボクロの位置まで記されていたのだ。


「な、なんですかリヒトさん……そんなに見つめられたら私だって照れますよぉ……」

「あ、いや、失敬。不躾だったね。マリーの絵にリーシャの泣きボクロがあったもんだからつい確認しちゃったんだ」

「あ、ああ、そうでしたか……じゃあ、もっと見てもいいですよ、どうぞ」


 恥ずかし気にそっと目を閉じるリーシャ。

 俺は少し顔を近付ける。


 うむ、確かに右目の少し下に泣きボクロがあるね。

 色素も薄いホクロなのによく見つけたなマリーは。


 って、待て待て。

 これじゃまるでキスする時のような……


 ハッ!?

 リーシャ、気付いてくれ!

 グラーフの嫉妬に満ちた視線に!

 ほら!

 ハンカチを千切りそうなほど噛みしめてるって!


「どうしたのぐらーふ? どこかいたいの? いたいのいたいのとんでけーってする?」

「い、いや、これは違うんでさぁ。 うぅ……マリーの姐さんだけですよ、あっしに優しくしてくれるのは……うっうっ……」


 今度は男泣きのグラーフ。

 天使のようなマリーに慰められたら、そりゃ泣くよね。

 俺とかしょっちゅう泣いてるし。

 ……それは単に歳で涙腺がゆるいだけか……


「はぁー、あいつら、アトスの街に着いたかなぁー……」


 泣き疲れて草むらへ大の字になったグラーフが呟いた。

 あいつらとは、きっと暁の盗賊団に所属していた連中のことだろう。


「そんなわけないでしょ。出立したのは今朝よ」

「……ですよねー。でも、あっしはあいつらが心配なんでさぁ」


 グラーフの黒い瞳が青空と白い雲を見つめている。

 空を通して別れた盗賊たちに思いを馳せるかのように。



 彼らに関して、とある提案をしたのは他でもない俺であった。


 俺たちが助けた御者のおっさん。

 後で聞いたことだが、彼は王都からアトスの街へ商品を運ぶ商人だった。

 しかもそれなりに名の通った商人であるらしく、商工会や冒険者ギルドにも多少は顔が利くそうだ。


 そう聞かされた俺は、グラーフから一方的に盗賊団の解散を告げられ肩を落とす連中にこう言ったのである。


「きみたちは真面目に働く気はあるのかい? たとえどんなにきつくても、だよ? 当然だけど盗賊は廃業してもらうとして、ね」


 俺の言葉に一も二もなく頷く盗賊たち。


 元々まともな職につけなくて仕方なく始めた盗賊業だったらしく、グラーフのポリシーが『人を殺めない』と言うこともあって強奪に失敗も多く、大した稼ぎにはならなかったようだ。


 『なぁんだ、あなたたち、ただのコソ泥じゃない』

 とは、リーシャの弁である。

 俺も全面的に同意するしかなかった。


 なので、そんな路頭に迷った連中をとても他人事とは思えず俺は提案してやったのだ。

 なにせ俺もクビになった身、境遇的には彼らとなんら変わらない。


「商人さん、申し訳ないんですが、彼らをアトスの街まで連れて行ってもらえませんか?」

「しかし……」

「俺とグラーフでよく言い聞かせますんで、護衛だとでも思ってやってください」

「あなたがそれ程言うのなら……任されましょう。それと、旦那やお嬢さんたちに受けたこの御恩は冒険者ギルドにもきちんとご報告させていただきますよ」


 商人さんと固い握手を交わし、俺は改めて盗賊たちに向き直る。


「いいかい? きみたちはアトスの街に着いたら、西区にある商工会本部に行くんだ。そこの太った職員に『リヒトハルトからの紹介できました』と言えばわかってくれると思う。今アトスの街は老朽化による大改修を行っているからね。土木作業の仕事でよかったらいくらでもあるよ」


 おおお、と歓声を上げる盗賊たち。

 彼らもまだ若く、体力には自信がありそうだしピッタリだと思うんだよね。


 そう決まった後、商人さんが振舞ってくれた高い酒を飲んで盛り上がったのが昨晩。

 俺が二日酔いの原因はこれだ。

 そして今朝、俺たちへ何度も何度も頭を下げながら商人さんの荷馬車と元盗賊の彼らはアトスの街へ向けて発ったのである。



「あいつらの件に関しちゃ、リヒトの兄貴には返しきれねぇほどの恩義を感じてますよ。まさか仕事の口まで利いてくれるなんて……これであいつらも真っ当に生きられるってもんでさぁ」

「そうかい? そう言ってもらえると俺もうれしいよ。だけどさ、『兄貴』はやめないか?」

「うーん、じゃあなんて呼びやす?」

「名前でいいよ名前で」

「いやぁ、それはあっしが恩知らずな野郎だと思われちまうんで……じゃあ、リヒトの旦那でどうですかね?」

「……あんまり変わってない気がするけど、まぁいいか」

「わかりやしたぜ旦那!」


 納得は行かないが仕方あるまい。

 ま、兄貴よりは旦那のほうが俺の年齢的にもしっくりくるかも。

 兄貴だと三下のチンピラっぽいからね。


 しかし俺を兄貴なんて呼ぶってことは、グラーフも結構年が行ってるのかな。

 褐色の肌な上に日焼けもしてるから年齢がよくわからないんだよ。

 予想では二十代後半から三十代半ばあたりと見たね。


 はっはっは。

 おじさん仲間が増えたわけか。


「グラーフっていくつなんだい?」

「あっしですかい? 今年で……えーと、二十歳になりやす」

「はい!? おいおい、冗談だろ? もっと行ってるはずだよ」

「えぇぇ!? 嘘でしょ!? はたち!? 今19歳!? 私とみっつしか変わらないじゃない! 絶対35歳くらいだとばかり思ってたわよ!」

「ひでぇですよ二人とも!」



 この事件において最大の衝撃を受けた俺とリーシャなのであった。




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