受難
『金色の悪霊』……?
店主は間違いなくそう言ったが、それは俺のことなのだろうか?
確かに金髪ではあるが……
この街へ来るのはもちろん初めてだし、この店主とも初対面だ。
当然だが、なにか悪いことを仕出かした覚えなどない。
だったら何故こんな謂れのない蔑みを────
ヂャリヂャリーン
「ほらよ、仕方ねぇから恵んでやる。拾ったらとっとと消え失せろ」
「!!」
こともあろうにこの古傷だらけの店主は、俺に向かって銅銭を投げつけたのだ。
それも、施しを無様に這いつくばって拾え、と言わんばかりんの嘲りを込めて。
ビキィッ
これは怒りによって俺の額に無数に浮かんだであろう、青筋の張る音だ。
最早我慢の限界を迎えつつあるが、それでも俺は大きく深呼吸しながら散らばった銅銭をアキヒメと共に拾い集めた。
どうにか堪えられたのには理由がある。
ここが異国の地であること。
事情がよくわかっていないこと。
俺には守るべき者がいること。
それらの要因が俺に激怒させることを許さなかった。
だがそれも、もう一押しされれば大爆発を起こすであろう。
既に破裂寸前にまで堪忍袋は膨らみ切っているのだ。
くそっ。
どうして俺たちがこんな扱いをされなきゃならないんだ……
理不尽すぎるだろう。
好きで東大陸へ来たわけでもないのに。
そもそも『金色の悪霊』ってなんだよ。
銅銭を拾い終えた俺は、無言で立ち去ろうとした。
礼を失する者にこちらから礼を言う必要などない。
そんな俺の背へ。
「やっと帰りやがった。あぁ縁起でもねぇ。おーい、塩撒いとけ塩!」
これみよがしな店主の声が追い打ちをかけた。
さも忌々しそうなその声音。
俺は拳を思い切り握り込む。
ついでに歯も食いしばってなんとか耐えた。
────しかし次に起きた事件で、俺の怒りはいとも容易く頂点へと達したのだ。
「やーい! 金色の悪霊ー!」
「さっさと街から出て行けよ疫病神!」
あろうことか、着物を着た妙ちくりんな髪形の子供たちが口々に罵りながら、荷車の上にいるマリーとフランシア目がけて石を投げていたのである。
リーシャも荷車にいるが、突然の状況について行けずオロオロとするばかりだ。
このクソガキどもめ!
いったい何の恨みがあって俺の可愛い娘たちに!
一瞬でカッと頭に血が上った俺は、荷車へと駆け出した。
しかも周囲にいる大人たちは誰もこの蛮行を止めようとすらしていない。
それが俺の怒りに拍車をかけた。
意識せずとも全身に膨大な魔導力が巡り始める。
このまま放てばこの街を消すことなど容易なほどの。
なんなんだこの国は!
いったいどういう教育をしたらこんな育ちかたをするんだ!
だが、事態は俺の予想を上回っていた。
「危ないよー! 当たったら痛いんだからねー!」
「うあっ! いてぇだろ! このクソ悪霊!」
フランシアは身軽にヒョイヒョイと石を躱しながら時折素手で受け止めて投げ返したのだ。
おっとりしているように見えて、なんとも素晴らしい反射神経と見事なピッチングである。
「はぁっ! えいっ! とおっ!」
「いてぇ! いてぇよぉ! ちきしょー! あうっ! 化物のくせに! ぎゃうっ!」
そしてマリーに至っては飛んでくる小石の全てを小剣で撃ち返し、その悉くを悪ガキどもに命中させていた。
よくやった!
それでこそ我が娘!
【史上最年少冒険者】の雄姿!
ちょっと暴力的だが、これは『冒険に於いて降りかかる火の粉は打ち払うのだ』と教えた俺の責任なんだけどね!
この場合は『目には目を』ってやつさ!
そして俺はガキどもの前に立ちはだかった。
マリーたちの盾になるように。
顔には内包する凄まじい怒りを込めて。
「うっ……」
「く……」
多少怯んだガキたちだったが、それでも俺へ石を投げつけた。
どこへ命中しようが俺の肉体にダメージなど与えられない。
それが例え眼球や急所であってもだ。
ましてや子供の力でなど、お話にもならない。
とは言え、こちらも反撃に出るわけにはいかぬ。
小虫を潰すよりも楽に屠れるだろうが、そうもいくまい。
潰してやりたいのは山々だけどね。
なのでズオッと顔を近付け、思い切り睨みつけることにした。
「……俺の娘になにをしてるのか聞かせなさい。その答えによっては大変なことになるぞ」
「ひっ!」
「っ!!」
俺から立ち昇る怒気と陽炎の如きオーラがガキどもを圧倒する。
「こっ、怖いよォ~! 母ちゃ~~ん!」
「うわぁぁ~ん! 疫病神が怒ったー!」
「ちきしょー! バーカバーカ! 悪霊ー!」
涙と脂汗と小便を撒き散らしながら駆け去っていく悪ガキ集団。
捨て台詞を残して行く辺り、ちっとも懲りてはいないらしい。
しかもそれを契機に、大人たちまでもが『くわばらくわばら』とばかりに去っていくではないか。
ガキどもを追い、見せしめに頭のひとつも殴ってやろうかと思った時。
「フランシアちゃん! 怪我してるじゃない! マリーちゃんも!」
「フラン! マリーちゃん大丈夫!?」
リーシャとアキヒメの悲痛な声が耳を打った。
瞬時に血の気が引き、慌てて荷車に飛び乗る俺。
「二人ともどうした!?」
「えへへ。ちょっと当たっちゃった」
「へいき、かすっただけだよパパ」
少しだけバツが悪そうに笑うフランシアとマリー。
フランシアの腕には青あざが。
マリーはこめかみを切って多少出血していた。
この子たちはこんな目に遭ったってのに、なんて健気に笑うんだい……
よし、今すぐ治してやるからな。
俺は二人を抱きしめながら癒術を発動させた。
緑色の淡い輝きに包まれ、マリーとフランシアの傷は見る間に消え去る。
痕など残らぬよう、思い切り生命力を込めておいた。
「もうなおったよー!」
「パパすごーい!」
「痛くないかい? ならよかった。リーシャ、すぐに出発しよう」
「は、はい!」
「こんな街は一刻も早く出るべきだ」
「でも、補給はどうするんです?」
「さっきのを考えれば、まともに売ってもらえるとは思えない。こちらの足元を見て吹っ掛けられるのが関の山さ」
「……そうかもしれませんね……」
「子供たちは念のため室内に入っているんだよ」
「はいお父さん」
「はーい」
「うん!」
リーシャとアキヒメは無事だったことから推測するに、どうにも我々の金髪が受難を引き寄せているようなのだ。
ならば隠れておいたほうがよかろう。
俺もしまっておいた【コートオブダークロード】を引っ張り出し、フード代わりに頭から被った。
……見た感じ、まだまだ修復には時間がかかりそうだね……
こいつさえ直ればすぐにでもこんな国はおさらばできるのに……
俺は『いかにして帰還するべきか』のみを考えていた。
この東大陸には最早なんの興味も未練もない。
居ても心が荒んでいくばかりだ。
これから先々でも同じ目に遭うのかと思うだけで滅入ってくる。
最速で大きな港を目指し、どんな手を使ってでも中央大陸行きの船に乗る。
娘を守るためならば俺は悪霊にでも悪魔にでもなってやる。
固くそう誓った。
その矢先────
「あの……異国のおかた……少しお話を聞いていただけませんか……?」
と、我々に声をかけてくる者があった。




