道連れ
「リーシャの姐さん! 荷物をお持ちしますぜ!」
「いいえ、結構よ」
「リヒトの兄貴! 腰は痛んでねぇですか!?」
「今のところ大丈夫さ」
「マリーの姐さん! あっしが肩車しやしょうか!?」
「ううん、パパがいいのー」
「そ、そうですかい……」
『暁の盗賊団』団長のグラーフがデカい図体のくせに、ものすごい勢いで俺たちの間を走り回る。
日焼けした精悍な顔つきが見事に破顔し、手もみをしつつ俺たちのご機嫌取りに余念がない様子。
だけど、俺やリーシャはともかく、マリーにまで『姐さん』と呼ばわるのはいかがなものだろうか。
しかも小さな子に軽く一蹴されてるのが笑えると同時に不憫である。
いったい何がどうしてこうなったんだっけ……
俺は歩きながら、ふと昨日の出来事を思い出す。
「マリー!!」
盗賊たちの凶刃がマリーと御者のおっさんに振りかざされた瞬間、俺は我が子を守るべく飛び込んだのだ。
そりゃもう、無我夢中だったね。
マリーの身体を腹の下へ庇った時、背や腕、そして足に鈍い感触が走った。
盗賊どもの刃が俺を斬り刻むべく何度も振り下ろされたのだろう。
「バカなおっさんだぜ! 自分から突っ込んで来やがったぁ! ブワハハハハ!」
「がっはははは! ちぃとばかし順番が変わっただけよぉ!」
「ヒャハハハハ…………は、はぁ? ……マジかよ……なんだこいつぁ……?」
バカ笑いをやめる盗賊たち。
ようやく異変に気付いたらしい。
俺がまるで血を流していないことに。
自分たちの持つ獲物の刃が大きく欠けてしまっていることに
遅いっての。
あーあ、マントもズボンもボロボロだよ。
己の武器と俺の身体を何度も見返す盗賊たち。
絶対の自信を持っていた暴力が初めて通用しなかったからか、連中の顔は次第に青ざめていった。
そしてじりじりと後退る。
攻撃が完全に止んだのを確認し、俺は身体中に纏わりついた刃物の欠片を払い落しながらヌオォと立ちあがった。
「だ、旦那……け、怪我は……?」
御者のおっさんもポカンと口を開けている。
驚かせてすみませんね。
俺って変な身体なんです。
「なぁ、お前ら。俺はさ、穏便に済ませようと思ってたんだよ。出来ることならね」
「おい! ば、化物かおめぇは!?」
欠けた獲物をこちらへ向け、必死に虚勢を張る盗賊ども。
だが、腰が引け、足もガタついているのがひと目でわかる。
「俺はこれでも温和で通ってるんだよ。 ……だけどな、俺の大事な娘に危害を加えようとするのなら話は別だ!」
俺は右手で背中の剣を抜き、左手は二本の指を立てた。
剣は威嚇と牽制、本命は左手だ。
その指先に流れ込んでいく魔導力。
全力でスキルを使うのは危険すぎる。
あんなもんを放ってはマリーたちまで巻き添えになってしまうからな。
怒りを押さえ込め。
魔導力は極々微量でいい。
限りなく少なく。
蟻をつまむ時のようにソフトなタッチで。
「ひっ!」
「おい、逃げようぜ!」
「このおっさんイカレてる!」
お前らが言うなよ。
それに、悪いけど逃がす気はないね。
俺の子に手を出すとどうなるか、身をもって知るといいさ。
「【ファイアボルト】!」
ドォン
「っぎゃぁぁぁ!」
「ひぎぃぃぃ!」
「ぐおぉぉぉ!」
「お母ちゃーん!」
「あっちぃぃぃぃぃ!」
盗賊どものド真ん中で炸裂した炎塊が、連中を空高く吹き飛ばす。
随分と小汚い花火もあったもんだ。
だけど、威力の減衰は上手くいったようだね。
あれなら死なずに済むんじゃないかな。
ぼとりぼとりと次々に落下してくる盗賊たち。
丸焦げではあるが、なんとか全員生きているようだ。
これも狙い通りさ。
罪は生きて償わなくちゃな。
「パパかっこよかったのー!」
俺の足にしがみついてきたマリーの頭を優しく撫でる。
その笑顔と温かな感触に心底安堵する俺であった。
御者さんも恐る恐る立ち上がり、俺とマリーへ近づいてくる。
驚嘆と恐怖がないまぜになったような顔だった。
無理もない。
当事者の俺ですらまだ自分の身に起きた事象を受け入れがたいのだから。
「冒険者の旦那……あなたはいったい……?」
「数日前まで料理人だった新米冒険者ですよ。あなたこそ怪我はありませんか?」
「はい。お陰様で無事でした。ですが、先程の魔導は……王都で見た宮廷魔導士よりも凄まじいものでしたぞ……」
「ははは、いやぁ、そんなことありませんよ。さっきのはまぐれです」
「ま、まぐれだなんて、とても……」
適当に誤魔化し笑いを浮かべた時、リーシャの姿が視界に入った。
そうだ。
彼女はどうなったんだろう。
あの様子なら負けはしないと思うんだけど。
盗賊団の団長グラーフと一騎打ちを繰り広げているはずのリーシャの元へ、急いで駆け寄る俺たち。
だが、そこで目にしたものは信じられない光景だった。
あのゴツいグラーフへ馬乗りになったリーシャが、彼の喉元に剣先を突きつけていたのだ。
そう、勝負は既に決していた。
汗まみれの二人。
荒い呼吸。
かなりの激闘だったようだ。
「どう? まだやる?」
肩で息をしながらもニヤリと笑うリーシャ。
汗で赤毛が額に張り付いているのは奮戦の証だ。
受けたダメージもかすり傷程度らしく、俺はホッとする。
「……はぁはぁ…………クッククク、俺の負けだ」
ガランと大剣を投げ出し、仰向けのまま両手を上げたグラーフ。
どうやら降参の意思表示らしい。
その割には短く刈った黒髪をガシガシとかきながら満足気に笑っている。
彼の立派な肉体も汗と血とで濡れ光っていた。
結構な手傷を負っているようだが、それでも空元気を出せるのは若さ故か。
「そ、賢明な判断ね」
そう言ってリーシャは剣を引いた。
やはりリーシャは優しい子だ。
とどめを刺すつもりは最初からなかったのだろう。
「惚れた」
「?」
この大男は今なんて?
「俺は惚れた! リーシャの姐さんに! どこまでもついて行くぜ!」
「はぁぁ!? バカじゃないの!?」
リーシャだけでなく、俺や御者さんも仰天したが、もっと驚愕していたのは子分の盗賊たちだった。
「なに言ってんすか! お頭ァ!」
「暁の盗賊団はどうするんですかい!?」
「俺たちの食い扶持は!?」
ぎゃーぎゃー喚き散らす盗賊を一喝するグラーフ。
「うるせぇ! 暁の盗賊団は今日をもって解散する! 後は勝手にしろぃ!」
「理不尽!」
「ご無体な!」
そりゃ文句も出るだろうよ……
一方的すぎるもんな。
……なんかさ、数日前の俺を思い出しちゃうんですけど。
唐突にクビを宣告されたあの時を見ているようで、盗賊たちが哀れに思えてくるよ。
「あのねぇ、私は一言もついてきていいなんて言ってないんですけど」
「そんなぁ、姐さん、いいじゃねぇですか。オレ……いや、あっしも連れてってくださいや。雑用でも荷物運びでもなんでもしますし、心も入れ替えるんで、どうかひとつ」
「はぁ……」
悩まし気に頭を抱えるリーシャ。
気持ちはわかる。
これほど扱いに困る連中もいまい。
放っておけばまた盗賊家業を繰り返すだろうし、連れて行ったところで役に立つかもわからないからな。
ま、リーシャが決めてくれていいよ。
きみの手柄だからね。
「……じゃあ、あなた、グラーフだっけ?」
「へい! グラーフでさぁ! リーシャの姐さん!」
「あなたはマリーちゃんとリヒトさんを私よりも上として扱える?」
「へ? ……このメスガキと、見るからに弱そうなおっさんをですかい?」
「こら、言葉遣い」
「へ、へい、失礼しやした! お子さんとお兄さん! ……ですが流石にそりゃあ厳しくねぇですかい……?」
胡乱な目付きで俺とマリーを見やるグラーフ。
不躾なのは仕方ないとしても、明らかに見下してる雰囲気なのは少しだけ腹に据えかねた。
「ふーん、なら闘ってみなさいよ。リヒトさんと」
「は?」
「へ?」
リーシャの言葉を受けて、前者は俺の、後者はグラーフが発した間抜けな声である。
また何を言い出すんだろうかこの子は。
俺は理由もなく人を殴るような趣味はないのだが。
「……おっさん、構えろ」
って、おい。
この大男はやる気満々じゃないか。
俺はやるなんて言ってないのに。
転がった大剣はそのままに、身一つで立つグラーフ。
姑息な盗賊風情とは思えないほど男らしい。
「……悪りぃが、あんたをボコってメスガキもちょいと小突いてやればオレは姐さんの一番になれるんだ」
……あ?
なんつった?
マリーを、小突く?
瞬時に俺の視界が怒りで真っ赤に染まった。
数分後。
「リヒトの兄貴! マリーの姐さん! 調子こいて本当にしゅみませんでしたぁ!」
有り得ないほど顔を腫れ上がらせたグラーフが、全力で俺とマリーに土下座をしていた。
他の盗賊たちが真っ青な顔でドン引きしている。
いや、勿論俺は本気で殴っていないよ。
好きなように殴らせてから、軽く彼の頬を何回か左右に張っただけさ。
殴られてるうちに冷静に戻れてよかった。
ヘタに全力を出したら、今頃グラーフの頭部は消失していただろう。
危ないところだったね。
うーん、いかんな。
マリーのこととなると、つい頭に血が上る。
反省せねば。
「これでわかったでしょ? 上には上がいるのよ」
「いやぁ~、全くでさぁ……世界ってのは広い……これほど強ぇ男とやれるなんて、いい経験になりやしたぜ……いちちち……」
元の数倍になった顔を撫でながら無理矢理笑みらしきものを作るグラーフ。
その笑顔を見た時に、なんでか俺はこの男を憎めなくなってしまった。
若さとは己を増長させるものだ。
だが、グラーフは俺の強さを認めた。
それは簡単なことではない。
自分の弱さと向き合うのは頭で理解するより遥かに難しいのである。
「なぁ、グラーフ。きみはすごい根性の持ち主だね。これからきっと強くなれると思うよ」
「ほ、本当ですかい兄貴!?」
腫れあがった瞼でよくわからないが、彼はどうやら目を輝かせているようだ。
強さを求めるのは男の本能なのかもしれない。
俺もかつてはそうだった。
いつだったかねぇ。
自分の限界に気付いて諦めてしまったのは。
そして、そんな時代があったことすら忘れかけた今になってこの力を手に入れたのは、なんて皮肉なことなんだろうかと思うよ。
「どうだろう、リーシャ。彼を連れて行ってもいいんじゃないかな?」
「えぇっ!? 本気ですかリヒトさん!? ……やだなぁ」
「マジっすか!? ひゃっほう! リヒトの兄貴! リーシャの姐さん! マリーの姐さん! 今後はあっしを舎弟として扱ってください!」
……なんてことが昨日あったんだった。
なんてこった。
俺のせいじゃないか……
明け方近くまで連中と酒盛りしてたんで忘れてたよ……
すまないリーシャ……




