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異境



 ぺちぺち


「…………?」


 ぺちぺち

 ぺちぺち


「……ん……ぁ……」


 ぺちぺちぺちぺちぺち


「パパおきてー! ウェスタニアおねえちゃんがカンカンだよ!」

「ッッ!?」


 凝り固まった中年の肉体がその言葉で即座に反応し、無意識のままガバリと身体を起こさせる。

 我が公爵家の誇る氷の秘書長ウェスタニアを怒らせたものは誰一人として生き残れないのだ。

 屈強なグラーフもガチムチのベンも、彼女をこの世で一番恐れるほどに。


 それは俺とて例外ではなかった。

 あの三角メガネの奥に潜む吊り上がった瞳が、深い侮蔑の色に染まるのを見るだけで精神に一生消えない傷を負った心地となる。

 彼女は元々シャルロット王女付きの副侍女長だ。

 それはつまり一通りの格闘護身術を身に付けていると言うことでもある。

 故に彼女へしつこく言い寄るベンなどは、精神だけでなく肉体にも多大なダメージを受けて────




「パパ!」

「ッ!!」


 気付けば俺の目が映し出していたものは、愛娘マリーの可愛らしいドアップであった。

 どうやら腹の上に乗り、俺の頬を小さな手でぺちぺちと叩いていた様子。

 しかしその表情は爽やかな朝とはあまり似つかわしくなかった。


 まさかさっきのは夢じゃなく……?

 ……ガチ!?


「ぅぉあっ! 俺は寝坊したのかい!? ヤバい! ウェスタニアさんに叱られる! あれ!? マリーはなんで鎧を着てるんだ!? まさか敵襲!?」

「ちがうよパパおちついて! まだねぼけてるのー!?」


 マリーの声に普段とは違う必死さを感じた時、俺の頭はやっと覚醒を開始した。

 そして俺がまず最初にした行動は、腹の上に座った愛しのマリーを抱きしめることである。

 不安そうな我が子を放っておくなど出来るはずもないのだ。


 抱き返してくるマリーの頭を撫でながら深く息を吸い込むと、酸素が行き渡って脳細胞が活性化していく。

 それでようやく我々の身になにが起こったかを思い出した。


 ハッと胸を衝かれた俺は、マリーを抱えたまま一気に立ち上がる。

 周囲を見渡せば近くにはリーシャが、そして少し離れた場所に折り重なるようにして倒れ伏すアキヒメとフランシアが!

 三人は動く気配もなく、まるで糸の切れた操り人形の如く地面に転がっていた。


「……ぁあぁっ!」


 恥も外聞もなく嗚咽にも似た声なき声を上げ、最悪の事態が脳内に湧き出ればかぶりを振り、力の入らぬ膝を叱咤しつつ愛する恋人と娘たちの元へ駆け寄る。


 そして全員の脈と呼吸、外傷を確かめ、無事であると確信した時、俺は安堵の溜め息と共にその場へヘナヘナとくずおれてしまったのである。


「パパ……だいじょうぶ? いたいところとかない?」

「……ああ、大丈夫さ。心配してくれてありがとう。マリーこそどこか怪我したりしてないかい?」

「わたしはへいきだよ。いっぱいきたえてるもん」

「ははは、そうだったね……でも少し擦り傷があるじゃないか。ちょっと見せてごらん……【ヒール】!」


 マリーの膝を治した後、念のため他の三人にも癒術を施す。

 これで本当に安心できる。

 俺はみんなを近くに寝かせ、目覚めるのを待つことにした。

 マリーと二人、太い幹の根元に座り身を寄せ合う。


 心に余裕が出れば、より景色も見えてくるものだ。

 

 つまり、俺はここへ来てやっと辺りの様子が違うことに気付いたのである。


 俺たちは禁忌の森、エマーソンの大森林にいたはずだよね……

 だけどこの場にはあの泉が影も形もない、それどころか森にしては木がスカスカで青空が見える……


 ……もしやあの(・・)光の玉のせいなのか?

 あれに弾かれて大森林の森外れにでも吹き飛ばされた……?


 ……いや。

 それはおかしい。

 エマーソンの大森林は、大部分が冬でも葉の落ちぬ針葉樹や常緑広葉樹だ。

 でもここは落葉樹がほとんどだし……

 うーん、よくわかんない植物も多いなぁ。


 そしてなにより、あの禍々しい光を放つ球体は俺たちを弾き飛ばしたのではなく、呑み込んだのだ。

 まるで魔物の体内に入り込んだかのような、得体の知れぬおぞましい感覚が未だに残っている。


 じゃあさ、ここはいったい(・・・・・・・)どこなんだ(・・・・・)


 思考がそこへ至った時、俺は居ても立っても居られずに身を起こした。

 解らぬのなら確かめるしかあるまい。


「マリー、少しの間みんなを見ててくれるかい?」

「? いいけど、どこにいくの? あ、おトイレ?」

「違う違う! ちょっと上からここがどこなのかを調べてくるよ」

「うん、わかった。いってらっしゃいパパ。すぐかえってきてね」

「(あーもう、可愛いなぁ!)勿論さ。じゃ、いってきます」


 俺ははなから家族を置いて遠出する気などない。

 だが直上へ高く飛べば現在地くらいは判明するだろう。


 俺はマリーを少し離れさせ、グッと足をたわめて真上にジャンプした。

 最高到達点から【飛翔】のスキル発動。


 上空へ!

 ……え?


 ひゅるるる……どすん


「あっ、あれっ?」

「パパおかえりー! ほんとにはやかったねー!」

「い、いや、そうじゃなくてだね……」


 しどろもどろになりながらもう一度試す。


 ブッブー


 【飛翔】スキルの発動を念じるも、今度は頭の中で何やら嫌な音が聞こえ、結局スキルは不発に終わった。

 不吉さを感じさせるその音に、俺は慌てて背の【コートオブダークロード】を外すと────


「ああああああああ! 破れてるぅぅぅぅ!!」


 広げてみて愕然とする俺。


 正確に言えば破れていたのではない。

 黒きマントはその半ばから、半円状に消失していたのだ。


 不死者の王【真祖】に代々受け継がれ、強靭さにおいては比類なきこの【コートオブダークロード】が!


 ア、アリスにどんな顔して謝れって言うんだい!?

 これは彼女のご両親が残した形見とも言える品なのに!


 破れてしまった事実よりも、アリスメイリスの悲しげな顔が脳裏をよぎり、いたたまれない気持ちになる。

 深い溜め息をつきながら俺は現状を確認するため、【アイテム鑑定】のスキルを使用した。



 状態:【破損】


 特殊アビリティ:【飛翔】使用不可


 状況:【自己修復中】



「へぁっ!? 自己修復!? なにそれすごい!」

「どうしたのパパ? なにがすごいの?」

「このマント、破れちゃったところを自分で直すんだってさ!」

「へー! すっごいねー!」


 いやはや、流石は【レジェンドアイテム】だよ!

 自己修復する無機物なんて信じられない!

 レア度が【神話級】ともなると、とんでもない能力を秘めてるんだねぇ!


 だが、むしろ驚くべきはあの禍々しい光球である。

 これほどのアイテムを害することが出来るとは。


 しかしそれよりも気になるのはその目的のほうだ。

 確かに【コートオブダークロード】は破損したが、俺たちは生きている。

 それも大した怪我もせず。

 我々を殺傷するために現れた、もしくは放たれたものではない、と言うことだろうか。


 もしかしたら俺たちをどこかへ運ぶため……なんてことは……?

 ハッ!

 そうだ、ここがどこなのか確かめなきゃ!


 俺はマントをマリーに託して、再び高々と跳躍した。

 そしてそのまま大木の天辺付近に掴まる。


 見晴らしのいい周囲をぐるりと見回すと────



「ここどこ!?」



 視界に入るのは、起伏の激しい見知らぬ山々のみであった。




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