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二人の願い



「は?」

「はい?」


 思わぬ申し出を受け、呆気にとられた俺とリーシャ。

 口から洩れるは間抜けな声のみ。


 それきり言葉を失った俺を、期待するような上目づかいで見つめるアキヒメちゃんとフランシアちゃん。

 まるで母猫にすがる子猫のような瞳であったが、すぐには返すべき答えが出てこなかった。


 この子たちは何を言っているんだ。

 いきなり連れてけっていわれてもね。

 なかなか困っちゃうよ。

 そもそもなんで出掛けることを知ってるんだ?

 あ、きっとミリア先生が口を滑らせたんだな。

 彼女も今のところは二人と同じ寄宿舎に住んでるから。


 いや待てよ、ニアーナが漏らした可能性もあるな。

 あの子は聞かれればなんでもホイホイ答えそうなほど素直だし。

 ぐぬぬ。

 彼女をメッセンジャーに選んだのは俺だから文句も言えないんだけどさ。


 などと、とりとめのない考えが脳内でグルグル回る。


 そんな俺の様子を見ていたマリーが、なにやらアキヒメちゃんに耳打ちをした。

 うんうんとなにかを確認するように何度か頷くアキヒメちゃん。

 これは良からぬことを吹き込んでいるなと思ったが、時すでに遅しだった。


「お願いお父さん~! 私も一緒に行きたいな~!」


 アキヒメちゃんはまさしく猫なで声でそう言いながら、よよよ、と俺にしなだれかかる。

 少女特有の甘い香りが鼻を打った。


「あぁ~ん! ズルいよアキヒメ~! わたしもパパにぎゅ~ってする~!」


 数拍遅れてフランシアちゃんも、てててとピンクのワンピースを翻しながら駆け寄り、俺の首筋へ豪快に抱き着いた。

 どうやら彼女もマリーから作戦を授けられたらしい。

 『ニシシ』といたずらっ子みたいに笑うマリーが何よりの証拠である。


 くっ、マリーめ。

 これは俺が『娘の頼みごと』を100パーセント断らないと知っての戦略かっ……!

 我が娘ながらなんと言う策士よ!


「ねぇ~、お父さんいいでしょ~?」

「ぱぱぁ~、だめぇ~?」

「うぐっ……」


 アキヒメちゃんとフランシアちゃんの二人がかりで胸に『の』の字を書かれる俺。

 こんな風に娘たちからおねだりされては、鋼鉄の意思さえあっと言う間に溶解してしまう。


 だが、俺にはまだ最終兵器が残っていた。


 それこそ、人並みの一般常識を持った我が想い人、リーシャである。

 彼女ならば、きっと二人を優しく諭してくれるはずだ。

 リーシャも将来的にはこの子たちの母親となるのだから。


 俺は助けを求めるようにリーシャへ顔を向けた。


「ぴひゅ~すひゅ~」


 ────しかし彼女は俺の視線に気付いた途端、そっぽを向いて上手く吹けもしない口笛を鳴らしたのだ。


 な、何故だ!

 何故見て見ぬふりをするんだ!?

 こっちを向いてよリーシャ!


 俺の念が届いたものか、リーシャの紅い瞳がチラリとこちらを窺い、すぐさま逸らされる。


「!?」


 その瞳に浮かんでいたのは、許しを請うような詫びているような、つまり罪悪感であった。

 俺はその瞬間全てを悟ったのだ。


 この子たちに今日出掛けることを話したのは、きみかーーーーー!!

 なんてこった!

 きみだけは常識人だと思ってたのに!!

 ニアーナ一人では不安だから、一緒にリーシャも行かせたのがまさか仇となるだなんて! 



 最早リーシャの助力は得られまい。

 ならば俺がアキヒメちゃんとフランシアちゃんを説得するしかないのだ。


 心を鬼にして。

 たとえ嫌われたとしても。

 これは遊びに行くのではないと伝えるのだ。

 きっぱりと!


「あのね、アキヒメちゃん、フランシアちゃん。きみたちは学校があるだろう? 今日は平日だよ。ミリア先生に叱られちゃうぞ」

「先生には許可を取ったから大丈夫!」

「ミリア先生も許してくれたもん、ね~?」

「ぐはっ!」


 速攻で出鼻をくじかれたァ!

 なんて用意周到な子たちなんだい!?

 まさかきっちり根回し済みとは……!

 そもそもミリア先生はなんで許したの!?

 教育者としてそれはどうなんですか!?


「ねぇ、お父さん。もう親子なんだから、私たちに『ちゃん』は要らないと思うんだけど。これからは『アキヒメ』って呼んでね」

「うん! わたしもパパには『フラン』って呼んで欲しいの~!」

「くぅぅっ!!」


 すかさず放たれた第二の矢が、深く俺の心臓を穿つ。


 なんと可愛くて嬉しいことを言ってくれるんだろう。

 俺の決意や意思など、とうにとろけ出している。

 どこが鋼鉄なのか、自分に問いただしたいほどだ。



 そして矢継ぎ早に射出された第三矢で、俺の屈強であるはずのハートは完全にとどめを刺されたのである。


「お父さん……もしも目的地がアトスの街の近くなら、私たちを連れて行って欲しいんだ」

「ずっとわたしとアキヒメの面倒を見てくれたお婆ちゃんに、お礼を言いに行きたい! お願いパパ!」

「……きみたち……」


 背筋が震え、胸と目頭に熱いものがこみ上げてくる。


 アキヒメちゃ……もとい、アキヒメとフランシア……じゃなくて、フランは孤児だったって話だもんな。

 王都では学校の近所に住むお婆さんが二人の面倒を見てたって言うしさ。

 そのお婆さんが高齢と病気で、息子さんの住むアトスの街へ引っ越したんだよね。


 ……ひぐっ……そして……再び身寄りを失った二人は……俺なんかを頼ってわざわざ遠い公爵領まで……ぐふっ、えふっ……

 ダメだ……このことを思い出すだけで涙が出ちゃうよ……


 そんな子たちが、お世話になったお婆さんに礼を言いたいだって……?

 なんと健気なんだろう。


 ある意味では『捨てられた』と解釈しても責められない状況であると言うのに……

 現に俺がアトスの街に住んでいた頃も、似たようなケースでやさぐれてしまった子供を何人も見たよ……

 それなのにこの二人は……ううっ……


「……わかったよ。俺たちが目指す最初の目的地はアトスの街だからね。アキヒメ、フラン、一緒に行こう」

「本当!?」

「ぅわーい!! パパ大好き!!」


 そう言うやいなや、アキヒメとフランは一度俺を力いっぱい抱きしめてからマリーの元へ駆け戻り、高々とハイタッチを交わすのであった。



 あれぇ!?

 そこは感動的にみんなで涙を流す場面じゃないの!?




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