同行希望者現る
城の屋上を軽く蹴り、充分な高さに到達した時点で【飛翔】スキルを発動。
【コートオブダークロード】がバサリとはためき、そのまま雄大な大空へと舞い上がる。
季節は晩春。
最早初夏と言っても差支えのない眩き陽光。
天気は上々。
雲は少なく視界も良好。
遠出をするならまさしく絶好。
あの子の前で、つけよう格好!
YO YO YO!
YEAH!
「あははは! パパがへんなおうたをうたってる~!」
「リヒトさん。不思議な旋律ですけど、それはどこの民謡なんです?」
「さぁ……? って、えっ? 俺、歌ってた?」
「うん!」
「はい。それはもうノリノリで」
「!?」
物思いに耽っているうち、妙な韻を踏んでいるような気がしてはいたが、まさかそれを口に出していたとは。
自分で思い返すも、俺の背中に乗ったマリーとリーシャが言った通り奇妙なメロディだ。
リズム的には南大陸から伝来した、『ルァープ』という民族音楽に近いだろうか。
はて、俺はどこでこんな歌を……?
全く身に覚えはないぞ……
マリーやアリスが時々歌ってる自作の鼻歌とは趣がまるで違うもんな。
『ルァープ』だって二、三度聞いたきりだし。
まぁ、特徴的な曲だから耳に残ってたのかしれないね。
……それにしても、『YO』ってなんだYO?
「パパー、これからどこへいくのー?」
ちっちゃな手で俺の左耳を掴み、頬を寄せてそう言ったマリー。
思わず頬ずりしたくなるほど可愛らしい仕草であるが、現在は飛行中ゆえそれも叶わぬ。
大事な娘をむざむざと落下の危機にさらすわけにもいくまい。
「私も気になります。お仕事を休んでまでどこへ向かうんですか?」
背中にいても俺のメロメロな表情がわかったのだろうか、リーシャも負けじと俺の右耳をつまんで頬を寄せてきた。
それは勿論、嬉し恥ずかしなのだが。
……マリーと張り合ってどうするんだいリーシャ……
いや、可愛いからいいんだけどさぁ。
そう言えば今回の概要は伝えたものの、目的地は明かしてなかったね。
すまない。
俺の落ち度だったよ。
「それなんだけどね。まずは原点に立ち返ろうと思うんだ」
「原点、ですか?」
「げんてん~?」
「うん。今の俺があるのは料理人になったからだ。リーシャと巡り合ったのもそのお陰だと思ってる」
「あぁー、なるほど確かにそうですね。あそこなら……」
「ははっ。気付いたようだね」
「??? パパー、それってどこー?」
「ははは。マリーもちょっとだけ滞在したじゃないか……ん?」
公爵領内をゆっくりと飛翔する俺の目に、なにやら地上で蠢く豆粒のような人影が飛び込んできた。
よく見ればその人影は、明らかにこちらへ両手を振っているようだ。
しかも……二人、かな?
んん??
あれはもしや。
「マリー、下を見てごらん。あの子たちって……」
「あぁー! アキヒメちゃんとフランシアちゃんだー! おーーい!」
「きゃあ! 暴れちゃダメよマリーちゃん!」
「こ、こらマリー!」
俺の背から身を乗り出してブンブン手を振るマリー。
リーシャと俺は慌てて腕を伸ばし、小さな身体を支える。
同時に俺の腰からは嫌な音が聞こえたが、漏れ出そうになる無様な声を気合で抑えつけ、どうにか無言を貫いた。
いててて……やれやれ。
マリーの向こう見ずなところは相変わらずだねぇ。
いったい誰に似たんだい。
「パパ、ふたりがよんでるみたい。ちょっとおりてほしいの」
「ん、ああ、わかったよ」
愛する娘と恋人が急降下でバランスを崩さぬよう、姿勢を水平に保ったまま高度を下げる。
それにつれて人影の姿もはっきりとしてきた。
学校付属の寄宿舎前にいるのは、まちがいなくアキヒメちゃんとフランシアちゃんだ。
今日も二人は我が娘たちに負けず劣らず可愛らしい。
「お父さーん!」
「パパー! マリーちゃーん! リーシャお姉ちゃーん!」
笑顔で両手を振り回すアキヒメちゃんとフランシアちゃん。
この子たちに『お父さん』や『パパ』と呼ばれるのは、未だに少しばかり気恥ずかしい。
寄宿舎に住むをことを許可した際、調子に乗って『俺を父親だと思って欲しい』などと言ってしまった俺に原因があるのだが。
しかし、心のどこかでそれを喜んでいる自分がいるのも確かである。
へへん!
可愛い娘が二人から四人になったぜイェ~イ!
……冗談はともかくとして、この子たちが望むなら、いくらでも父親になってあげたいんだけどね。
「えいっ」
「こ、こらマリー!」
「マリーちゃん!?」
まだ地上までには3メートルもあると言うのに、ヒョイと身軽に飛び降りるお転婆マリー。
ヒヤヒヤものの俺とリーシャ。
保護者としては止めて欲しいが、マリーの持つ【史上最年少冒険者】の二つ名は伊達じゃないらしく、彼女はスチャッと華麗に着地した。。
そういや、身体的ステータスも相当なもんだとギルドの人も言ってたしなぁ。
マリーもアリスも、俺の娘にしては出来すぎだよね。
そして、学校の運動会で見たアキヒメちゃんとフランシアちゃんの身体能力も決して侮れなかったなぁ。
マリーたちに肉迫してたもんね。
……あれっ?
これじゃ我が家は、まるで体育会系一家なのでは……?
おかしい……俺はインテリなのに……嘘です、すみませんでした。
「アキヒメちゃん、フランシアちゃんどうしたの?」
「さっきアリスちゃんからマリーちゃんは今日お休みするって聞いたから」
「パパとお出かけするってホント?」
「うん! パパとリーシャおねえちゃんとおでかけなの!」
手を取り合って楽しそうな会話を繰り広げる子供たち。
「はぁあ~……ヒヤヒヤしましたねリヒトさん……危うくマリーちゃんが落ちちゃうかと思いました……」
「ふぅ……全くだよ……元気すぎるのも困ったもんだね……咄嗟に掴まえてくれて助かったよリーシャ……」
「いえいえ……あ、腰は大丈夫ですか? さっき変な体勢になってましたよ」
「く……やっぱりバレてたかい? 思い切りエビ反ったからね……いててて」
溜息をつきながら冷や汗を拭う大人たち。
なんとも対照的な図式である。
これを『親の心、子知らず』って言うのかねぇ。
ま、子供を全力で守るのが親の役目なんだけどさ。
それにしても腰が痛い……
老人のように屈み、痛む腰をトントン叩いていると俺の前へアキヒメちゃんとフランシアちゃんが立ちはだかった。
その顔は穏やかではあったが、なにかを含んだ様子である。
俺の腰をさすってくれていたリーシャも思わずその手を止めるほどに。
「お父さん」
「パパ」
「うん? 二人とも、どうしたんだい?」
彼女たちはお互いに視線で確認し合ったあと────
「私たちも連れて行ってください!」
「わたしもパパとお出かけしたいの!」
それは、あまりにも突然な申し出であった。




