襲撃
アトスの街を発ってから三日目。
ここまでの道程は順調そのものであった。
とは言え、別段王都へ行くと言う目的以外は特にない。
その目的地すら、赤毛の剣士リーシャの提案によるものだったりする。
おっ、『赤毛の剣士』なんて言うと格好良く聞こえるな。
実際は『赤毛でそこそこグラマラスな可愛らしい新米冒険者のリーシャ』って感じだが。
一応、本当に剣士を目指しているらしいので、そこは今後の頑張りに期待しよう。
そのリーシャは俺の隣をご機嫌そうな表情で歩いていた。
彼女の赤毛にはキラリと輝く金の髪留め。
俺が贈ったものではあるが想像以上に映えていたので、贈った側としても非常に満足している次第である。
休憩時には意味もなく髪留めを外し、それを眺めながらニマニマしている光景を何度か目撃した。
よほど気に入ってくれたのだろう。
しかも、髪留めの裏にペンで自分の名前を書いているではないか。
無くさないようにするためか、それとも自分の物だと主張しているのかはわからない。
どちらにせよ、その行為は少々子供っぽいが可愛らしいものであった。
そしてマリーだが。
彼女はここ数日、お絵かきに夢中である。
事あるごとに帳面とクレヨンを取り出し、何事かを書き込んでいた。
書き終わって満足すると、青い革製のショルダーバッグへそれらを大事そうにしまっているのだ。
きちんとお片付けもできるあたり、我が子ながら感心してしまう。
一度、描いた絵を見せてくれたことがあった。
『パパー! パパのおかおかいたのー!』
そう言いながら満面の笑みでマリーが広げた帳面。
多少歪ではあったが、俺の特徴を良く捉えた似顔絵だった。
ちゃんと、ざんばらな金髪、無精ヒゲ、そして青い瞳も再現され、ニコニコと笑う俺が描かれていたのだ。
顔の横には覚えたての文字で『パパだいすき』と記されていたのが、いい年をした俺の涙を誘いまくる。
うぅ……なんて良い子なんだ……
天使としか言いようがないよ……
こんなことされたら全力で褒めるしかないよね……
これほど素晴らしいものは美術品として後世に残したいくらいだ。
もし家を買うなんてことがあったら、額縁に入れて家宝にしような。
と、まぁ、こんな珍道中を連ねてきたわけだ。
二日目は小さな村を通過するついでに食料の補充をし、村に一軒しかないと言う古びた宿で一泊した。
きしむ寝台には多少辟易したが、居心地のいい宿だ。
田舎の実家へ帰ったような安心感である。
やはりベッドで眠ると疲れが取れるね。
野宿だと手足が冷えるからな。
そして三日目の夕刻を迎えた今、事件は起こったのだ。
大街道が林の中へ入った頃、前方から二頭立ての荷馬車が全速力で向かってきた。
屋根のない大型の馬車には、積み荷が満載されている。
そして、俺より少しばかり年上と思われる御者の切羽詰まった顔。
馬車の後ろに迫る複数の人影。
ひと目でわかった。
只事ではないと。
俺は即座にマリーを抱え、リーシャを促し街道の端に寄った。
この行為は荷馬車を通過させるためであったのだが、そうは問屋が卸さなかったのである。
「たっ、助けてください! 盗賊に追われてるんです!」
馬も御者も疲れ果てていたのか、俺たちの横をちょっと過ぎたあたりで止まってしまった。
あるいは俺たちを冒険者と見て馬車を止めたのかもしれない。
「ようやく観念したようだなぁ! さぁ、荷を渡せ! それとも死にてぇのか!?」
追ってきたのは馬に乗った盗賊と思われる一団。
人数にして6名。
そのリーダー格と思われる、いかつい半裸の男が叫んだのだ。
あの格好で寒くないんだろうか、などと現状にはそぐわない思考が俺の脳裏に浮かぶ。
春とは言え朝晩はまだまだ冷え込む。
もっと南へ向かえば暖かいのだろうが、ここはまだ北のほうである。
「ひぃ!」
引きつったような痩せた御者の声。
顔も真っ青だ。
あー、護衛を雇うのケチっちゃったのかねぇ。
盗賊に狙われるような積み荷ってことは、それなりに価値があると思うんだけど……
てかさ、これヘタに関わらないほうが良いと思うんだよね。
こっちは子供連れなんだしさ。
「やめなさい! 大の男が一人によってたかって! みっともないわよ!」
「ちょっ」
堂々と仁王立ちで盗賊の前に立ちはだかるリーシャ。
あまりの事態に慌てる俺。
やらかしちゃった!
うちのリーシャがやらかしちゃったよ!
猪武者はここに健在!
「なんだぁ、この女は?」
「いや、お頭、こいつはなかなかいい身体してますぜ、ヒヒヒ」
「積み荷と一緒に持って帰りましょうや!」
「ぐっへへへ! 今夜は宴になりそうだぜ!」
「犯した後は売っちまいましょう! 器量もいいし、高値がつくんじゃないですかい!?」
盗賊たちの下卑た笑いが広がった。
うわっ、火に油だよ。
盗賊の皆さん張り切っちゃってるじゃないか。
「お、お礼はします! お願いですから助けてください!」
「言われなくてもこんな下衆は、ねっ! 【スラッシュ】!」
御者の悲鳴とリーシャの気迫が籠ったスキル一閃。
「ぐわっ!」
胸に衝撃波を食らった盗賊の一人が落馬する。
嘶き立ち上がる馬。
あぁぁぁ!
なんで先制攻撃してんだよ!
これじゃもう言い訳出来ないじゃないか!
俺はもう諦めるしかなかった。
リーシャの性格を知っていたはずなのにこの体たらく。
こうなっては仕方あるまい。
冒険者十ヵ条のひとつ。
『困っている者を助けてこそ冒険者である』
ってやつだな。
俺はマリーを抱えたまま御者の前に移動した。
そしてマリーと御者のおっさんに馬車の後ろへ隠れるよう指示する。
怖がるかと思いきや、意外や意外。
マリーは毅然とした面持ちで『パパがんばって!』と言ってくれたのである。
彼女なりに冒険者と言うものを理解しているのであろうか。
これは俺も奮起せざるを得ないね。
「すみませんが、この子を少し見ててもらえますか?」
「は、はい! わかりました!」
御者のおっさんもここは踏ん張り時だと思ったのか、マリーを庇うような態勢になってくれた。
なんだ、思ったよりも勇気があるじゃないか。
俺は安心させるように少しだけ笑みを浮かべ、リーシャへと振り返る。
盗賊たちは全員馬を降りて、獲物を手に握っていた。
大半は扱いやすいダガーやカトラスだったが、頭だけは巨大な大剣を構えていた。
俺はまだ実戦での経験が少ないし、多少の恐怖感もある。
だが、その恐怖もマリーの顔を思い浮かべるだけで霧散していった。
守るべきものがあると人は強くなれるって誰かが言っていたもんな。
いまならそれが実感できるよ。
「お前ら! バラけろ! 囲め!」
「おう!」
「アイサー!」
「グッヒヒヒヒ!」
「逃がさねぇぞ!」
「たまんねぇ身体してんなぁ」
盗賊たちはリーシャを取り囲む形に展開した。
連携も取れているのは場数を踏んできている証拠なのだろう。
俺には目もくれないあたり、おっさんだからどうとでもなると思われているようだ。
「オレは『暁の盗賊団』団長のグラーフだ!」
「私は冒険者のリーシャよ!」
ちょ、なんで名乗ってんの!?
騎士の一騎打ちじゃないんだぞ!
「オレは獲物を狩る時に必ず名乗るようにしている。団とオレの名を挙げるためにな! ま、みんな死んじまうんだけどよ!」
豪快に笑うグラーフとやら。
志しは立派ですが、その割にはセコい仕事してますね。
冒険者にでもなったほうが大成しそうな人ですな。
確か冒険者のジョブにも盗賊ってあった気がする。
ダンジョンでの罠感知や宝箱の鍵開けには必須のジョブなんだけどさ。
まぁ、この人にそんな繊細極まる仕事ができるかは不明だがね。
ガィン
キィン
っておい、もう始まっちゃってるよ。
せっかちさんたちめ。
しかしリーシャは複数人とも戦闘できるんだろうか。
幼いころから訓練はしてたって聞いたけど……
……あれ?
押してるじゃないか。
すごいぞリーシャ。
なるほど、いくら複数人いても一度に斬りかかれるのはせいぜい三人か四人くらいだもんな。
ならばその四人さえ凌げればいいってことか。
ふーむ、参考になるなぁ。
しかもリーシャはリーダーのグラーフを狙い撃ちにしている。
他の盗賊たちの攻撃は躱すか、いなすだけにとどめて。
おいおい、誰だよリーシャに剣を教えたのは。
相当な腕の持ち主だぞこりゃ。
「ぐうっ! むっ!」
「ハッ! ハァッ!」
乱戦ではグラーフの持つ大剣は使いにくいのだろう。
ヘタに振るえば仲間の盗賊に当たりかねない。
そのためか防戦一方になっていた。
リーシャの剣筋が鋭いってのもあるんだろうね。
流石は、筋力、体力、敏捷のステータス値が高いだけのことはあるよ。
これなら俺の出番は……
「この女は俺に任せろ! お前たちは後ろのおっさんをやれ!」
「へい!」
「わかりやしたぁ!」
途端にこちらへ向かってくる盗賊たち。
おいおいおい!
結局やらなくちゃならんのか!
だが、盗賊たちは俺ではなく、御者とマリーの方へ走った。
しかも俺と違って若いから足が速い!
ああ!
盗賊の凶刃が御者のおっさんとマリーに!




