任務を終えて帰宅して
「えぇ~~~! シャルさまかえっちゃったの~~~!?」
「なんで一言くらいいってくれなかったのじゃお父さま~~!」
マリーとアリスメイリスの猛抗議にタジタジとなる俺。
予想はしていたがこれほどまでとは。
シャルロット王女を無事に王都まで送り届け、そのまま少しばかり用事を済ませてから公爵領へ戻った時、既に娘たちは起床していた。
そこでこれまでの経緯を話した結果がこれである。
起きて見れば王女も俺もいなくなっているのだから、娘たちもさぞや心配したであろう。
実際、城中を探し回ったと言うから申し訳ない気持ちで一杯だった。
「あはは……王女殿下らしいと言えばらしい行動力ですね……まさか日帰りするなんて」
と、困った笑顔を浮かべるリーシャ。
彼女はかつて王女のそばで暮らした経験がある。
あの奔放すぎる王女の突飛な行動を間近で見てきた。
それゆえに漏れ出た感想なのだろう。
愁いを帯びたリーシャの表情からも、言葉以上に深みを窺い知れた。
「もっといっぱいはなしたいことがあったのに~……」
「とっても残念なのじゃ……シャルさまとはなかなか会えぬからのぅ」
しょぼんと肩を落とす二人の娘。
俺はこれが見たくなかったからこそ王女を引き留めたのだが……
きっとシャルも同じことを考えてたんだろうね……
娘たちを可愛がってくれたぶん、別れの辛さも大きくなる。
二人の顔を見ては帰ろうと言う気持ちが折れてしまう。
ならばなにも言わずに去ろう。
そんな風に考えたのかもしれない。
気持ちは痛いほどわかるよ。
俺も娘たちと長いあいだ別れることになんてなったら……
……ダメだ。
考えただけで涙がこみ上げるからよそう。
「……パパもかなしいの?」
「えっ?」
「とっても寂しそうな顔をしておるのじゃ……」
「あ、いや、これはだね、きみたちと……」
「そうだよね……パパだってシャルさまがいないとさみしいよね……」
「いやいや、違う違う、そうじゃなくて」
「ごめんなさい……パパ」
「お父さまの気持ちをもっと汲み取るべきだったのじゃ……ごめんなさい」
「~~~! ああもう! なんていい子たちなんだい!」
「きゃー! パパ、おひげがくすぐったいよー!」
「ジョリジョリなのじゃー!」
心の一番奥底の部分から愛おしさがこみ上げてきた俺は、マリーとアリスメイリスを思わず抱きしめていた。
娘たちが俺に温もりを与えてくれたように、俺は二人に温もりを与えられているだろうか。
俺は娘にきちんと愛情を注げているのか。
そんな不安が胸をよぎる。
「ねぇ、パパ。パパはずっとわたしたちといてくれる?」
「わらわたちが大人になってもなのじゃ」
「……勿論だよ! 誰がこんな可愛い子供たちと離れるもんか!」
「うん! やくそくね!」
「リーシャ姉さまもじゃぞー!」
「私も!? うーん、そうねぇ。リヒトさん次第だけど、勿論私も一緒にいるわよー!」
「わーい!」
「みんなで一緒に楽しく暮らすのじゃー!」
和やかなムードの中、俺は一人考える。
リーシャの言う俺次第って、やっぱりそう言う意味でいいのかい?
俺はそのつもりで、とあるモノを用意してきたんだけどさ。
わざわざ開店待ちまでして、ね。
「そうだ、リヒトさん。私、いつの間にか眠っちゃってたみたいでごめんなさい。リヒトさんが私をベッドまで運んでくれたんですか?」
少し照れ臭そうなリーシャ。
寝てしまったことと、俺に運ばれても起きなかったことを恥じているのだろうか。
「あぁ、いいんだよ。気にしないでおくれ。風邪を引くといけないからグルグル巻きにしちゃってこちらこそごめんよ」
「いえいえそんな! お陰で温かくてぐっすりでしたもん。リヒトさんこそあれから寝てないんでしょ?」
「うん、結局徹夜だよ。シャルの言葉通りにね」
そう、王女に『今夜は寝かせませんわよ!』などと色々な意味で物騒なことを言われたのだが、結果的に俺の平穏な夜は奪われたのだから宣言通りとなったわけだ。
「じゃあすぐにでも休んでください。執務のほうは私とウェスタニアさんで処理しますから」
「そ、そうはいかないよ。来客は俺に話があるからこそ来てくれてるんだし、その気持ちを無下にするわけには……」
「いーえ! させません!」
ドンと俺の前に立ちはだかるリーシャ。
真紅の瞳が燃え上がり、有無を言わせぬ迫力があった。
まるで強敵とまみえた時に見せる【紅の剣姫】としての本気モードだ。
だがここで怯んでは【黒の賢者】たる俺の名折れ。
このまま彼女の尻に敷かれっぱなしでいいのか俺?
……むふ、いいかも。
いや、よくない!
せめて一太刀でも反撃を……!
「で、でもさ、もう明日か明後日のうちに仕事を終わらせておかないと、領民たちも年末休暇に入っちゃうから……」
「ダーメーでーすっ! リヒトさんが無理なんてしたら、みんなは喜びませんよ!」
ぐっ!
リーシャから発せられる圧が熱となって俺を焼き尽くさんとしているかのようだ。
「そうだよ! パパずっとがんばってるもん!」
「お父さま、きちんと休むのも仕事のうちなのじゃ!」
ぐはっ!
ここで強力な助っ人の娘たちがリーシャ陣営に……!?
だが、男には引きさがれない時もあるんだ!
「俺は……! おうふっ!」
「リヒトハルトさま~! ベッドメイク完了でごぜーます! なんでも徹夜なされたとか! でしたら早いとこお眠りになってくだせー!」
口を開くと同時にニアーナが俺の背へ体当たりするかのように飛びついてきた。
それも俺の口から変な空気が漏れるほどなかなかの痛烈さだ。
腰に大ダメージを負いながらも慌ててニアーナを制止する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ニアーナ!」
「いいからいいから! なんならわたすが添い寝するでごぜーますよ!」
ニアーナが飛び切りの笑顔でグイグイ背中を押してくる。
このまま寝室に押し込めるつもりか。
だがそれよりも────
不用意にそんなことを言っちゃまずいよニアーナ!
ビキッ
ほら来たぁっ!
リーシャの額が青筋まみれに!
とんでもない大迫力だ!
引きつった笑みが余計に怖い!
「ニアーナ……ちょっとお話があるのでこっちに来なさい……」
「? はーい」
行くなニアーナ!
自ら虎口に入るようなものだよ!
「じゃあ、パパのそいね? は、わたしがするねー!」
「わらわも一緒に寝るのじゃー!」
「あ、あぁ、わかった、わかったよ。でもきみたちは起きたばかりじゃないのかい?」
「うん。でもね、パパがねむるまでみててあげたいの!」
「わらわがご本を読んで聞かせるのじゃ! 安らかに眠れること間違いなしなのじゃー!」
「ははは、じゃあお願いしようかな」
俺の手を掴んで引っ張るマリーとアリスメイリス。
もう抵抗する気もなかった。
そうだな。
少し休んで、後のことはそれから考えよう。
こうして俺の長い長い一日は終わりを告げたのである。




