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贈り物


 明けて翌朝。


 出立の時。


「さぁ、行こうか」

「はい!」

「はーい!」


 俺たちは三人揃ってアトスの街の南門をくぐった。


 崩落事故のあった西門とは違い、こちらは立派に整備されている。

 南門からは王都へと続く、広い大街道が伸びていた。


 それ故に人々や流通の馬車も大多数がこの南門へ到来するのだ。

 街全体が老朽化している中で、最優先に南門が整備されたのはそのためだろう。

 簡単に言ってしまえば、見栄、だと思う。


 貴族やお偉方ってのは、いつでも面子や体裁を気にするものさ。


 段々暖かさを増してきた初春の風が心地いい。

 街道の両側はそれなりに起伏があるものの、瑞々しい緑の草原が広がっている。

 風に煽られた草の香りも鼻腔をくすぐっていった。


 俺はこのくらいの季節が一番好きだな。

 朝晩は少し冷えるが日中は過ごしやすいしね。


 だけど、夏だけは駄目だ。

 俺は暑がりなんだよ。

 

 なので、俺の服装ときたら軽装もいいところである。

 厚手のシャツに、黒いズボン。

 一応マントを羽織り、足には底の厚くごついブーツ。


 このブーツは踏破性を重視した結果だ。

 これなら荒れ地だろうが多少の湿地だろうが問題になるまい。

 夏場だったら蒸れるから履かないんだけどね。


 そして背中には例のバスタードソード、そして荷物が収まった大きなリュックだ。

 思ったよりも大きくなったのは、マリーやリーシャの荷物も極力俺が持つことにしたからである。


 別にフェミニストを気取るつもりではない。

 いざ、逃走となった場合に俺を囮にすれば身軽な彼女たちは逃げおおせる可能性が高まるのではないかと考えたのだ。


 おじさんはもうあんまり先がないからね。

 それにこの肉体があるならば、囮となってもそうそう死ぬことはなかろう。


 俺は昨日、その肉体を試すべく壁に体当たりをしてみたり、岩石に頭突きをかましたりしてみたのだ。

 人目につかない場所でやったとは言え、傍目には狂人としか見えなかっただろうな。


 だがその甲斐もあってか、色々とわかったことがある。


 俺の身体は相当な衝撃にも耐えうると言うこと。

 鋭利な岩石に頭突きをしても、擦り傷すら負わないこと。


 そして驚嘆すべきは膨大な膂力を得たこと。


 気付いたのは手近な岩塊を持ち上げた時だ。

 1メートルはあろうかという巨大な岩の重量が、小石程度にしか感じなかったのだ。


 これには我ながら驚くほかなかった。

 俺の奇行を見守っていたマリーとリーシャが『プルートみたい!』と絶賛するほどである。


 ちなみにプルートとは、誰でも知っているような御伽話に出てくる怪力無双の超人だ。

 その超人は強大なドラゴンを倒してお姫さまと結婚し、ハッピーエンドを迎えると言うステレオタイプ極まる物語だったりするのだがね。

 ま、出来ることならそのお話にあやかりたいもんだよ。

 お姫さまと結婚なんて、夢があるじゃないか。


 それはともかく、俺の力はそれこそ超人並みになっていたわけだ。

 石を握れば手の中で粉末状になるわ、太い鉄の棒は飴細工のようにクニャクニャ曲がるわで、この先人間として生きていけるのかすら危ぶまれるほどであった。


 今後は常に加減をしながら生活せねばなるまい。


 そんな出来事があってから、俺はずっと考えていた。

 そしてようやく気付いたことがある。


 俺の身体がおかしくなった原因は、やはりこの冒険者カードのせいなのではないかと。

 思い返してみてもそうとしか思えないのだ。


 身体能力を示すステータス値が文字化けしたのが発端なのかもしれない。

 受付嬢はシステムバグとか言ってたっけ。


 不思議なのは、そんなことで俺の肉体までが変化するものなのかと言う点だ。

 数値を改竄すれば、誰でも強くなるんだろうか。

 それとも、俺にだけ与えられた特別な力だとでも言うのか。


 いくら思考しても答えなどわかるはずもない。

 だったら、これは神から与えられたモノとでも思うしかなかろう。


 それでも今の俺にはとんでもなくありがたい。

 何故なら、マリーを守るにこれほどうってつけの能力はないからである。


 だが、この力もありがたいことばかりではなかった。


 確かに外部からの攻撃はまるで効かぬ。


 だけどね、加齢から来る内部からの痛みはそのままなんだよ!

 中途半端な能力すぎない!?

 今もそうなんだけど、ちょっと歩いただけで足がパンパンに張ってるし!

 そして腰が超痛い!

 ある意味有難迷惑だよね!


「パパー」

「なんだいマリー? 疲れちゃったか?」

「ううん、おなかすいたのー」

「あ、私もです! リヒトさん、もうお昼も過ぎてますし、そろそろ昼食にしませんか?」


 そうか、もうそんな時間か。

 ぼーっと考え事をしながら歩いてると時間の間隔がなくなってくるよね。


 俺たちは通行の邪魔になるからと、街道を少し逸れ、適当な空地へ荷物を降ろした。

 携帯用の折り畳み式四脚コンロ、それに最近魔導技師によって発明されたと言う固形燃料とやらを取り出す。


 そしてフライパンをコンロに乗せ、固形燃料にマッチで火を点けた。

 魔導スキルのファイアボルトは調理にも使えます、なんて説明があったけど、俺が使ったら大爆発を起こしかねないからな。


 それにしても便利な世の中になったもんだよ。

 少し前なら屋外での煮炊きをする時は、いちいち石を組んで竈から造ってたのにね。

 薪の心配もいらないなんて、魔導は本当にすごいよなぁ。

 まぁその分、固形燃料ってのは値が張ったけど。 

 店員がしつこく勧めてくるもんだからしょうがなく買っちゃったよ。


「ふんふん~ふふん~」


 手持ち無沙汰そうに草むらへ寝転がって鼻歌を歌うマリー。

 リーシャはそんなマリーを愛おしそうに眺めている。


 母性出ちゃってるんですかね?

 おっと、そうだ。

 『アドベンチャラーツールズ』で買っておいた物をまだマリーに渡してなかったな。


 昨晩は疲れてすぐ寝ちゃったし。

 ……情けなくも俺がね。


「なぁ、マリー。ちょっとおいで」

「パパー、なぁにー?」

「これ、プレゼントだよ」

「なになに!? ……わぁ~! すごーい!」


 俺がマリーへ手渡したのは、帳面とクレヨンの箱だった。

 クレヨンと言うのも、割と最近発明されたもので、様々な色があるペンのようなものだと店員から説明された。

 『お子さんに大人気なんですよ。可愛いお子さんの喜ぶ顔、見たくないですか?』なんて言われた日には、買わないわけにいかないだろう。

 この商売上手め。


 だけど、この青空みたいなマリーの瞳がキラキラ輝いているのを見ると、やっぱり買ってよかったなぁなんて思っちゃうよね。


「うれしいー! パパー! ありがとう!」

「ははは、どういたしまして」


 帳面とクレヨンを胸に抱え、ぴょんこぴょんこ飛び跳ねて喜びを表すマリー。

 今日の髪形はポニーテールなもんだから、束ねた金髪もぴょんこぴょんこしていた。


 非常に可愛いです!


「あれっ? 私にはなにもプレゼントがないんですか?」


 物欲し気な表情のリーシャ。


 あるか!

 自分で買いなさい!

 と言いたいところだけど、あるんだよね。


 『あの赤毛の子、彼女さんですか? それとも奥様? だったらこの髪留めはいかがです? よくお似合いになると思いますよ。それに冒険者なら髪も邪魔になりますし』と目ざとくすり寄ってきた女性店員に勧められてな……

 全く、あの店はどれだけ商売上手なんだか。


「勿論あるさ」

「わぁっ! ホントですか!?」

「……安物だけど、これまでの感謝を込めて」


 俺は綺麗に包装された小箱をリーシャに手渡した。

 リーシャが箱から取り出したそれは、陽光を受けて眩しく煌めく。


「え? え!? これ、金の髪留めですよね……!? 安物だなんて嘘ばっかり! ……でも、うぐっ、ひくっ、あ、ありがとうございまず~!」

「ちょっ、おいおいリーシャ、なんで泣くんだよ。気に入らなかったのか?」


 髪留めを握りしめてボロボロと大粒の涙をこぼすリーシャはブンブン首を振っている。

 こんなシチュエーションに遭遇したことのない俺。


「あーん! うわーん! リーシャおねえちゃんなかないで~!」


 あー、ほら見ろよ。

 マリーまで釣られて泣いちゃったろ。


「だっで、男の人にこんな素敵な贈り物されたことなぐで~! すっごぐ嬉じいでず~!」


 な、なるほど。

 免疫がないのはお互い様だったってわけか。

 だけど、そんなに重く受け止められてもなぁ……

 感謝してるのは本当なんだけどさ。


 でもこれだけ喜ばれると、やっぱり俺も嬉しくなるよね。

 勧めてくれた店員さんにも感謝を!



 こんな風に穏やかな昼下がりを過ごす俺たちなのであった。




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