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どこまで行っても自由奔放


「さすがにそれは冗談ですけれど」


 シャルロット王女の前言撤回の早さに、ズベーンと一斉にコケる俺たち。


 いや、落ち着くんだ俺。

 本気で家出されるほうが何千倍もマズい。

 むしろ冗談とわかって良かったじゃないか。


「で、では、いったいなにゆえこの公爵領へ……?」


 打った腰をさすりながら俺が尋ねると、王女はまたしても不敵に笑う。

 先程までは持っていなかったはずの豪華な扇子をどこからか取り出して広げ、その口元を隠した。


「えぇと、公的に言えば視察、ですかしらね?」


 なぜに疑問形。

 公的には視察、ならば私的にはなんなのだろうか。

 そもそもなんの考えも無しに飛び出してきた可能性とて充分あり得る。

 もしもそうであるなら、家出をしてきたのとなんら変わらない重大事だ。


 だいたいにして王女の行動には不審な部分がある。


 おかしな点はまずひとつ、王女が単独でこの地へ現れたこと。

 本来ならばそんなことは決して有り得ない。

 普段は城内を王女が移動するだけでも十数名の従者が付くはず。

 それなのに今は一人きりと言うことは、周りに知らせず黙って出奔した可能性が高い。


 つぎに、王女が下敷きになっていたあの瓦礫。

 あれの原形を俺とリーシャは以前に王女の隠し部屋で目撃したことがある。

 壊れてはいてもパーツから判断は容易だ。

 王都の魔導研究所が開発したと言う、試験型魔導飛行装置に違いない。

 王女はそれを独自に改良していたのだ。


 航続距離に難ありと聞いてはいたけど、どうやらそのあたりはクリアしたようだね。

 飛行性能は俺と王女が深夜の空中チェイスをした時に実証済みだもの。

 しかしまぁ、王女の魔導装置にかける執念じみた熱意はなんなんだろうねぇ。


 ともあれ、この二点から察するに、王女はこっそりと城を抜け出してきたのは明白だ。


 なにせ試験型魔導飛行装置の存在は極秘中の極秘。

 人が空を飛べる機械が完成したなどということを、もし他大陸のスパイに知られては一大事である。

 いくら王女でもそのくらいはわきまえているはず。


 つまり、そんなものを使用するなら目撃される恐れが極端に減る深夜となるだろう。

 公爵領の方角さえわかれば、真っ直ぐ飛ぶだけで暗闇でも到着できる。

 ここはモンスターの襲撃に備えて夜でも煌々と篝火を焚いているからだ。

 目印にはもってこいなのである。


 王女は深夜に飛び立ち、明け方に到着したわけか。

 本当に破天荒で自由奔放で、はた迷惑なおかただよ……

 今ごろ王城は大騒ぎになってると思う……

 でもなんでまたそんなことを?

 陛下と親子喧嘩でもしたのかな?

 うわ、ありそうー……


「王女殿下、なにゆえこのような行為に及んだのでございますか?」

「リヒトハルトさま、また口調がお固くなっておりますわよ。わたくし、『くだけた口調で良い』と何度も申したはずですわ」

「こ、これは失礼いたしました」


 くっ。

 問いただすはずがやり込められてどうするんだい……

 負けるな俺!


「ごほん。シャルロット王女殿下、こ」

「殿下もいりませんわ。むしろ『シャル』と親しみを込めて呼んでくださいませ」

「えぇぇ!?」


 いくらなんでもそれはまずいでしょう……

 後で俺だけ国王陛下に叱られる気がするんですが……

 しかも相変わらず俺の発言に被せてくるし……


「この地は公爵領、言わばわたくしは王国の『外』に出たということ。つまり今のわたくしはただの一個人なのですわ」


 ど、どんな理屈なんだろう……


「ですからこれは命令ではなく、お願いなのです。ここにいる間だけでもわたくしを普通の女として扱っていただきたいのですわ。そう、騎士リーシャのように」

「!?」


 急にお鉢が回ってきたリーシャは目を白黒させた。

 『もう騎士じゃないです! それにそんなことはさせません!』と今にも抗議しそうな彼女をウェスタニアさんが羽交い絞めにし、口をニアーナが塞ぐ。


 ま、まさか。

 ウェスタニアさんもニアーナも王女の共謀者……!?

 これはもしかしたら、二人が公爵領に来る前から王女が画策していたのかも……!

 王女付きの侍女だった二人に前もって『わたくしが公爵領に行く際は、これこれこういう感じに協力しなさい』などと伝えておけば済む話だからね……


「さ、人質は確保しましたわよ。どうなさいます? 騎士リーシャの顔が落書きだらけになってもよろしいのかしら?」

「人質!? 落書き!?」


 俺は心配そうにリーシャを見る。

 彼女もまた、声は出せずともしっかと俺を見つめた。

 交錯する視線。


 気丈にもリーシャはそんな状況ですら目だけで笑って見せたのである。

 俺も彼女へ応えるように力強く頷く。


 ああ、リーシャ。

 きみは俺が守るよ……!



「……あのぉ、旦那。悲壮感を出してるところ申し訳ねぇんですが、もしかしてこれはめちゃくちゃバカバカしいやり取りなんじゃねぇですかい……?」


 なんてこと言うんだいグラーフ!?

 リーシャの顔に極太の眉毛とか無精ヒゲとか描かれるかもしれないんだよ!?

 俺はそんな彼女を見たくはないんだ!


「……わかりました……王女殿下の御心のままに……」

「あら、随分と聞きわけがよろしいですわね。ちょっとした冗談でしたのに。ウェスタニア、ニアーナ、もうよろしくてよ。離しておあげなさい」

「はっ」

「はいでごぜーますぅ」


 冗談だったの!?

 なにこれ狂言ってこと!?


「はいはい、茶番はこれまで。リヒトハルトさま、いえ、ここにいる間はリヒトさまとお呼びしますわ。リヒトさまもわたくしをシャルと呼ぶこと」

「シャルさま……」

「あん、『さま』は要りませんわ」

「……シャル……」

「! ……ゾクッとしましたわ! 最高ですわね!」


 なにこの妙な羞恥プレイ!

 俺の尊厳が壊されて行く気がするよ……



「さて、まずは城内の視察ですかしらね。設計者としては施工具合が気になりますもの」

「あ、あの、シャルロッ」

「シャルですわ」

「……シャル、王都のほうはどうなさるんですか? 突然いなくなられたのでは陛下もご心配されるのでは?」

「心配いりませんわリヒトさま。ちゃあんと書置きを残してきましたもの」


 ぬかりなし、とばかりにフフーンと鼻息も荒く胸を張る王女。

 書置きはいいとしても、その内容がすごく不安だ。

 誘拐と勘違いした王国軍がここへ攻め寄せてこないことを祈るしかない。


「……王都へ伝令だけでも出したほうがいいんじゃないですか……?」

「そ、そうかもしれないね」


 王女に聞こえないよう耳打ちしてきたリーシャに俺は大きく頷いた。

 ただ、人の足では王都まで十日ほどかかってしまう。


 馬車を手配するか……?

 ああ、駄目だ。

 馬は全て出払ってるんだった。

 作業員がかなり遠くの森まで木材の切り出しに行ってるからね……

 となるとやはり誰かに頼むしかない。

 そうだ、ベリーベリー分団長ちゃんに相談してみるか……

 健脚の騎士に頼めば何日か早く到達できると思うし。


 待てよ。

 俺が直接王都まで出向くと言う手もあるな。

 全速力で飛べば王都まではすぐだもんな。


「リヒトさま。なにをしてらっしゃるのかしら。わたくしをみっちりとエスコートするのですわよ。そう、わたくしが帰途につくまで」

「えぇぇ……」


 俺の考えなど王女にはお見通しだったようだ。

 まさか1秒で作戦を封じられるとは。


 適当に言い逃れて夜中にこっそり王都へ飛ぼうとしても、この王女なら『夜も一緒に寝るのですわよ!』などと言い出しかねない。

 万策尽きた。

 諦めるしかない。


 俺はリーシャにこっそりとベリーベリーちゃんへの伝言を頼んだ。

 一応、徒歩でもいいから王都へは行ってもらおう。

 俺に打てる手はもはやこれしかないのだから。


 うん、決めた。

 白百合騎士団公爵領分団の中から精鋭を選んで騎兵隊を作ろう。

 やっぱりこういう時に機動力がないのは困るからね。



「さぁ、まずは建設途中の5階からですわね!」

「かしこまりました」



 がっしりと俺の腕にしがみつくシャルロット王女の嬉々とした姿に、俺は悟られぬよう内心で大きくため息をつくのであった。




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