ご予定は?
我が居城。
俺と名前の似た先代公爵から受け継ぎし『ラインハルト城』の完成も間近に迫った冬のある日。
「パパ、おはよー。さむいねー」
「うぅ……冷えるのじゃ……お父さま、あたためておくれなのじゃ……」
「おはよう、マリー、アリス。さぁ、こっちへおいで。暖炉にあたるといい」
「はーい!」
「どーん!」
「ははは、まだまだ甘えん坊さんだね」
競うように椅子へ掛けた俺の膝に乗る娘たち。
寝巻のままだが、二人の体温が伝わってくる。
俺は柔らかなマリーの金髪とアリスの紫髪をそっと撫でた。
パチパチと薪の爆ぜる暖炉の熱が、俺と娘たちの身も心までもあたためてくれるようであった。
いつもの光景だ。
しかし俺はこんななんでもないことに幸せを感じる。
家族を守るためならば、俺は喜んで悪魔にも魔神にもなれるだろう。
「ねー、パパー」
「なんだいマリー」
足をブラブラさせながら少しだけ唇を尖らせて言うマリー。
普段は大きく美しい青い瞳が伏し目がちなこともあって、もしかしたらなにか気に病むことでもあるのかもしれない。
それとも相談事かな?
……まさか街の男の子から告白されちゃったとか!?
だとしたら許すまじ!
我が愛しのマリーに色目を使うとは……
生まれてきたことを後悔させてやらねばなるまい!
「……あのねー……ねんまつはほんとうにおやすみできる? パパはすぐにむりしちゃうから、きちんとやすんでほしいの……」
前言撤回。
無辜の少年よ、あらぬ濡れ衣を着せて申し訳ない。
まぁ、冗談だけどさ。
ああ!
それよりも我が天使……いや女神たる愛娘の心優しきことよ!
常日頃から忙しい俺の体調を気遣ってくれてるもんな!
「勿論だよ。ちゃんと約束しただろう? 年末年始はみんなでお休みさ」
「ほんと?」
「ああ。だから予定を考えてくれないかな?」
俺はマリーへとっておきの笑顔で頷く。
なにせ掛け値なしの真実だからだ。
作業員たちも王女の厳命とは言え、働き詰めではいくらなんでも身が持つまい。
それにモチベーションの低下は、良い仕事の天敵でもある。
ならば、年末年始くらいは王都へ戻って英気を養ってもらおうではないか、と考えたのだ。
これは既に作業員や領民の全てへ告知済みであった。
そもそも年末年始とは国が定めた公休だ。
そして基本的に我が公爵領は王都の法に準拠している。
我々だけ働くわけにもいくまい。
とは言え、街の機能全てが停止するわけではない。
白百合騎士団公爵領分団は、モンスターが出ればいつでも出陣できる態勢を取っておかねばならないし、不測の事態が起これば俺とて座してはいられぬのだ。
本当はベリーベリーちゃんや騎士のみんなも帰省させてあげたいんだけどね……
こればっかりは領民を守る使命だと思ってもらうしか……いや、待てよ。
数名ずつ期間を分けて帰省してもらうってのはどうだ?
おお! いいアイデアかも!
「だったらわたし、パパといっぱいあそびたい!」
「わらわもなのじゃ!」
はい! と挙手する娘たちが愛おしくて仕方ない。
こんな無邪気な笑顔に『ダメ!』なんて言える親がいると思うか?
いてもいいけど、俺が思い切り説教しちゃうよ?
まぁ、俺も普段はあんまり遊んであげられないし、他人をとやかく言えるような立場でもないんだけどさ。
「いいとも。どんな遊びがしたいか二人で考えておくんだぞ」
「わーい! たのしみー!」
「やったーなのじゃー! マリーお姉ちゃん、なにがいいかのー?」
「あのね、あのね」
「うんうん」
年末の予定で盛り上がる娘たち。
今から待ち遠しいのだろう。
ま、俺も小さい頃は年末年始と言えばワクワクしたもんさ。
学校も休みだし、近所の悪ガキ連中と遊ぶ計画で夢中だったよ。
俺の田舎は雪深かったから、冬は色々と遊べたなぁ。
橇で斜面を滑ったり、無駄に巨大な雪像や秘密基地みたいな家を作ったりしてさ。
いやぁ、懐かしい。
そうだ、学校と言えば建設中の校舎も結構形になってきていたね。
あれなら春の開校には余裕をもって間に合いそうだ。
年明けにはミリア先生もこちらへ引っ越してくる予定だしね。
でも、あの箱入り娘っぽいミリア先生が一人暮らしでやって行けるのかなぁ。
まぁ、ああ見えて芯はしっかりした女性だから大丈夫だとは思うんだけど。
そう言えば領地って思っていたよりも子供の数が多かったんだよね。
あの人数をミリア先生一人で教えるのは結構きついかもしれない。
うーん。
王都に行って先生を探してこようかな……
あ、いざとなれば、リーシャにお願いして臨時の教師に……
「……リヒトしゃん……おはようごじゃーましゅ………………ちゅうぅぅ」
「むぐふっ!?」
「アリスちゃんアリスちゃん! いまのみた!?」
「バッチリ見たのじゃ! リーシャ姉さまはどうやら寝ぼけておるようじゃのー」
「おとなのキスだったねー! きゃー!」
「勉強になったのじゃー!」
マリーとアリスメイリスは両手で顔を覆いながらも、指の間からしっかり覗いていた。
そう、寝起きのリーシャがすれ違いざまに俺へキスをくれていったのである。
そしてそのまま洗面所のほうへフラフラと姿を消した。
こらリーシャ!
子供たちの前で!
いくら寝ぼけているとは言え……いいぞもっと頼む!
……じゃなくて。
「ねー、パパ。なんでニヤニヤしてるの?」
「だらしない顔になっておるのじゃ」
「!? いやっ、そ、そんなことはないよ」
くっ。
子供たちってのは目ざといねぇ。
ってかニヤニヤしてたかな俺。
…………うん、してるな。
「おはようございます。公爵さま、マリーさま、アリスメイリスさま」
「おはようごぜーます! 皆さま、お召し物の準備ができてるですよ! 着替えたら朝食です!」
「ああ、おはようウェスタニアさん、ニアーナ」
「おはようー!」
「おはようなのじゃ!」
「こほん。公爵さまへ、本日のご予定を申し上げます」
かっちりとしたスーツのウェスタニアさんと、ほんわかメイドのニアーナが居間へと現れた。
淡々と今日の予定を読み上げるウェスタニアさん。
甲斐甲斐しく俺たちの世話を焼くニアーナと、二人は対照的である。
いくら秘書とメイドだからと言って、夜も明けぬうちから動いているこの二人には最大限の感謝をせねばなるまい。
彼女たちにも俺は休暇を与えるつもりなのだ。
今のうちにその旨を伝えておこう。
「ウェスタニアさ……」
言いかけて俺は口をつぐむ。
すんでのところで、ある事実を思い出したのだ。
ウェスタニアさんもニアーナも、帰るべき場所がない。
いや、厳密にはないとも言えないのだが。
ウェスタニアさんは幼少から何らかの事情があって王宮暮らし。
ニアーナも半ば人魚の村を飛び出してきたと聞き及んでいる。
だったら、俺の提案など彼女たちにとっては酷と言うものではなかろうか。
「公爵さま。いかがなさいましたか?」
「あー、いやぁ、そのぉ……そ、そうだ、きみたちも年末年始は仕事をしなくていいからね。ゆっくりと過ごしてくれたまえ。真・子豚亭へ食事に行くもよし、温泉で疲れを癒すのもよし、俺や娘たちと一緒に遊ぶもよし、ってね」
「公爵さま。そのお気遣いに深く感謝いたします」
「そーでごぜーますね! ゆっくりさせていただきましょー! ありがとうごぜーますリヒトハルトさま! 是非ご一緒させてくだせー!」
ホッ。
なんとか上手く持って行けたぞ。
俺も休みの間にしたいことを考えておかなきゃね。
などと、のん気に考えていた時。
「……なー……」
「ん? なにか言ったかい?」
「? いいえ、私は」
「わたすも言ってねーです」
「……んなー!」
「んー? 下から?」
「旦那ぁぁぁ!」
ドドドドド
どうやら声の主はグラーフのようだ。
叫びながら階段を駆け上がっているらしい。
彼は暗いうちから建設現場に向かったはずだが……
ああ、朝ご飯を嗅ぎつけてきたのかな?
「リヒトの旦那ぁぁぁぁ!」
ドバンと扉を開けたのはやはりグラーフであった。
「そんなに慌ててどうしたんだい? 心配しなくとも朝食ならこれからだよ」
「メシどころじゃねぇですぜ! 行き倒れがいたんでさぁ!!」
「えぇぇぇぇ!? 行き倒れぇ!?」




