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そしてレストランは蘇る


 それからしばらくの時が過ぎ去り。


 俺はまたしても公爵権限を行使して建築作業員のほとんどを新生子豚亭の建造にあてた。

 王都から来た作業員たちの腕は素晴らしく、もののひと月ちょいで見事完成してのけたのである。


 それも、俺やベンたちの記憶を頼りに、外観や内装を極限まで再現すると言う離れ業を見せてくれたのだ。

 勿論、それを見た俺たちは嬉しさのあまり全員で泣き崩れたわけだが。


 そして完成も間近となった頃には、旧子豚亭のウェイトレスやウェイターも続々と公爵領に集結し、これまた俺の権限で建てた従業員専用の寮に彼らは入居していた。


 これも前オーナーの意向に沿ったものと言えるはず。

 俺やベンたち料理人も、狭苦しいし決して快適とは言えなかったが、雨風もしのげるあの小さな寮には散々世話になったのだ。

 金もなく田舎を飛び出してきた俺にはそれがどれだけありがたかったことか。


 あそこで青春時代のほとんどを過ごした。

 そして料理に打ち込んだ。

 結果として俺は料理人をクビになってしまったが、魂は今もあの頃と変わっていない。



 ま、今は料理人時代以上に充実しているけどね。

 愛する娘たちや恋人と過ごせる毎日は、例え忙しくとも幸せだよ。

 ……寮に住んでた頃なんて女っ気はないし、男臭いし、むさいし。

 そうなるともう、料理に打ち込むしかなかったんだよね。


 と言うわけで、有り余る土地を生かして寮も広めに作ることが出来た。

 ベンたちや従業員が飛び跳ねて喜んだことは言うまでもない。


 寮はひとつの建物だが、内部は男女用がきっちりと分けられている。

 なので入口も二つだ。


 以前の寮では悪さしようとした不届き者がいたので、内部から男子棟と女子棟の行き来ができない造りにした。

 これが女性従業員からは非常に評判がよく、かわりに野郎どもは少なからず落胆したようである。


 はっはっは!

 俺の領内で不埒なことなどさせぬわ!

 ……うん、俺には似合わないね、こう言う威張ったキャラ……

 まぁ、正直に言うと、これはリーシャが女性従業員から聞いた意見を俺が採用しただけなんだ。


 俺のほうは男どものろくでもない意見を大抵は却下し続けたのだが、ひとつだけ採用したものがある。

 それは、食堂と別に料理の練習場を作ったこと。


 ウェイターの中には料理人を目指す者もいる。

 ベンたちもわざわざ店の厨房を使わずとも料理の研究が出来ると、一石二鳥のナイスアイデアだった。



 そして、そんな彼らが最も待ち望んだ今日────



「んっふっふ~! たっのしみー! たっのしみー!」

「お父さまの~ごっは~ん!」

「そう言えば私、アトスの街にいた時も子豚亭に入ったことなかったんですよねー」

「いやぁ、こういう場所にあっしみたいなのがいていいんですかねぇ……?」


 真っ白なテーブルクロスをかけたテーブルに座る我らが一家。

 マリーとアリスメイリスは得意の謎歌を披露し、物珍し気にキョロキョロするリーシャ。

 そして緊張を隠し切れないグラーフ。


「ウッハハハ! いいじゃねぇかリヒト! 良く似合ってるぜ!」


 ベンの声を背中で聞きながら、エプロンの紐をギュッと縛る俺。

 新品の料理人服とコック帽から真新しい匂いがする。

 まるで俺の心までもが新人の気持ちを取り戻したかのような気分だ。


「子豚亭の厨房へお帰りなさいリヒトさん!」

「く~、やっぱりリヒトさんがいると子豚亭って感じがしますね!」


 カイルとドアンが嬉しいことを言ってくれる。


 俺は厨房の料理人と、ウェイター、ウェイトレス諸君へ向けて、パンパンと両手を打ち合わせながらこう告げた。



「さぁ、行ってみようか!」



 ────そう、今日こそが生まれ変わった子豚亭の新たな門出なのだ。



 栄えあるお客第一号は、我が家族たち。


 子豚亭完成までの間、従業員総出で近隣の農家を一軒一軒回って食材と仕入れルートを確保し、下準備をしてきた。

 生産者たちも喜んで応じ、中には無償で提供したいと言い出す者もいたが、そこはきっちりと提携関係を結ぶことで納得させるなど、俺やベンたちは涙ぐましい努力を重ねたのだ。


 全てはこの時のために。


 しかし、欲しい食材が全て揃ったわけではない。

 だが、それに囚われ、嘆いていては料理のなんたるかをわかっていないことになる。

 ないものを創意工夫で補ってこそ、真なる料理人と言えるのだ。


 はい。

 ご想像通り、前オーナーの受け売りです。


「おめぇらぁ! 気合入れろよ! 今日が【真・子豚亭】の再出発だぁ! 新オーナー、リヒトハルト公爵の恩義に報いるためにもやってやろうぜ野郎ども!」

「おお!」

「はい!」


 新たな料理長、ベンの檄に大声で応える従業員一同。

 みんなノッてきたようだ。

 なんと懐かしい感覚であることか。


「っちゅうわけだ、新オーナー兼、名誉料理長さんよ。ここからはリヒト、おめぇに任せるぜ。俺はサポートに回るからよ」

「ああ、ありがとうベン。みんな聞いてくれ。今日、俺が予定したメニューはフルコースだ。カイルは前菜を、ドアンはデザートを、ベンはスープを頼む!」

「あいよっ!」

「お任せください!」

「腕が鳴ります!」


 バッとそれぞれの作業に入るベンたち。

 頼もしすぎて涙が出る。


「給仕の諸君は料理をお出しする順番に注意を!」

「了解です!」

「かしこまりぃ~!」


 グラスや水、食前酒を慣れた手つきで準備する従業員。


 これだよ、これ。

 この手練れが醸し出す雰囲気。

 誰もが迷いなくキビキビと動くのは見ていても気持ちがいいね。


 ……ああ、俺は今、ようやく子豚亭に帰ってくることが出来たんだ……



 胸に去来する様々な感情と共に、俺は魚料理と肉料理メインの準備に入った。




「ん~~~~~! パパー! すっっっごくおいしいーーー!」

「どれもこれも絶品じゃ! あぁ~~、ほっぺが落ちまくりなのじゃぁ~~~!」

「なにこのお肉!? 口に入れただけで無くなっちゃう! あーん! もっと味わいたいのに~~~! って、なに泣いてんのよグラーフ」

「……ふぐっ、美味すぎてなんだか涙が出ちまうんす……ぐふっ!」


 まさに悲喜こもごも。

 来客の人生を垣間見るのが子豚亭の真骨頂とも言えるのだ。


「みんな喜んでくれたようだね。ベン、重ねて礼を言うよ、ありがとう。きみが子豚亭からタレや出汁ダシを持ってきてくれなかったらこの味は出せなかったと思う」

「いいってことよ。俺も調味料類だけは税務署の差し押さえから死守しなきゃならねぇと思ってたんでな。味が再現できなきゃ子豚亭の看板が泣くってもんよ」


 さすがベンだ。

 よくわかってらっしゃる。

 伊達に長いことオーナーにしごかれてないね。



「あ、あの、リヒトさん。外が大変なことになってますけど……」


 ウェイトレスの女の子が青ざめた顔で窓を指差している。


「……げ」



「ここで公爵さまが料理を作ってるってホントですかーーー!?」

「リヒトハルトさまのご飯を食べさせてくれーーーー!」

「ワシャ、公爵さまの料理に目がなくてのう」

「金ならいくらでも払うぞーーー!」


 店の前には黒山の人だかりが出来ていた。

 いったいどこから聞きつけてきたのか、領民が一斉に詰めかけている。


 以前に何度か料理を振る舞ったこともあったからね……

 それにしてもまずいよ……

 暴動寸前じゃないか……


「し、仕方ない。みんな、彼らを整列させてくれないか? 流石にフルコースは出せないけど、なにかを食べさせないと大変なことになりそうだ。食材が持つかな……?」

「ウッハハハハハ! わりぃなリヒト! 今日のおめぇは閉店まで料理人だぁ! 公爵業は休むしかねぇようだな!」


 くっ。

 間違いなくベンの言う通りになるよこれ。



「並ばせました!」

「了解! じゃあ、一組ずつお通しして!」

「はい!」



 おずおずと入ってくるお客に俺たちは元気よく────




「いらっしゃい! 真・子豚亭にようこそ!」





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