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はじめてのおつかい


「旅、ですか?」

「たびー?」


 リーシャとマリーは揃って唇に人差し指を当てながら首をかしげる。


 くぅっ、可愛いです!

 いかんいかん、ここは毅然とした態度で臨まねば。

 嫁探しに行きたいです、なんて言えるはずもないんだからな。


「そうだよ。冒険者になった以上、やはり冒険の旅に出ないとね」

「それはわかります。私もずっと大きな世界に飛び出したいと思っていましたから」

「なら、決まりだね」

「でも、マリーちゃんはどうするんですか? 危険だと思いますよ」


 おや、リーシャにしては珍しく逡巡しているな。

 旅と言えば真っ先に食らいつくと思ってたんだが。


 だけどマリーのことを一番に考えてくれたってことだよね。

 なんて優しい子なんだろう。


 そんな田舎娘の純朴さを利用しちゃう悪いおじさんを許しておくれ。


「なぁ、マリー。マリーはどうだい? 怖い目にあうかもしれないけどパパと旅に行く?」

「うん! パパといくー!」

「マリーはこう言ってるけどどうする?」

「……うぅ」


 満面の笑みで俺に抱き着くマリー。

 まだ不安そうなリーシャ。


 やはり少し罪悪感が湧くね……

 だから俺は宣言するよ。


「大丈夫。二人とも俺がどんな時だって必ず守ると誓うよ。俺は、きみたちを守るために神々がこの身体を授けてくれたのかもしれないと思ってるんだ」

「リヒトさん……普段は冴えないおじさんなのに素敵な言葉です……」

「パパ……よくわかんないけど、かっこいい……」


 二人の大きな赤い瞳と青い瞳がウルウルしている。

 どうやら感銘を受けたらしい。


 まぁ、本気で言った言葉だから冗談と受け止められても困るんだけどね。

 てか、それ褒めてるんだよねリーシャ?


「そうと決まれば、まだ日も高いし早速必要な物を買いに行きたいんだけどどうだろう?」

「あ、いいですね! 行きましょう!」

「いきたーい!」


 部屋の隅にちんまりと備え付けられた鏡台の前で、リーシャが自分とマリーの髪をとかしている。


 ボサボサの髪で出かけるのはやっぱり恥ずかしいのかな。

 いやぁ、女の子だねぇ。


 俺は二人が準備する間に必要物資を考えておくことにした。


 当たり前だが、何よりも重要なのは水と食料だろう。

 元料理人としてもこだわりたい部分ではある。

 となると、ある程度の調理器具も欲しい。

 最低でも鍋とフライパンは。


 それと、昨日のクエストで実感した夜営道具。

 まず、ランタンは必須だ。

 野宿する場合もあるだろうから毛布とマントは買おう。

 最近の高級な毛布は水を弾いて夜露もしのげるらしい。

 テントは組み立て式のですらかさばるからな。

 持って歩くには不便だろう。


 ……しかし資金の心配をしなくてもいいってのは素晴らしいね。

 料理人時代はそれで苦労したもんさ。

 限られた予算で、いかに美味いものが作れるかの勝負だったからな。


 いい食材ってのはやっぱり高いもんだ。

 だが、いい食材ばかりを使えば美味いものができるかと言えばそうでもなかったりする。

 要は金のかけどころなんだよね。


 子豚亭名物シチューの場合は、ヨゼフさんの牛乳に予算の大半をつぎ込んだ。

 味の決め手が彼の牛乳だったからなんだけど。

 その分、野菜なんかは新鮮さだけを重視して、質はそれほど求めなかった。

 それでも人気を博して名物となったんだ。


 だけど、今後は命を張った冒険に出る。

 ここからは質をないがしろにするわけにはいかない。

 いざ、ダンジョン潜入って時に『ランタンが点かない!』では済まされないのである。


「リヒトさん、お待たせしましたー」

「パパー、おまたせしましたー」

「うん……んん!?」


 二人の姿が様変わりしていた。

 リーシャは白いシャツと赤いミニスカート。

 マリーはピンクのワンピース。

 いつの間にかマリーの金髪が一本の三つ編みに。

 そして二人とも髪にリボンをつけていた。


「いいね! とってもチャーミングだよリーシャ、マリー」

「えへへ、そう言ってもらえるとやっぱり嬉しいですね」

「えへへー! パパー、わたしかわいい?」

「ああもう、食べちゃいたいくらい可愛いよ」

「きゃー! たべちゃだめー! あはははは!」


 俺が両手をワキワキさせて食べる真似をすると、キャーキャー笑いながらマリーが逃げ回る。

 子供ってのは元気が一番だよねぇ。

 病気がちだったりしたら、心配で夜も眠れないよ。


 さて、そんなわけで俺たちは再度街へと繰り出した。

 目標地点はアトスの街東部にある老舗の冒険者用雑貨店だ。


 俺たちの宿は南側にある。

 なので、一度南大通りを北上し、中央広場を抜けて東大通りへ進まねばならない。


 大勢の人々、行きかう馬車。

 威勢のいい屋台の呼び込み。

 楽し気に談笑する観光客や冒険者たち。

 今日もこの街は大賑わいだ。


 大陸の北部に位置する街では、ここが一番大きいからな。

 それになにより、治安がいい。

 領主の方針で衛兵が多いせいでもある。


 明日には離れることになるであろうこの街の風景を、俺は目に焼き付けておこうと思った。

 別に感傷的になっているわけではない。

 この街で出会った人々や出来事を忘れないためだ。


 あれ?

 それを感傷的と言うのかな?


「パパー、だっこ!」

「はいはい」


 ひょいとマリーを抱き上げる。

 歩き疲れちゃったのかな。

 子供の足には長い距離だからね。


「パパ……」

「うん? どうしたんだいマリー」

「よろいがいたいの……」


 鎧?

 ああ、金属製だしゴツゴツしてるからか。

 うーん、今後はマリーを抱いて歩くことが増えそうだしなぁ。


「よーし、わかった。こんな鎧、売っちゃおうね」

「ええぇぇっ!? 本気ですかリヒトさん!」


 赤毛が逆立つほど仰天するリーシャ。


 そりゃそうか。

 考えてみれば冒険者にあるまじき発言だもんな。

 『装備は冒険者の命である』なんて格言もあるくらいだし。


 でもね、俺にはやっぱり動きにくいと感じてしまうんだ。

 それに本や劇を見てみなさい。

 賢者と呼ばれるような魔導の使い手たちが鎧を着ているか?


 そんなヤツはいないよね。

 大抵はズルズルと引きずりそうなローブ姿だもんな。

 しかもフード付きの。


 だからと言って、俺はアレを着るつもりは毛頭ないぞ。

 超新米冒険者が着るもんじゃないよあんなの。


 ま、危ない時はせいぜい逃げ回ることにしよう。


 ……忘れてた。

 この身体なら逃げる必要すらないんだった。


 いやいや、やっぱり逃げ回ろう。

 どの程度のダメージまで防げるのかわからないしな。

 見知らぬ地で強敵と出会い、余裕かましてたら一撃死、とかそれこそ洒落にもならん。


「そうだ、リーシャ。行ってみたい場所があったら言ってくれよ。俺はこの街以外はよくわからないからね」

「そうですねぇ……そりゃ山ほどありますけど……まずはやっぱり王都、ですかねぇ……あ、誰もクリアしたことがない大迷宮も捨てがたいかも……」


 おいおい。

 後半に怖すぎること言ってなかったか?

 誰もクリアしたことがない大ダンジョンとか絶対行きたくないよ。


 その後、辿り着いたるは『アドベンチャラーツールズ』と書かれた巨大な看板を掲げた雑貨店。

 店舗もデカいが品ぞろえも豊富が売りのこの店で、俺たちは必要な物を色々と仕入れた。


 買取もやってるってんで、俺は言った通りに何の迷いもなく鎧を売り払った。

 ついでに剣も売っちまおうかと思ったものの、強くリーシャに懇願されて思いとどまる。


 まぁ、確かに獲物がないと困る場面もあるか……


 俺はマリーにも金貨を渡し、好きなものを買っておいでと告げた。

 おつかいや買い物の練習を兼ねているんだが、少々心配だ。


 それとなくマリーの動向をうかがう。

 あぁ、世の中の親の気持ちがすごくわかるよ。


 彼女は悩んだ末に、革製の青いショルダーバッグを選んだようだ。

 留め金の部分がリボンの形になっていてとても愛らしい。

 きっと、今髪に結んでいるリボンとのコーディネートを考慮した結果なのだろう。

 我が子のセンスの良さには脱帽せざるを得ない。


 …………まさか、これが親バカってやつですか!?


 無事に会計を済ませ、マリーは弾けるような笑顔で戻ってくる。

 その大きな青い瞳には達成感と満足感を同居させていた。


 なんて可愛いんだろう。

 って、いつの間にか隣にいたリーシャもホワンとした目でマリーを見つめてるし。

 わかるわかる、ほっこりするよね。


 でも、きみ、買い物は済ませたのかい?

 俺、何点かきみに探してくれって頼んだんだけど。


 そして入用な物はだいたい揃い、そろそろ帰ろうかと思った頃、マリーがなんだかもじもじしていた。


「? どうしたんだいマリー?」

「あのね、パパ。これもかっていーい……?」


 おずおずと差し出して来たのは一冊の本だった。

 ん?

 童話か何かの本かな?

 いいともいいとも。

 俺が読み聞かせてあげるからな。

 しかし冒険者の店なのに、よく童話なんて置いてあったね。



 なんの気なしに裏返して表紙を見ると、そこには『魔導力学の基礎知識』と書いてあった。



 えぇぇ!?

 こんなの読むの!?

 マリーが!?

 嘘ォ!?




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