表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/262

ざまぁは今ごろやってくる


「リヒトハルト公爵さま、よろしいでしょうか」

「はいどうぞー」


 ウェスタニアさんがドアから執務室へと入ってくる。

 今日も美人だが鉄面皮は相変わらずだ。


 だが、やたらと血色が良く見える。

 よく見れば顔が光沢に覆われるほどテッカテカだった。


 なにそれ!?

 あ、あぁ、わかった、きっと温泉の効能だね。

 俺も足腰に効くからと毎日入ってたら肌が異様にスベスベになってきたもんな。

 それにしても効果ありすぎだろ……

 確かにここのところ腰痛も控えめでありがたいけどさ。


 源泉発掘からしばらくが過ぎ、観光客用大浴場と街中の家庭へ温泉を運ぶ配管は完成した。

 今のところ大浴場は観光客ではなく、王都からの作業員が利用者のほとんどを占めている。

 当然だが作業員を労う意味でも無料開放中だ。

 ゆくゆくは観光客から料金をいただく算段である。


「本日の予定でございますが、面会が4件、各施設の視察が3件、会合参加が2件、会議が2件入っております」

「多くないかい!? うひー、今日は忙しそうだぞ」


 俺は書類をめくる速度を上げた。


 学校であの時倒れて以来、俺は特に体調を崩すこともなく過ごしている。

 やはり当時は疲れがたまっていただけなのだろう。

 今後は戒めねば。


 身体が資本だと料理人時代も散々言われてきたからさ。

 体調管理もできねぇヤツに美味い料理が作れるかーってね。

 ははっ、オーナーにはよく叱られたなぁ。


 でもまぁ、忙しいとなかなか難しいんだよね。

 仕事を片付けるにはどうしたって無理をしなきゃならない場面が多々あるもんな。

 今だってこうして必死にやってるわけだし。


 それにしても最近やたらと昔を思い出すなぁ。

 なにかの予兆だったりして。


「面会希望のかたはもういらしております」

「早っ! くっ、まだ書類が……仕方ないか。ウェスタニアさん、お待たせするのもなんなんでお通ししてください」

「承知いたしました。慈悲深き公爵さまに面会人も感謝いたすことでしょう」

「逆に嫌味っぽく聞こえるよそれ……」


 ウェスタニアさんは珍しく少しだけ口角を上げてからドアを開けて面会希望者を招き入れた。


 俺はどうにも『謁見』と言う仰々しさが苦手なので、『面会』と改めたのである。

 このほうが会う人もかしこまらなくて済むだろう。


「公爵さま。ご機嫌麗しゅうございますのう」

「ああ、これは長老。おはようございます。どうなさいました?」

「それがですのう……」




 面会を終え、書類整理も終え、その他の午前中に予定していた仕事を全て片付けた時、俺は机に突っ伏していた。

 思っていたよりもハードワークだったのだ。

 同時に、やり遂げた達成感も感じる。


 この城塞都市が完成すれば、その後は暇になると言うウェスタニアさんの甘い言葉を信じて、今は突き進むしかない。

 作業員や領民たちの頑張りもあって、既に半分以上は完成している。

 もう少しの辛抱だ。


 頑張ろう。

 ……でも少しだけ休憩を……


「リヒトハルトさま、面会希望者が増えました」

「えぇぇぇ!? 終わったばっかりなのにかい!?」


 公爵業はなんとも容赦がなく、そして過酷だ。


「こうなりゃヤケだ! お通しして!」


 文字通りやけっぱちに言うしかない俺なのであった。



 しかし、今度の面会人は俺を非常に驚かせることとなる。




「し、失礼いたします……ああ!」

「……失礼します……うわ、マジだ!」

「うぉぉぉ! リヒトがホントにいやがった!」


 入室するなり俺の顔を見て奇声を上げる三人の男たち。

 なかなかに不躾ではある。


 って、おいおい。

 まさか彼らは……


「ベン!? それにカイルとドアンも!?」


 そう、彼らとは旧知の仲だ。

 彼らこそ『子豚亭』のコックたちである。

 ガチムチのベンは同期で、ひょろひょろのカイルとドアンは後輩。


「なんだなんだ!? いったいどうしたんだよきみたち!」

「ウハハッ! あのリヒトがよお、公爵になったとか言う馬鹿げたデマを確かめに来たのさ!」

「お久しぶりですリヒト先輩!」

「噂は本当だったんですね!」


 あれから一年も経っていないと言うのに懐かしさが爆発し、鮮やかに料理人時代の記憶が呼び起されて行く。

 憧憬が涙腺を刺激して涙が滲みそうだった。

 歳のせいか涙もろくなって困る。

 俺はそれを誤魔化すために立ち上がり、お茶を淹れることにした。


「さぁ、座ってくれよ、今お茶を淹れるからさ」

「おお! てめぇら、リヒトの茶が久しぶりに飲めるぞ!」

「オレもリヒトさんのお茶大好きですよ!」

「僕もです!」

「そんでどうなんでぇ? 公爵さまになった気分はよ? おめぇが大貴族とかこうして会っても信じられねぇぜ」

「んー、確かに大変だけどね。でもやりがいはあるよ。領民たちも良くしてくれるし」

「ほぉー! 言うようになったじゃねぇか」

「でもリヒトさんなら、なんか納得しちゃいますよね」

「うんうん、なにかやらかしてくれそうですもん」


 あぁー。

 この軽口の叩き合い。

 本当に懐かしい!


「でも俺に会うためだけに来てくれたのかい?」

「……」


 俺の問いに、なぜか途端に口をつぐんでしまう三人。

 あの酔っ払いを投げ飛ばすほどの豪胆なベンすら肩を落としていた。


 俺はなにかマズいことを言ったのかと質問を変える。


「子豚亭の客入りはどうだい? 俺が辞めてからどうなったのか知らなくて……さ」

「……」


 余計に空気が重くなった気がする。


「なぁ、ベン」

「潰れた」

「は?」


 ベンの言葉が理解できず、間抜け声で聞き返した。


「潰れちまったよ、子豚亭は」

「はぁぁ!? どうして!? 冗談だろ!?」

「どうもこうもねぇよ。文句はあのブタ野郎に言ってくれ」


 ブタ野郎とは、言うまでもなく俺が辞める原因ともなったオークみたいな料理長のことだ。

 オーナーの一人息子の。

 あいつがなにをしでかしたと言うのだろう。


「ぷっくくくく」

「うっぷぷぷぷ」


 呆然としてる俺を余所に、肩を震わせて噴き出すのをこらえているカイルとドアン。

 いったいなにがどうなっているのか、わけがわからない。


「ウッハハハハ! 聞いてくれよリヒト! 今日はそれを言いに来たんだからよ!」


 目を白黒させる俺の肩をバンバンと叩くベン。

 どうやら先程の暗い空気は演技だったらしい。


「お前が店を追ん出されてからしばらくしてのことだ。あのブタがな、更に幅を利かせてきたんだよ。邪魔なお前がいなくなってせいせいしたんだろうな。おめぇは亡くなったオーナーから可愛がられてたしな。しかもブタは俺たちの給料まで絞ってきやがってよ。先輩たちはそのやり口にブチ切れてみんなさっさと辞めちまったさ」

「うんうん、それで?」

「そんでよ、名実ともに子豚亭の支配者となったあのブタは調子に乗りすぎちまったんだよな」

「?」

「領主のとこのお嬢さん、知ってるだろ?」

「勿論さ、強烈すぎて忘れるはずがないよ」


 アトスの街の領主の娘。

 街の住人なら知らぬ者はないほどだ。


 ……その、悪い意味でだが。

 非常に失礼だし、言いにくいのだが、その、容姿のほうがちょっと、いやかなり……

 ……酷いのだ。

 そして性格も比例するように。


 彼女のせいで街を去った飲食店は星の数ほどあると聞いた。

 店に行っては『私を卑猥な目で見た!』とか『料理の量が少ない!』とか、些細なことで難癖をつけ、領主の娘なだけあってその影響力はすさまじく、あっと言う間に餌食となった店には閑古鳥が鳴く始末。

 幸い子豚亭は狙われなかったが、もし来店していたらひとたまりもなかっただろう。


「まさか……」

「そのまさかよ! ブタはよりによってアレに手ェ出しやがったんだよ! ウッハハハハ!」

「それは……すごいチャレンジャーだね」

「だろ!? おめぇがいなくなって急激に売り上げが落ちたもんだから、焦って領主とのつながりを持とうとしたんだろうな! ブタ同士でなにやってんだか!」

「……料理長は短絡的すぎないかい?」

「俺もそう思うぜ! そんでよ、娘を手籠めにされた領主がそりゃあもう偉い剣幕で怒鳴り込んできてな、ブタを問答無用でしょっぴいていっちまったのさ! ブタがブタ箱に入れられてどうすんだっての! ウッハハハハ! ざまぁみやがれってんだ! 素直にリヒトを料理長にしとけば店は安泰だし、ブタもこんな惨めなざまを晒さなくてよかったってのによぉ! ウハハハハ!」


 ドッと爆笑する三人。


 くっ、ベンのやつめ。

 上手いこと言うもんだ。


 不謹慎とはわかっていても笑ってしまいそうになる。


「でよ、ブタは取り調べの上、裁判にかけられることになったのさ。ま、即座に斬首されなかっただけマシってもんだろうよ。どっちみちあの野郎は一生監獄暮らしだから同じこったろうけどな。そんで、子豚亭も裁判所に捜査されちまったんだが、お取り潰しは間違いないだろうってんで、残った料理人の俺たちもクビ、と言うより解雇されちまったんだ。まぁ、俺らもいつ辞めてやろうかと思ってたくれぇだから逆にスッキリしたってもんだぜ!」

「そうだったのか……」

「だがよ、子豚亭の整理をしてた時にこのカイルがオーナーの部屋ですげぇモンを見つけちまったのさ」

「へへへへへ」


 得意気に鼻の下をこするカイル。


「すごいもの?」

「ああ、聞いて驚くなよ? ……オーナーの遺言状さ」

「なんだって!?」

「ウハハ! 驚くなって言っただろうが」

「驚くに決まってるだろう!? そんな物があるなんて聞いたことも……」

「そりゃあそうだ。遺言状はな、ほれ、おめぇが昔出場した若手料理人の腕自慢大会があっただろ? あれの賞状を入れた額縁の裏に隠してあったんだってよ」

「俺の!?」

「そうなんです、リヒトさんの賞状をオーナーは大事にしてたみたいですね。それと、ブタに気付かれないようにするためでもあったんじゃないですか?」

「……オーナー……」


 俺の料理人における師匠であり、第二の父とも慕っていたオーナーが……



「そんで裁判所の連中と遺言状をあらためたらな、『子豚亭の全権限をリヒトハルトに譲渡いたすものとする』って書いてあったわけさ」



「な、なんだってーーー!!??」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ