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美人教師を獲得せよ


 【飛翔】スキルで高々と宙へ舞った俺は、上空に達したところで水平飛行へ移った。

 夕べ娘たちと交わした約束通り、王都へ向けて出発したのである。


 午前中の俺は我ながらたいしたもので、ウェスタニア秘書長の強烈な監視があったとは言え、普段の数倍を超える速度をもって仕事をこなしたのである。

 俺を見守る娘たちの声援が後押ししてくれたのかもしれない。


「はやいねー! おてんきもいいし!」

「うむ、気持ちのよい風なのじゃー」


 両脇に抱えられたマリーとアリスメイリスが俺を挟んで無邪気に会話をしている。

 今日も昨日に続いてぽかぽか陽気だった。

 それはいいのだが。


「うーん! ほんと、気持ちいいですねーリヒトさん! あれ? リヒトさん、だいぶ髪が伸びましたね。私が切ってあげましょうか?」


 俺の首根っこにしがみついて頭に顔を寄せているのはリーシャであった。

 彼女が動くたびにもぬんもぬんと背中に柔らかな感触が。

 うっひょう!


 じゃなくて。

 なんでリーシャまでついてきたんだろう?

 王都に用があるのかと尋ねても『え、えぇ、まぁー、そんな感じですかね? あっ、屋敷に戻って冬服を取ってきたいのかなー?』などと謎の疑問形で答えていたんだよね。


 ありゃ絶対嘘だな。

 ってか嘘がヘタすぎる。


 おおかた俺が『ミリア先生とお会いしてくる』って言ったもんだから妙な邪推をしたに違いない。

 ま、そんな風に嫉妬してくれるところも嬉しいし、可愛いと思ってるんだけどね。


 へっへーん。

 俺だっていつまでも鈍感なだけではないんだぜー。


 ……うむ。

 無理に若者ぶってみたがダメだねこりゃ。

 もう年齢は誤魔化しきれないのか……


 ともあれ、下校時間までには余裕があるので、みんなの呼吸が苦しくならない程度の速度を保ったまま王都へ向けて飛行していたのだ。

 途中で子供たちが『トイレ!』と騒ぎ出すのも見越して休憩を挟みつつ。


 それでもわずか数時間で王都を視界にとらえることが出来た。


 たぶんだが、魔導障壁を前方へ展開した状態で全速力を出せば、あるいは数分以内に辿り着けるかもしれない。

 しかしこれには弊害もあって、低空飛行の場合は轟音で耳をやられる。

 俺ではなく、地上の人々がだ。

 中程度の高さで実験をしたにも関わらず『すごくうるさかった!』と娘たちに叱られるほどに。

 なので超高高度でしか使えない。

 それと、どうやら衝撃波も激しいようで、一度なにもない原野で全力飛行をした際は草や木々に甚大な被害をもたらしてしまった。

 どちらにせよ、全力を出す場合にはやはり超高空を飛ぶしかないようである。


 つっても、そんなに急ぎの用事なんてないからいんだけどね。

 娘たちやリーシャになにかあれば話は別だがさ。


「あっ! がっこうがみえてきたよ!」

「まだ授業中かのー!」

「わー! 上から見ると街も人もちっちゃいですねー!」


 王都の上空へ至ると女性陣から歓声が上がる。

 確かに空から街を眺めることなど、そうそう経験できるものではない。


 俺は水平飛行から垂直下降へ移り、背中のリーシャを背負い直すと、校庭へ向けてゆっくりと降りた。

 背負い直す際、彼女の尻に触れてしまったものか、『あん』とリーシャが短く声を漏らす。


 こらこら。

 子供たちの前だよ。


 アリスメイリスが言った通り、まだ授業は終わっていないらしく、校庭には全く人気ひとけがなかった。

 どうやら少し早く到着してしまったようだ。


 マリーとアリスメイリスの目的はお友達に挨拶をすること。

 ゆえに終業時間を待つしかあるまい。

 なので、先に職員室へお邪魔することにした。


「しつれいしまーす!」

「失礼しますなのじゃ」

「失礼致します」

「失礼します……」


 三者三様ならぬ、四者四様に職員室内へ声をかける俺たち。

 待つほどもなく『どうぞ』を聞こえ、そっと入った。


 椅子から立ち上がって深々とお辞儀をしたのは他ならぬミリア先生である。

 今はどうやら別の先生が授業をおこなっているようだった。

 慌てて俺たちも頭を下げる。


「お久しぶりです、リヒトさん、マリーちゃん、アリスちゃん、リーシャさん」

「いえいえ、ミリア先生。俺のほうこそ挨拶もせずご無沙汰してしまってすみません」

「せんせー! おひさしぶりでーす!」

「ミリア先生ー久しいのじゃー!」

「お久しぶりです」


 俺たちは来客用の椅子へ通され、相変わらず銀髪美人なミリア先生からお茶を振る舞われた。

 麗しい白魚のような手でティーポットを扱っている。


 いやぁ、美しい女性ひとがやると絵になるね……

 そしてお茶も美味いのなんの。


 ミリア先生にお茶の淹れかたを伝授したのは俺である。

 と言っても一、二度だ。

 彼女はそれから練習に励んだのだろう。

 格段に香りの質が向上していた。


「非常に美味しいですね。練習の成果が見て取れますよ」

「まぁ! リヒトさんに褒められるなんて嬉しいです! たくさん頑張りましたもの」

「ははは、ミリア先生は教え甲斐のある生徒さんですから、その成長ぶりは俺も嬉しいです」

「ふふふっ、ありがとうございます」


 和気あいあいと話す俺とミリア先生。


「む~」


 小鼻と頬を膨らませるリーシャ。

 彼女には俺の社交辞令ですらも鼻の下を伸ばしデレデレしているように見えるのだろうか。

 ……きっと見えるのだろう。


「ジェイミーさんからの言伝はお聞きになりましたか? 俺が頼んでおいたんですけど」

「ええ、なんでも公爵領の開発に赴かれるとか…………はっ!? こ、これは失礼いたしましたリヒトハルト公爵さま! 私ったらなんて礼儀知らずな! どうかご容赦くださいませ!」


 慌てて立ちあがり、全力でギッコンバッタンと腰を折りまくるミリア先生。

 どうにも王都に住む人々は貴族に対して自らを卑下する傾向にあるようだ。


「ちょっ、いいんですよミリア先生! 頭を上げてください! 俺は『なんちゃって貴族』ですから! 普段通りで結構です!」

「いいえ、いいえ、そうは参りません! あなたさまはもはや雲の上の存在! 一般市民とは違うのです!」


 こっちが参るよと思った時、終業の鐘が鳴った。

 こんな取り乱した姿のミリア先生を子供たちに見せるわけにもいかず、マリーとアリスメイリスには先に友達へ挨拶してくるよう伝えたのである。


 娘たちが退出するのを確認し、俺とリーシャの二人がかりでミリア先生を落ち着かせた。

 彼女はようやく椅子に腰かけたが、なお深々と頭を垂れていたのだ。


 そんなミリア先生へリーシャはまるで諭すように話しかける。


「ミリア先生、リヒトさんがそんなことを気にするような人じゃないってわかりますよね?」

「ええ、勿論です。ですが、ご貴族さまに失礼があってはならないと幼少から厳しく教わっておりますので……」

「私は元々田舎者ですから疎いんですけど、そう言うのって窮屈じゃありません?」

「……とっても窮屈です」

「でしょ? 脱け出したいと思うこともあったりするんじゃないですか?」

「ええ、勿論。何度も読んだ素敵な物語に想いを馳せたりしましたもの」


 んん?

 リーシャはなにが言いたいんだろう?

 『思ったことをストレートに言っちゃう病』が炸裂してるみたいだけど。



「私、向こうでは領民の奥さまがたのまとめ役みたいなことをしてるんですけど、みんながこう言うんですよ。『子供たちを学校へ通わせたい』って」


 リーシャの言葉に目を見開く俺とミリア先生。

 言われてみればそんな陳情書をいくつか見た覚えもある。


 確かにある程度の大きさの街ならば学校があって然るべきだ。

 俺も子供が学校へ通い勉強するのは当然の権利であり、当たり前のことになって欲しいと願う一人である。

 未来を担うのはいつだって子供たちなのだから。



 これには俺も目から鱗が落ちる思いであった。


 リーシャ、きみが俺の恋人で本当に良かったよ。

 大切なことに気付かせてくれてありがとう。



 俺は脳内で瞬時に校舎建築にかかる費用と土地、人件費を算出し、たぶん行けると判断した。

 一度目を瞑って逆算し、再度確認する。

 その後、チラリとリーシャを見れば、『言っちゃってください』とばかりに可愛くウィンクを返してきた。


 よーし、いくらかかったって構うもんか。



 俺は大きく息を吸ってからミリア先生に切り出した。



「ミリア先生。貴族だから、平民だからなんて、くだらないことに縛られない俺の公爵領で、思い切り教師をやってみませんか?」




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