視察と言ったら視察なんです
「さっんっぽー! さっんっぽー! パッパとーさんぽー!」
「おっ父さまと~、一緒に歩けば~、とぉっても~楽しいのじゃ~」
「キャンキャンキューン」
奇妙な歌をそれぞれご機嫌で歌いながら、俺の両手をブンブン振り回すマリーとアリスメイリス。
そしてこちらも妙な合いの手(?)を入れながらまるで俺たちを先導するように歩く子犬みたいなリル。
「ワッハハハハ! 今日もマリーさまとアリスさまは元気でよろしいですなぁ!」
「いつお見掛けしても可愛らしいお子様がたですね!」
「わんこかわいいー!」
「ごきげんよう公爵さま! 今日は家族サービスですか?」
「公爵さまぁ! 後でお料理のコツを教えて欲しいですぅ!」
「帰りにゃ、ワシの家に寄ってお茶ァ飲んでってください!」
次々に声をかけてくる領民の皆さん。
俺の手はどちらもマリーとアリスに占領されているので、首の関節が摩耗するほど会釈するしかなかった。
飾らない俺の態度を受け入れてくれたのか、人々は遠慮することなく気さくに話しかけてくれる。
辺境といっても差し支えないこの地ならではの気質もあるだろうが、領民の中に貴族相手だからと言って遜ったような態度をとる者は少ない。
田舎者ゆえの無作法であろうと王都の貴族ならば怒り狂うかもしれないほどに。
しかし、全く礼節がないわけではないのだ。
公爵たる俺の指示にはなんの疑いもなく従ってくれるし、たとえ俺以外の家族やウェスタニアさんなどが下した命令でも、彼らは文句のひとつも言わずに笑顔で請け負うのであった。
つまりこれは、我々をきちんとした統治者と認めている証拠に他ならない。
自分で言うのも烏滸がましいが、これを忠誠心と言わずしてなんとするのか。
領民たちは俺ごときの、為政者としては完全な若輩者に迷いなくついてきてくれる。
それが俺には堪らなく嬉しいのであった。
それはいいんだが、みんなはどうやら誤解しているようだね。
絶対ただの散歩だと思ってるだろ?
まぁ、マリーも『さんぽ』と思い切り歌っちゃってるけどさ。
実際は違うんだ。
これでも立派な公務なんですよ!
そう、これは決して天気がいいからとか、初冬にしてはあたたかいから街を散策しようなどと言った安易な行為ではないのである。
視察、そう、視察なのだ。
都市計画の進捗や、建造物や施設に不備がないかを確認するための大事なだいーじな仕事だ。
重要な任務であるがゆえ、他人任せに出来るはずもない。
「マリーさま、アリスさま。お出かけですか? 行楽日和ですものね」
「うん! パパがさんぽしよーって!」
「今日はあたたかいから散歩にピッタリなのじゃ!」
「あらまぁ、それは良かったですねぇ」
「うん!」
こらこら二人とも!
早速バラしてどうするんだい!?
体裁を取り繕った俺の立場がなくなるよ!
ま、まぁ、視察兼散歩ってことで……
「よし、居住区はだいたい見回ったかな。次はまだ未完成の商業区へ行ってみようか」
「はーい!」
「了解なのじゃー」
くるりと方向転換する俺の腕にぶら下がって遊ぶマリーとアリスメイリスはとても楽しそうだ。
その腕を少し速めに上下させてやると、二人はキャハハと大笑いを響かせる。
うーん。
街も人も平和だね。
ここのところモンスターによる襲撃は極端に回数を減らしていた。
何度来たところで俺がいる限りこの街を蹂躙などさせはしない。
とは言っても、やはり精神は疲弊する。
常に戦々恐々としていては心も身体も持たないのだ。
平和であることに越したことはない。
しかしそれに甘んじていいのは領民だけである。
統治者の俺は平穏を享受しつつも、自らを戒めねばなるまい。
いつ何時、なにが起こってもおかしくはないのだから。
「パパー。あそこにグラーフがいるよ」
「またサボっておるのかのー?」
「うん?」
何気に酷いことを言うアリスメイリスの視線の先。
確かに腕組みしたグラーフが長身の背中を丸めてボーッと立ち尽くしていた。
ここは街の西側で開発中である商業区の外れ。
いずれは問屋や職人たちの商店が立ち並ぶであろう場所である。
だが、まだまだ区画整理が始まったばかりで、この地に店を出したいと申請する者も少ないのが現状だ。
今後、いかにして王都から商人たちを誘致するかが発展の鍵となるだろう。
「どうしたんだいグラーフ」
「おなかいたいの?」
「サボりじゃな?」
「キャンキャン!」
「えっ、あ、あぁ、旦那ですかい……って、腹痛でもサボりでもねぇですよ姐さんがた!」
背後から声をかけられ、驚きで10センチメートルほど飛び上がるグラーフ。
ビビりすぎではないだろうか。
それとも、余程気を抜いていたのか。
「これを見てくださいや……」
途方に暮れたような顔のグラーフが示したのは、地面から顔を出した巨岩であった。
幅が5メートルほどもある。
「おっきな いしー!」
「ほー、なかなか立派な岩じゃのー」
「こいつがどうかしたのかい?」
「もしかしてグラーフはこれがほしいの?」
「わかったのじゃ! 城の庭石にするつもりじゃな?」
「そんなわけねぇですぜ!?」
娘たちのツッコミに慌てるグラーフ。
思わず噴き出す俺。
子供の発想は時として恐ろしい。
こんなものをもらってグラーフにどうしろと言うのか。
「いえ、我々もそれで困っていたのです」
「!?」
突然声が聞こえ、今度は俺が5センチメートルほど飛び上がった。
「あー、リアムさんだー!」
「こんにちはなのじゃ」
「リヒトハルトさま、マリーさま、アリスメイリスさま、ご機嫌麗しゅうございます」
振り返ると長身瘦躯短髪のリアム支部長が深々と頭を下げていた。
この人はどうやら俺を驚かせないと気が済まないらしい。
元は冒険者ギルド本部の諜報部長ゆえにその隠密術は群を抜いているのだ。
だが、副ギルド長ネイビスさんが語った通り、根が真面目一辺倒な彼は公爵領支部長に収まった昨今においても精力的な働きを見せていた。
「グラーフさまとも協議して参りましたが、この岩塊が工事の妨げとなっておりまして」
「あっしら大工も色々試したんでやすよ。だけどこんなデケェもんを動かせるはずもなくて、リアム支部長に泣きついたってわけでさぁ」
いや、左右から一気に喋られてもね。
一人ずつ説明してくれよ。
ま、だいたいは理解できたけどさ。
「この岩は見た目よりも相当大きく、地面の奥深くまで埋まっているようでして」
「人の力だけで掘り起こすとなりゃあ、何年かかるかわかったもんじゃねぇって話でさぁ」
だー!
いっぺんに言わないでくれぇぇ!
「わかった、わかりましたよ。要はこの岩が邪魔ってことだろう?」
「はい」
「へい」
なにこのシンクロ率!?
二人は性格も見た目も全然違うのに、意外とウマが合ってるのかい!?
「リヒトハルトさま。なにか良いお知恵はありませぬでしょうか?」
「旦那ぁ。なんかいい手はねぇもんですかね?」
懇願する二人の男。
野郎に見つめられたところで、ちっとも嬉しくない。
「……ない、とは公爵として言えないか。よし、俺がなんとかするよ」
「マジですかい! さすが旦那!」
「ほ、本当ですか!? いったいどのようにして……」
グラーフとの付き合いは長いこともあって、彼は俺ならやれると信じているようだが、リアムさんは半信半疑だ。
仕方がなかろう。
リアムさんにはまだ俺のおかしな身体のことを話していないのだから。
それに俺はこんな岩だけを上手に破壊できるような便利極まる魔導を知らない。
ヘタに全力で適当な魔導を放てば、街ごと消え去る可能性もあるので試すことも不可能だ。
ならば、この身ひとつで粉砕するのみ。
「じゃあ、少し離れてくれないか? リアムさんもですよ。マリー、アリス、リル、きみたちもね」
俺を残して建物の蔭にみんなが隠れたのを確認してから俺は岩と向き合った。
じっくり見れば見るほど巨大さをひしひしと感じる。
その地面に埋まっていると言う本体部分も。
俺は岩の上に登り、そして高々と跳躍した。
途端に膝と腰が思い出したかのように痛み出す。
その痛みに耐えつつ、飛び上がった頂点付近でバサリと【コートオブダークロード】を翻す。
自由落下の勢いに、【飛翔】スキルの速度をプラスするのだ。
両手の拳を突き出し、途轍もない速さで真っ逆さまに岩へ向かう。
さながら黒き流星とでも言った塩梅に見えただろう。
ドゴンッ
狙い通りに岩へ直撃した。
ボゴゴゴゴゴ
しかし、勢いがありすぎて俺の身体はそのまま岩を砕きながら地中を掘り進んでいく。
だっ、誰か止めてくれぇぇ!
俺の声なき絶叫も虚しく、大地へ抱かれるように埋没していった。
大岩などとっくに突き抜け、柔らかな土と硬い岩盤をいくつも越えたその先に────
ブッシャアアアアアアア
「わぁー! すっごーい! ふんすいみたいだねー!」
「なんだか腐ったような臭いがするのじゃが」
「こ、こりゃあ……旦那ァ! まさか地下水を掘り当てちまったんですかい!?」
「ちょっと待ってください…………皆さま! これは温泉です! 湧出量もすさまじい……!」
とんでもない勢いで噴き上げる温泉水に乗って、無事地上へ帰還した俺なのであった。
……わ、わーい。
観光資源ゲットー……




