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旅へ


「パパー!」

「リヒトさん!」


 ヘタリと座り込んだ俺に、マリーとリーシャがポヨンと抱き着いてきた。

 二人の顔も俺と同様に強張っている。


 そりゃあんなもんを見たら驚くよね……

 今の魔導スキルといい、左腕に感じる女体の柔らかさといい、どちらもおじさんの心臓には悪いよ。


 しかし、俺は初級のスキルを試しただけなんだが、これはいったいどう言うことなんだろうか。

 冒険者カードを確認しても、初級魔導スキル【ファイアボルト】で合っている。

 それ以外は未習得の文字が出てるからね。

 間違いない。


「おい! 今の見たか!?」

「この街に大賢者でも来てるってのかよ!?」

「すげぇ魔導スキルだったな!」

「ありゃ戦術魔導クラスだぞ!」

「おいおいどこのバカだよあんなもんをブッ放したのは! 街が無くなっちまうわ!」

「ギルドの近くから飛んでったらしいぜ!」


 ギルド内の喧騒が中庭にまで響いていた。

 どうやら俺の放った炎を見て、幾人かがギルドへ報告しに飛び込んできたらしい。

 まるで蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。


 いかん。

 俺がやったなんて知れたら、それこそ大騒ぎになる。

 こんな、超がつくほどの新米冒険者が成せるような術じゃないことは誰の目にも明らかであるからだ。


 いま目立つのはまずい。

 俺はいいが、リーシャやマリーに迷惑がかかるだろう。


 特にマリーだ。

 少し調べられでもすれば俺とマリーに血縁関係などないことが露呈してしまう。

 そうなればきっとマリーは俺から引き離され、本当の両親が見つかるまで孤児院や施設に入れられてしまう可能性だってある。


 ともすれば、それが正しいことなのかもしれない。

 だが俺は、そんなの嫌だ。

 これがエゴだと言うこともわかっている。

 わかっていてなお、嫌だと断ずるのだ。


「リーシャ、マリー。一度ここから離れよう」

「はーい!」

「え? え? どうしたんです?」

「説明は後でするよ」


 俺はマリーを肩に乗せ、リーシャの手を引いてカウンターへ向かった。

 驚きで腰を抜かしていた俺の身体は、マリーと離れたくない一心からか、割と軽快に動いてくれている。

 虚仮コケの一念、岩をも通すってやつですかね。


「おっ、手なんか繋いでお熱いねぇ! リヒトさん!」

「なんだなんだ、主役がもうお帰りかよ! 祭りはこれからだってのに!」

「おいおい、まさかこんな時間から宿へシケ込もうってんじゃねぇだろうな!?」


 その通りです!

 何故わかったんだ!

 いや、正確にはシケ込むんじゃなくて逃げ込むんだけどな。


 俺はヤンヤヤンヤとうるさい顔見知り連中を無視し、カウンターから預けていた荷物を受け取るとそのままギルドを出た。

 職員たちからも主役がいなくなるのは困るとか散々引き留められたが構っちゃいられない。


 俺は事前に考えていた小さな宿屋へ入り、二人部屋を取った。

 本当は一人部屋をふたつ取るつもりだったのだが、リーシャが拒んだのだ。


 ベッドがふたつ並んだこじんまりとした部屋に飛び込み、ようやく大きな息を付く。

 ふー、なんだかドッと疲れた。


「へぇ、落ち着いた雰囲気のいい部屋ですね。リヒトさんの知り合いがやってる宿なんですか?」

「いいや、全然知らないんだ。だからここを選んだんだけどね」


 室内をキョロキョロウロウロしていたリーシャが、俺の言葉でキョトンとする。

 なんでかマリーまでリーシャのように首をかしげる仕草をしていた。


 きみたちは段々姉妹みたいになってきたねぇ。

 可愛いからいいけどさ。


「ヘタに知り合いがいる宿だと色々面倒なことになりそうだからね。余計な勘繰りや詮索は御免だしさ」

「あぁ、なーるほど、マリーちゃんの件とかですか。リヒトさんは抜けてるようできちんと考えてるんですねー」


 くっ。

 ちっとも褒めてないだろそれ。


 俺は憤懣やるかたない気持ちをこらえながら鎧を脱いだ。

 今日はもうクエストなんてとても受ける気分じゃない。

 考えることは山ほどあるし、このまま引き篭もろう。


「リヒトさん、宿代はいくらでした? 私、半分出しますよ」

「いや、いいんだ。これでも女の子に金を払わせるほど情けなくはないつもりなんだがね」

「え? ああ、あははは、リヒトさんのそう言う謙虚なところ嫌いじゃないですよ。むしろ好きです」

「わたしもパパだいすきー!」


 ねー、とお互い笑い合ってリーシャはマリーの頭を撫でている。

 なんとも微笑ましい光景だ。


 だけどね、うら若き乙女が軽々しく男に好きなんて言ってはいけないよ。

 勘違いする野郎どもがごまんといるんだからね


 でも、マリーにはどんどん言ってほしいかも。

 あ、勿論俺にだけな。

 ……いかんなー、完全に父性が目覚めちゃってるよ俺。


 なんでこうも可愛いと思っちゃうのかねぇ。

 目に入れても痛くない、なんて言葉も世の親たちはよく言うけど、今ならなんか理解できるなぁ。


「そもそもですよ、リヒトさん。ギルドから貰った報奨金は見ましたか?」


 拳大ほどの布袋をガチャリと取り出すリーシャ。

 そう言えば、どうせ銀貨か銅貨だろうと思って見てなかったな。

 俺も懐に入れっぱなしだった袋を出してみる。


「げ!?」

「すごいですよね! 大金貨が100枚ですよ!?」


 リーシャが紅い瞳をギラギラさせる。

 落ち着きなさい。

 金の亡者みたいになってるぞ。

 マリーまで蒼い瞳を意味もわからずキラキラさせているじゃないか。

 可愛い!


「どんな財源を持ってるんだ冒険者ギルドってのは……これだけあったらしばらく遊んで暮らせるぞ……」

「ですよね!」

「ですよねー!」


 リーシャがはしゃぐのもわかる。

 正直俺も飛び上がって喜びたい。


 なんせ大金貨で100枚っつったら、小さな家くらい買える金額だぞ。

 大発見や功績でギルドの名声が上がるとなれば、ヤツらも太っ腹になるんだな。

 まぁ、そうでなきゃ冒険者なんて誰もやらないんだろうけど。

 あー、そういや一獲千金した冒険者もいるって聞いたもんなぁ。

 まさか自分がそうなるとは思ってもみなかったがね。


 しかし大金が入ったのはいいんだが今後どうしたもんか。

 この街に小さな料理屋でも出してマリーとのん気に暮らすのもいいな。


 あぁぁ、駄目だ駄目だ。

 アトスの街は顔見知りが多すぎる。


 嫁もいない俺がマリーを連れているってだけで、絶対不審に思うヤツが出てくるよ。

 そうなればマリーと離れ離れになるどころか、俺はかどわかしの罪で捕縛、投獄されるだろうな。


 うへ、冗談じゃない。

 よしんば俺が捕まるのはいいとしても、マリーがわけのわからん施設に入れられるなんて可哀想だ。


 ……そうか。

 嫁だよ。

 俺に嫁ができれば万事解決。

 『マリーは俺たちの子です』と言うだけで全て済むもんな。


 だがこの街は駄目だ。

 となれば他の地で見つけるしかない。

 幸いなことに報奨金があるから路銀に困ることはなかろう。


 これだ!


「リーシャ、マリー。大事な話があるんだ、よく聞いてくれ」

「なんです?」

「なぁにパパ?」


 グイグイ寄ってくるリーシャとマリー。

 近い近い。

 顔が近いよ。


 俺はコホンと咳払いし、ある一部分を秘匿したままこう言い放つのであった。



「(嫁を探すため)冒険の旅に出ます!」





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