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侃侃諤諤(かんかんがくがく)


「な、なななななんですかあなたは!? 急に入ってくるなんて失礼にも…………あれっ?」


 キスシーンを見られた羞恥で激昂するリーシャの声がしぼんでいく。

 名残惜しく彼女の唇を見ていた俺も、闖入者ちんにゅうしゃの正体に気付いて度肝を抜かれた。


 立っていたのは二人。

 どちらも同じような服装を……


 って、おい。

 二人ともメイド服じゃないか!


 驚愕する俺を余所に、大きいほうのメイドさんがズイッと前に出る。

 三角眼鏡の奥で切れ上がった氷のような冷徹極まる黒い瞳が俺を見据えていた。

 そして、顔が膝についてしまうほどの深々としたお辞儀をして再び俺の度肝を抜いたのである。

 俺がやったら間違いなく腰が逝ってしまうだろう。


「お久しぶりでございます。リヒトハルト公爵さま」

「……あ、え……? ウ、ウェスタニアさん!?」

「はい。シャルロット王女付き副侍女長ウェスタニアにございます」

「ど、どうしてあなたが……!?」


 彼女は質問に答えることなくギロッと睨み、その迫力に思わずヒッと小さな悲鳴を上げてしまう俺とリーシャ。

 俺が秘かに名付けた【氷のメイド】ぶりは相変わらずのようだ。


 彼女は以前、シャルロット王女からの任務を俺へ届けてくれたことがある。

 美味しいものには敏感で、せっかくの美人さんなのだが男性には全く免疫がないと言うギャップがすさまじいメイドさんだ。


 ただし、王女からの信頼は厚い。

 鉄面皮だがきっちりと仕事もこなすし、容姿も礼儀作法も美しいからであろう。


 王女殿下は可愛い子や美人に目がないもんなぁ。

 そうでなきゃ女性だけの白百合騎士団なんて創設したりしないよね。

 リーシャのこともやたら御執心だったしさ。

 だから侍女も美女揃いなんだろう。

 他のメイドさんはあんまり見たことないけど。


「想像力の無いお二人に御説明いたしましょう。聡明であらせられるシャルロット王女殿下はこうおっしゃいました。『リヒトハルトさまははそろそろこう考えているころですわ。【有能で従順な美人秘書が欲しいなぁ。あと、できれば麗しのシャルロット王女さまと一緒に暮らしたいぜ】と、こんな感じですかしらね』と言う素晴らしい御見解を披露なされました」

「リーヒートーさーんー……そんなことを言ったんですか……?」

「言うはずがないだろう!? 誤解もいいところだよ!」


 だが、ウェスタニアさんの言った王女の言葉に、少しばかりドキッとさせられたのも本音である。

 決して王女と暮らす云々の与太話のほうではなく、前半部分だ。


 確かに最近、俺は執事や秘書の必要性をひしひしと感じ始めていた。

 所詮、一人で出来る仕事の量などたかが知れていると言うことを思い知ったのだ。


 そう言った点ではシャルロット王女の見解も全くのあてずっぽうではない。

 彼女も為政者として似たようなてつを踏んできたのだろう。

 若くとも王族として様々な研鑽けんさんを積み、それに裏打ちされた言葉……


 ……んなわけないか。

 あの王女がそこまで考えてるはずないよね。

 後半はわけのわからない妄想発言だし……

 ってか、妄想はいいけど、周囲に誤解されるようなことは言わないで欲しいよねぇ。

 それでなくともリーシャに苦労をかけちゃってるんだからさ。


「と、言うわけでございます。シャルロット王女殿下の半ば強引な決断により、リヒトハルト公爵さまへ誠心誠意ご奉仕いたすようにとの命を授かりました。あらゆるお世話を私めにお任せくださいませ。そしてそれが、この公爵領統治の一助となれば幸いであると存じます」


 すました顔でペコリと頭を下げるウェスタニアさん。


「えぇぇぇ!? 俺の世話ァ!?」

「そ、そんなのダメですよ! リヒトさんのお世話なら私がします! たとえ寝たきり老人になったとしてもちゃんと面倒みますから!」

「なんの話だいリーシャ!? 寝たきり!? ブルルッ、縁起でもない!」


 すごい勢いで酷いことを言い出すリーシャ。

 ヨボヨボの俺が彼女に介護されている様子を想像し、そのあまりのみっともなさに身震いしてしまう。


「あの、騎士リーシャはなにか誤解なされているようですが……そ、その……夜のお世話などは仕事の内容に含まれておりませんので……」

「あ、あ、あ、当たり前ですっ! そもそもそんな誤解してませんよ! そう言うのは私がしますからいいんです! それに、私はもう騎士ではありません!」

「……左様ですか。お、お二人は既にそのような御関係に……?」

「えぇ!? 普通そう言うこと聞きます!?」

「女性社会の中で育った私も、その、やはり年頃ですので男女間の関係に一応興味はあると申しましょうか……もしリヒトハルトさまの強い御希望があるならば……寝室でのご奉仕もやぶさかでないと申しましょうか……」

「はぁ!? なんで変なやる気出しちゃってるんですか!? 絶対させませんよ!?」


 ウェスタニアさんとリーシャの二人はお互いが真っ赤になりながらそんな言い合いをしていた。

 しかし俺はそれらがほとんど耳に入っていなかったのである。


 なぜなら、ウェスタニアさんの後ろに隠れ、俺の顔をチラチラと窺っているもう一人のメイドさんが気になって仕方がないからだ。


 長身のウェスタニアさんよりも20センチメートル以上小さいのではなかろうか。

 具合でも悪いのかと思うほど青白い肌。

 しかし、目を見張る美少女であった。

 そして、優しい波のようなマリンブルーの髪と、穏やかな海を想起させる美しいエメラルドグリーンの瞳が、なにかを訴えたげにゆらめいている。


 随分と珍しくて綺麗な髪の色だねぇ。

 染色にしては自然な色合いだし……

 もしも地毛だったらもっとすごいな。


 ……はて?

 俺を超チラ見してるけど、そんなにおっさんが珍しいのかな?

 彼女もウェスタニアさんみたいに幼少から宮中でメイドをやってたとか?

 それともどこかで会ったことでもあるのかなぁ。

 結構俺も王城へは顔を出してるからね。


 小さなメイドさんを、ついジッと見つめてしまう。

 怯えるかな? とも思ったが、特に臆した様子はない。


 むしろ俺が見ていることに気付き、嬉し恥ずかしと言った風に頬を紅潮させている。

 見た目は娘たちよりも年齢的に少し上だろうか。


 まるでお人形のようなその容姿に思わず口元がほころんでしまう。

 すると、彼女も花を咲かせたように微笑んだ。


 ん?

 …………ん?

 待てよ。

 そう言えばどこかで……

 うーん、どこだったかなぁ。

 こんな特徴的な青い髪の子ならすぐに思い出せそうなもんなんだけど……

 ウェスタニアさんに聞いてみるか。


「ウェスタニアさん、この子は……」

「騎士リーシャには迷惑をおかけしません。私は私なりの御奉仕をさせていただくだけでございます」

「なに言ってんですか! リヒトさんはこう見えて綺麗な女の人に弱いんですよ! あなたみたいな美人と二人きりで密室になんていたら絶対トチ狂うに決まってます!」

「私にはリヒトハルトさまがそのようなケダモノには見えませんし、信じています」

「あ、あのさ……」

「私だって信じてますよ! でもなにか間違いが起こるかもしれないじゃないですか!」

「おーい……」

「わかりました。恋人役は騎士リーシャで結構です。私は一介のメイド兼秘書として、リヒトハルトさまの……それはもう色々なお手伝いをするのみです」

「恋人役!? 役じゃなくて本物の恋人なんですけど!?」


 だ、駄目だ……

 これは割って入れるような状況じゃない。

 しかも何気にすっげぇ酷い言われようだよね……

 リーシャの『思ったことをストレートに言っちゃう病』が全開だよ。

 ウェスタニアさんもなにを考えてるんだ……こんな弾けた人だったっけ……?


 しかしこのままでは埒が明かない。

 俺はリーシャとウェスタニアさんをこれ以上刺激しないためにもそっと立ち上がり、小さなメイドさんに近付いて話しかけた。



「俺と少しお話ししないかい?」

「は、はい? ……はい!」

「じゃあ、ここは騒がしいから場所を変えようか」

「はいっ!」



 俺が差し出した手を意外にもギュッと握るメイドさん。



 一歩間違えば事案発生で衛兵がスッ飛んでくる構図だが、俺は気にしないように努めながら嬉しそうなメイドさんと共に執務室を出るのであった。




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