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小さき訪問者2


「頼もうーーーー!」


 夢の中にいた俺を瞬時に現世へ呼び戻すような大音量。

 それは就寝中の家族全員が思わずガバリと身を起こすほどであった。


「いったい何事だ!?」

「また敵襲ですか!?」

「こ、こりゃあ、噂に聞く道場破りですぜ!」

「んん~~……なぁにぃ~? パパしずかにして~」

「むにゃ? 誰か来たのかのー?」

「キュゥ~ン」

「来客? こんな時間にかい……?」


 窓から外を見ればまだ夜明け前で薄暗い。

 もしや血気盛んな領民が、仕事を早くやらせろと催促にでも来たのだろうか。


 それにしても確かに『頼もう』って聞こえたよね。

 あれって古い時代の剣士が腕試しに他の稽古場を訪ねる際の言葉だぞ。

 グラーフが言った通り道場破りなのかな?

 って、ここは道場じゃないよ!?


 起きる気などさらさらなく再度横になった家族を残し、肌寒さに身を震わせながら立ち上がる。

 寝巻のままだが、客であるならば待たせておくのも申し訳ない。

 俺は防寒に【コートオブダークロード】だけを羽織って玄関へ向かった。


 移動がてら暖炉へ【ファイアボルト】を放ち、薪に点火しておく。

 こうしておけばみんなが目覚めるころには部屋も温まるだろう。


 ドンドンと扉をノックする音。

 内部から返事がないことに待ちきれなくなったようだ。


「はいはーい。今開けますよーっと…………へ?」


 ガチャリとドアを開けた俺は、その場で硬直してしまった。

 寝起きの脳では眼前の光景に処理能力が追い付いていかないらしい。


「き、きみたちは……?」


 そこには全身を鎧で固め、兜で顔も見えない武装集団がずらりと立っていた。

 薄暗さが拍車をかけ、まるでデュラハンの群れにすら見えたのだ。


 しかし、幽鬼かと思われたそいつらは、ことごとくが俺の足元を指差したのである。

 デュラハンの首でも落ちているのかと慌てて視線を下げると────


「んん?」


 妙な声が出てしまう。

 なぜなら暖炉の炎に淡く照らされ、ピンク色に見える物体があったのだから。


「なにこれ?」


 俺も足元を指差しながらデュラハンに問うと、答えは下から来た。


「もう! なんでいつもわたしがわからなくなっちゃうのです!?」


 ピンクの物体はもぞもぞと動き、聞き覚えのありまくる声を発した。

 これもピンク色に塗装された兜を外し、茶髪のキノコみたいな頭がポンと出てきたのだ。

 この可愛らしい小動物みたいな子は……まさか。


「ベ、ベリーベリーちゃんかい!?」

「えっ! パパ、ベリーベリーちゃんがきたの!?」

「ほぉー! こりゃ珍客じゃのー、歓迎するのじゃー」

「嘘!? なんで副団長がここにいるんですか!?」

「キャン!」


 俺の言葉が聞こえたらしく、我が家の女性陣が一斉に寝床から飛び起きたようだ。

 ベリーベリーちゃんはマリーとアリスメイリスのお気に入りでもあるし、リーシャにとってみれば、かつての上司なのである。


 みんなの反応に気を良くしたものか、ちっちゃいピンク色な鎧姿のベリーベリーちゃんは、腰に手を当てフンーッと鼻息も荒くドヤ顔になった。


 そう、幼女にしか見えないがこれでも立派な成人女性(自称)の彼女こそ、シャルロット王女創設の栄えある白百合騎士団副団長を務めるベリーベリーちゃん……さんなのだ。


「長旅ご苦労様。でも、どうしてこんなところにきみがいるんだい? あっ、もしかして工事の視察とか? 進捗状況ならつい昨日王都に戻る作業員へ渡したよ」

「フフーン。リヒトハルトさまでもわからないことがあるんですね。そう言うところ、とってもかわいいです」


 いや、おっさんが遥かに年下の女の子に可愛いって言われても複雑な気分になるだけだよ……

 むしろ、ちっちゃくて可愛いのはきみのほうなんですけど。


 てか、冗談でもそんなことを言うのはやめておくれ。

 リーシャの怒気がやばいことになってるからさ。

 ほらもう、火を噴き出しそうだよ。

 おー、怖い。



「こほん。それでは、リヒトハルトさまへの口上を述べるとしましょう。我、分団長ベリーベリー以下30名! シャルロット王女のめいにより、白百合騎士団公爵領分団としてこの地に駐屯すべく馳せ参じました! リヒトハルト公爵さまにおかれましては、今後の指揮全権をお預けいたしますゆえ、分団をいかようにもお使いくださいませ! そして我々は公爵さまへ忠誠を誓うと共に、この身も剣もお捧げ致します! 団員一同、精一杯ご奉仕いたしますので末永く可愛がってください! ……ふぅ~、教わった通り、なんとか間違わずに言えたのです」



 ザザザッと片膝を付くベリーベリーちゃんとデュラハン……ではなく騎士一行。

 一瞬彼女がなにを言っているのか理解できず、少し間をおいてから。


「えぇぇぇぇ!? そんな話は全く聞いてないよ!? それに最後のほうおかしくない!?」

「えーと、ベリーベリーちゃんもいっしょにくらすってこと?」

「まぁ、噛み砕けばそう言うことじゃのー」

「副団長がここに駐屯ですって!? それよりも身を捧げるとかご奉仕とかってなんなのよ!?」

「なにがどうなってるんでさぁ! リヒトの旦那に愛人がいっぱい出来たってことですかい!?」

「そんなわけないでしょ! バカグラーフ!」

「ぐほぉっ! ……リーシャの姐さん……ナイスパンチ……ぐふっ」

「わーい! ベリーベリーちゃんよろしくねー!」

「賑やかになりそうで嬉しいのじゃ!」

「キャンキャン!」


 我が家は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなったのである。


 白百合騎士団がここに駐屯!?

 そりゃ、戦力的には申し分ないし非常にありがたい話でもあるけど……

 減ってきたとは言え、未だにモンスターの襲撃も多いからねぇ。


 でも大問題が残ってるんだよ。

 白百合騎士団と言えば、所属する騎士の全てが『女性』だぞ。

 しかも30名ってさぁ。

 ……ベリーベリーちゃんを入れて31人もだよ?

 そんな人数を収容できる建物なんてまだ出来てないんですが……


「さて、リヒトハルトさま。わたしたちの駐屯宿舎はこのお城だと聞いてますけど、荷物はどこへ置けばいいのです?」

「ちょっと待った! 今なんて!?」

「シャルロット王女殿下がそうおっしゃったのです……『白百合騎士分団は【ラインハルト城】の一階に駐屯するのですわよ。リヒトハルトさまたちは完成間近の二階を仮住まいとするようにお伝えしなさい』って」

「…………」


 あんの奔放王女め!

 なに考えてるんだよ全く!

 こっちには若い男もいるってのに!

 間違いでもあったらどうするんだ!

 ……うちのグラーフにそんな度胸はないかもしれないけどさ。


 と叫びたかったがグッとこらえる。

 不敬罪となり得るからだが、あまりの事態に声も出なかったのだ。


「わたしたちのにもつをかたづけるからすこしまっててね!」

「すぐに場所をあけるから取り敢えずはみんな入って休んで欲しいのじゃ」


 テキパキと動き出したのはマリーとアリスメイリスであった。

 それを呆然と見守りながら、俺はある疑問をベリーベリーちゃんにぶつけてみた。


「なぁ、ベリーベリーちゃん。もしかして『頼もう』とか、さっきの口上とかってフィオナ団長に教わったのかい?」

「はい、そうなのです。きっとリヒトハルトさまがお喜びになるからって」

「やっぱりね!」

「ふぇ? わたし、なにかおかしかったのです?」

「あ、いやいや、こっちの話さ」

「??」


 白百合騎士団団長のフィオナさんは清廉潔白で美人な上に腕も立つ素晴らしい騎士である。

 だけどひとつだけ致命的な悪癖があるのだ。

 それは、人をからかうこと。

 特に無垢なベリーベリーちゃんがいい標的となりやすい。


 過去にもそんな彼女にわざと幼女服を着せて俺への訪問をさせたりと、やることが結構えげつないのだ。

 しかもフィオナさんはベリーベリーちゃんがからかいに気付いた時にこうむるであろう羞恥心を想像して愉悦するタイプなのだから余計にタチが悪い。


 フィオナさんのろくでもない真実を知ってしまったら、団長に心酔するベリーベリーちゃんがあまりにも不憫ふびんである。

 なので俺は時が解決してくれることを願いつつ敢えて黙っておくことにした。



「こうしてても仕方がない……リーシャ、グラーフ、どうやら俺たちは二階への引っ越しをするしかなさそうだよ……」

「……うぅ……全然納得いきません…………私とリヒトさんの愛の巣が……ブツブツ……」

「まぁまぁ姐さん、大きな荷物はあっしが運びやすから……」



 俺たちは待ち受けているであろう前途の多難さに、頭を抱えながらもそれらを受け入れるしかなかったのである。




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