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気象操作


 マリーの一撃によって地に伏したレッサードラゴン。


 あの軽そうに見えた斬撃にどれほどの威力があったのかはわからぬが、結果的にドラゴンを仕留めてしまうとは驚くばかりであった。


 いくら俺が瀕死に追い込んでいたからと言ってもなぁ。

 こんな幼い女の子に竜を倒せるもんなのかね……?

 そもそもあの硬そうな皮膚にマリーの力で歯が立つのかい?


 いや、待てよ。

 マリーのショートソードってさ。

 確か……そう!

 副ギルド長ネイビスさんの実弟…………えーと……ダルーインさんだ!

 そのダルさんがやってる武具店で買ったんだよね。


 しかもその説明で彼はこう言ってたんだよ。

 『昔、この大陸を荒らしまわっていた竜を【剣聖】オルランディさまが討伐した折に装備されていたモノですぞ』みたいな感じにね。

 俺は正直言ってそんな逸話よりも、この剣の値段に文字通り目玉が飛び出したもんさ。


 いやぁ、てっきりダルさんの与太話だと思ってたが、こりゃ意外と真実だったのかもねぇ。

 オルランディさまが持つくらいの剣ならば、竜種特効の魔導とかが込められていてもなんら不思議じゃないしな。

 まぁ、なんでそんな貴重品がダルさんの店にあったのかは謎だけど。


「パパー! ドラゴンがー!」


 マリーの声に足元の竜を見やる。

 まだ生きていたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。


 レッサードラゴンは、その体躯の端々から細かな粒子となっていったのだ。

 砕かれた宝石片のようにキラキラした粒子が、風に乗って宙へ舞い上がっていく。


 死したのちになんの痕跡も残さない。

 これこそが竜種に名付けられた【幻獣】たる所以ゆえんであった。


 確かに存在していたのに、儚き幻の如く消え去る。

 だが、ドラゴンは決して滅びない。


 断片は世界と溶け合い、混じり合って新たな竜が生まれるとされている。

 まるで星そのものから誕生するかのように。


 ともすればドラゴンとは、天の神々と対を成す地の神々なのかもしれない。

 竜を神と崇める人々も少なからず存在するのだから。


「リヒトさーん! マリーちゃーん! リルー! 無事ですか!?」


 収まりつつある土煙の中からリーシャが顔を出した。

 俺たちを確認し、パッと表情を輝かせた彼女だったが、一瞬ののちには見る間に真っ赤となったのである。


「キャー! リ、リ、リヒトさん! なんて格好してるんですか! 目の毒ですから早く前を隠してください!」

「前?」


 目を落とせば懐にはリルが顔を覗かせ、そしてその更に下からはマントの隙間から俺のアレ(・・)が覗いていた。

 アレと言ったらアレなのだ!


「うぉあ!! こいつは失礼!!」

「もー! やだー!」


 慌ててソレをマントへしまいこむ俺。

 顔を両手で覆ってしゃがみこむリーシャ。

 しかし、彼女は指の隙間からこちらを窺っている!


 いやん!

 見ないで!

 じゃなくて、早く馬車へ戻って服を着ないと!

 マントの下は真っ裸なのをすっかり忘れてたよ……



 俺たちは一度集合し、馬車へ戻ることにした。


「わたしはさんびきやっつけたよ!」

「ふふーん。わらわは四匹もゴブリンを仕留めたのじゃー!」

「むー! でもわたしはドラゴンもやっつけたもん!」

「ぐぬぬ……それはすごいのじゃ……!」


 マリーとアリスメイリスの戦果合戦が白熱している。

 そんな娘たちの後ろを歩く我ら大人組。

 焼けた村の状況を見回る意味でもあった。


「そうか。じゃあ逃げ遅れた村人はいなかったんだね?」

「へい。あっしのほうは一人も見かけやせんでした。ウロついてたのはゴブリンばっかりでしたぜ」

「私のほうもそうでしたよ。村人かと思ったら盗んだ服を着たゴブリンだったり。紛らわしいったら」

「ははは、災難だったね。だけどリーシャ、グラーフ、本当にご苦労様。お陰で娘たちも無事だったよ。ありがとう、感謝してる」


 頭を下げた俺に慌てて両手を振るリーシャとグラーフ。


「いえいえ、そんな! リヒトさんこそすごいですよ! あんなドラゴンも倒しちゃうんですから!」

「そうですぜ! あっしなんてドラゴンがこっちに戻って来た時には、『あー、今日が命日か』なんて思ったくらいでさぁ!」

「それはあんただけよ。私のリヒトさんならなんとかしてくれるって信じてたし」

「姐さんひでぇ! あっしも旦那のことは信じてやすが、でっけぇドラゴンがきたらビビッちまうのは仕方ねぇですぜ!? ってか今、何気に『私のリヒトさん』とか言いやせんでしたか?」

「ブッ! ……そんな時だけ耳がいいのね……」


 二人の会話を聞くとはなしに聞きながら周囲を見渡す。

 思っていたよりも焼け落ちた家が多い。


 家々の中には燃えていないにも関わらずボロボロとなった建物もいくつかあった。

 これはきっとゴブリンどもの蛮行だろう。


 しかし、人っ子一人見当たらないのは実に不思議だ。

 転がっているのはゴブリンばかり。

 もしやここはゴブリンの村なのかと錯覚しそうなほどである。


 村人たちはこの地を捨ててまで避難したとでも言うのだろうか。

 もしそうならば、盗まれるような家財道具を残して行くのはおかしい。

 一切合財持っていきたくなるのが人情だと思う。


 俺は答えが出ないまま村の入口へと到着した。

 そこには戦闘も終了したと見たローレンスさんが、馬車と共に来ていてくれたのである。


 俺は急いで客室に駆け込んで服を着た。

 その間、リルが前脚で両目を隠していたのは乙女心だろうか。

 いや、単に中年の着替えなど見たくなかっただけかもしれない。


 リルを肩に乗せて入口に戻ると、ローレンスさんは膝を付いておいおいと男泣きしていた。

 故郷がこの有様では無理もあるまい。

 みんなもなんと声をかけていいのかわからない様子だ。


 勢いはだいぶ収まったとは言え、まだまだ燃え盛っている。

 このまま放置するわけにもいかないが、ヘタに消火活動をおこなったところで、それこそ焼け石に水だろう。


 俺は冒険者カードを取り出し、何か有用なスキルはないものかと検索した。

 出来れば大量に水を放出するような魔導があれば良かったのだが、そんな都合のいいものは見当たらない。

 しかし、ひとつだけ目に留まったものがある。

 俺は半信半疑でそのスキルを習得してみた。


 説明文には大きな魔導力を必要とする、と記されていた。

 なので呼吸を整え、全身に流れる魔導力をじっくりと練り上げ、左手に収斂しゅうれんする。


 そして天へ向け手の平を高々と掲げ、全てを解放した。


「【コントロール・ウェザー】!」


 快晴だった空に、みるみる黒雲が立ち込める。

 地表に多量の湿気を含んだ風が吹き寄せたかと思った時には────


 ザァーーーーーーーーッ


「ぎゃー! なんだこの大雨は!」

「キュゥン!」

「リヒトさんがやったんじゃないんですか!?」

「わー! すっごいあめー!」

「お父さまの大魔導術なのじゃ!」

「こりゃどうなってんですかい旦那ァ!」

「……お、おお……恵みの雨ですわい……火が消えていく……!」


 西の果てで起こると言う『スコール』を思わせるような凄まじい雨。

 地面を穿うがつほどの尋常ではない雨量が家々の炎をも打ち付ける。


 あぁ……せっかく着替えたばかりなのにもうずぶ濡れだよ……


 そんな見当違いの感想が浮かぶ。

 他のみんなはあまりにも雨が強すぎてしゃがみ込んでしまった。

 雨粒とは言ってもこれほどの勢いで叩きつけられれば痛いに決まっている。


 気象操作スキルの【コントロール・ウェザー】は、アリスメイリスが言った通り、魔導術の中でも上位に位置付けられていた。

 人類にとって、神々のように天候を自在に操る行為は、このスキル以外において未だ成し得ていないからだ。


 効果範囲は半径1キロメートル。

 その中の気象を、快晴、曇り、雨、雪へと変えることが出来る。


 元々の雨天を快晴に変更するなどと言った汎用性にも優れているのだが、如何いかんせん匙加減が難しい。

 今のも土砂降り程度の予定だったのに、ご覧の有様だ。


 しかし、上手く操作すれば雷雲やひょうなどにも変えられるらしい。

 そのうち色々試してみるべきだろう。


 ともあれ、豪雨によって村を襲う火災は鎮火の方向へ向かっている。

 一応の目論見は成功したのであった。


 30分ほどでその雨量は衰え、すぐさまピタリと止んでしまうあたりはいかにも魔導術だ。

 だが、効果時間延長に魔導力を傾ければ数時間は持つかもしれない。


 薄情なことに、俺を置き去りにしたまま馬車内で雨宿りしていたみんながドヤドヤと出てくる。

 術者である俺はその場を動けなかったのだ。


「完全に鎮火したようだよ。念のため手分けしてもう一度だけ村人を探そう」


 俺はみんなにそう告げた。

 しかし、全員がポカンと口を開けてあらぬ方を見ている。


 その視線は俺の背後にある村へと向けられていた。



「あのぉ。あなたがたがドラゴンを倒してくださったんですかのぉ?」



 その声に思わず振り返ると、大勢の村人がどこからともなく現れていたのであった。



 いったいどこから湧いたの!?




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