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変化


「ふわぁあぁ~……つっっっかれたぁ~~……」


 大きく伸びをしながらソファに浅く腰かけ、背もたれに首を預けた。

 連日の事後処理に追われ、ここ数日は睡眠時間すら満足に取れなかったのである。


 現に今もギルド側が王宮へ提出するために作成した報告書のチェックをしてたんだけどね。

 老眼気味の俺にはこれがなによりも辛い作業なんだよ。

 あー……目がシパシパする……


 ならば当局に任せればいいではないかと自分でも思うくらいなのだが、俺も大騒動を巻き起こした張本人の一人でもあるし、首を突っ込んだ以上は顛末てんまつまで見守りたいと言うのが本音でもあった。


 つまるところ、これはもう己の性分なのであろうと諦めるほかはないのだ。

 故に忙しくも充実した日々を送っていたのである。



 あの国家転覆を狙うヨアヒム(元)宰相との決戦から既に幾日かが過ぎた。

 俺は背もたれに首を預けたまま天井を眺め、事件から今日までの出来事に思いを馳せる。



 リーシャと共に謁見の間へ戻った俺は、大歓声と鳴りやまぬ拍手で迎えられた。

 ヒューヒューとはやし立てる者までいたのはなんのつもりだろうか。


 その中で真っ先に飛びついてきたのはマリーとアリスメイリスであった。


 そして感極まったシャルロット王女も泣きながら俺へ抱き着いてきたのだ。

 これには色々な意味でドギマギせざるを得なかった。

 ひょっとしたら国王陛下のご不興を買ったかもしれないとも思ったのである。


 しかしそれは杞憂であった。

 王は見たこともない柔和な笑顔で俺たちを褒め讃えてくれたのだ。

 絶賛と言っても差支えのないくらいに。


 周りを見れば、俺の手によって瀕死の重傷を負ったヨアヒムはグルグル巻きに縛り上げられ、彼に加担した大臣たちも神聖騎士団の手によって、ふん縛られていた。


 それ自体はいいのだが、なんと泣きわめくヨアヒムを縛り上げたのは他でもない我が娘たちだと言うから俺もリーシャも度肝を抜かれたのである。

 鼻の下をこすり、得意気な笑顔のマリーとアリスメイリスが印象に残っている。


 しかも冒険者ギルド教本にのっとった、見事な捕縛法であった。


 冒険者に合格して以来、毎日熱心に読んでいたもんなぁ。

 それにしても冒険者としての初仕事でいきなり大悪党を捕らえてしまうあたりが実に俺の娘らしいよね。

 ま、ヨアヒムの足は俺が壊しておいたから逃げようにも逃げられなかったとは思うけどさ。

 魔導で反撃される恐れもあったのに、それに臆せず捕まえちゃうのはやっぱりたいしたもんだよ。


 ともあれ、ヨアヒムとその一味は今後じっくりと査問されることであろう。

 そのあとにどう裁かれるのかは、もはや俺の知るよしもない。


 ただこれだけは言える。


 国王暗殺未遂と国家転覆を謀った罪は決して許されざるものであると。


 当の国王陛下ご本人は、癒術師のスキルや医師の献身的な治療の甲斐もあり、みるみる元気を取り戻していると聞いた。

 食欲も旺盛で、今では止める医師の声も聴かず筋トレに励んでいるらしい。

 王城が揺れるほどの怒声が響き渡る日も、そう遠くはなさそうである。


 シャルロット王女も『これならあと数十年は現役ですわね』と呆れていたと言う。


 その王女なのだが……


 ヨアヒムと主だった大臣の失脚により、宰相制は一時凍結され、現副大臣が大臣へと昇格した。

 そこまでは政治に疎い俺でも理解できる。


 しかし現在、不在となった宰相の代わりにまつりごとを指揮しているのが、何を隠そうシャルロット王女なのであった。

 これには俺も驚いたが、政変による混乱をすみやかに収めるならば、圧倒的な人気とカリスマ性を誇る王女はうってつけとも思え、妙に納得してしまったのだ。

 実際にそれほど政治的にも経済的にも支障をきたすこともなく、王都の平安は保たれていた。


 あの奔放な王女も変われば変わるものだと感心してしまったほどに。


 しかしこれにも裏話がある。


 王女の辣腕らつわんは勿論なのだが、平安を求めるにはどうしても武力がいる。

 そう、この件には騎士団が一枚噛んでいたのだ。


 軍縮案が白紙に戻り、元気一杯、やる気満々の神聖騎士団と白百合騎士団が、『有事こそ我々の出番』とばかりに率先して王城と王都の警備に乗り出したのであった。


 これだけ大きな政変ともなると、それに乗じようと暗躍する輩は官民のどちらにも少なからずいるものだ。

 騎士たちは異様に奮起し、平常の数倍もの犯罪者を捕らえたらしく、牢が一杯で困るとフィオナ団長は複雑な表情をしていた。

 やはり騎士団はこの国になくてはならぬ存在だと言えるだろう。



 俺はそこまで回想したあと天井へ顔を向けたまま、グッと瞼を閉じた。


 ここのところ、事後処理の一環としてネイビス副ギルド長やフィオナ団長らと言った今回の件に御協力いただいた関係者各位へ自ら出向いて挨拶回りをしたのだが、それによって尋常ではない疲れが俺の身体に蓄積されていたのだ。

 なにせその関係者とは数十名を超える人数なのだ。

 今やピークを迎えつつある足腰へのダメージが鈍痛と共に重くのしかかってきたのである。


 うーん、うーん。

 腰が痛いよー……

 腕のいいマッサージ師がいるって聞いたし、今度行ってみよ……むぐっ!?


 突然、俺の唇を柔らかなものが塞いだ。

 瞬時に幸福感で満たされ、思考どころか痛みまでもが寸断される。


 思わず目を開けると、覆いかぶさるように俺へキスするリーシャの顔が間近にあった。


「ぷはっ! リ、リーシャ?」

「あれっ? 起きてたんですか? てっきり寝ちゃってるのかなーって。てへへ」


 そうだ。

 もうひとつ変わったことがあったのだ。 


 それは俺とリーシャの関係である。


 ヨアヒム事件のあと、共に我が家へ帰還したリーシャ。

 想いを伝え合ったせいなのかどうか、彼女はあれからなにかと俺の世話を焼くようになったのだ。

 どうやら意外と尽くすタイプの女の子だったらしい。


 そして、やたらとイチャイチャベタベタしたがる乙女と化してしまったのである。


 別に拒む気はないし、勿論俺としても嬉しい。

 しかも、娘たちがいる時はちゃんと自重しているのが偉い。


 だが、ひとたび今のように娘やグラーフがいない場合となると彼女は一変する。

 所かまわずキスの嵐が吹き荒れるのだ。


 今まで女っ気があんまりない人生を歩んできた俺には、かなり刺激が強かった。

 ヒャッホイと浮かれたくなるほどだったが、いい年してそれは恥ずかしい。


 それに、二人きりだから問題はないとは言え、子フェンリルのリルに見られるのもちょっとだけ恥ずかしかった。

 リルは伝説の魔獣たるその知性ゆえ、俺たちの行為がなんなのかも理解しているはずなのである。



 そして、リーシャの変化はこれだけにとどまらなかった。


 いつもならば動きやすいようにホットパンツを好んでいた彼女であったが、最近ではフリフリヒラヒラのブラウスやミニスカートを身に着けるようになったのだ。

 俺の好みを考慮したつもりなのだろうが、ミニスカ好きだなどと変態じみた要望を言った覚えは全くない。

 しかしながら、年相応の街娘らしい格好はとてもキュートであるし、文句などつけようもなかった。


 問題があるとすれば、なんだか色々見えてしまいそうで目のやり場に困ることくらいであろう。



「そうだ、リヒトさん。洗濯物はあります?」

「あー、今のところはないかな。うん、大丈夫だよ」


 俺は天井を眺めたままリーシャへ返事をした。


「そうですか。洗濯が終わったらお昼ご飯の用意をしますんで待っててくださいねー」

「家事を押し付けちゃって悪いねリーシャ」

「いいんですよ。リヒトさんのためになんでもしてあげたいから私が勝手にやってるだけですもん」

「ありがとう。俺には勿体ないくらい出来た彼女だね、きみは」

「えへへー、そんなこと言われたら照れちゃいますよー! それで、まだ事後処理は終わらないんですか? なんだかリヒトさんが辛そうで心配です」


 リーシャは天井を向いた俺の顔を上からそっと覗き込む。


 疲れた様子の俺を邪魔しないように配慮しているのだろう。

 そんな気遣いもいじらしい。

 だから俺はこう言った。


「うん。でも、もうすぐ終わるよ。だからそのあとはたくさんデートしよう」

「本当ですか!? 嬉しいです! わーい! 約束ですよ!」



 素直に喜ぶ彼女の赤毛には、俺の贈った金の髪飾り。



「じゃ、私は洗濯を終わらせてきちゃいますねー! ちゅっ」



 リーシャは上を向いたままの俺へ、またもやキスをすると恥ずかしそうに駆け出していくのであった。




ここまでで第三部の終了です。


だいぶ長くなってきましたが、お読みいただいている皆様には本当に感謝しております!m(_ _)m


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