無敵の片鱗 2
ギルド中を巻き込み、期せずして始まった祝賀パーティー。
しかも、なんと冒険者カード所有者は飲み放題に食べ放題。
どこから聞き及んだのか、物凄い人数の冒険者が釣られて集まってきた。
中にはクエストを途中で切り上げてまで参加したお調子者もいるようだ。
せめて達成してから来ればいいものを。
そんな人数が集合したもんだからギルド内のキッチンではとても賄えず、近隣の飲食店からもバンバン酒や料理が届く。
当然、俺が勤めていた子豚亭からもだ。
だが、メニューの中に例の名物であるシチューが無かったのは、既にヨゼフさんの牛乳が枯渇したために作りたくとも作れなかったからだろう。
現に、シチューは無いのかと冒険者たちから怒声や罵声を浴びせられたウェイターが半泣きで謝っていたんでね。
ウェイターくんには気の毒だが、アホな料理長の自業自得だと思ってもらうほかない。
しかしまぁ、よくもこれだけ高級酒や料理を集めたもんだ。
こりゃ近所の店は軒並み大儲けだろう。
しかもその全ての費用は冒険者ギルド持ちってんだから、なんとも豪勢な話である。
それほど羽振りがいいのならば、もっと冒険者へ還元してほしいものだ。
まずは細かいところで搾取するのをやめてほしいよね。
荷物保管料とか。
わけのわからん手数料とかさ。
ともあれ、何十回目かも忘れるほど乾杯の音頭を取らされて辟易し切った俺は、閑散としたギルドの中庭へ逃げ込んだのである。
穏やかだが涼しい風に混じって、冒険者やギルド職員たちの談笑が聞こえた。
はっはっは、みんな楽しそうだなぁ。
俺はもう飲めないし食えないよ。
深酒はやめるって誓ったばかりだったんだが、早速破ってしまったじゃないか。
「パパー、おみずもってきたよー」
こぼさぬよう両手でカップを持ったマリーは、とてとてと芝生へ座った俺に向かってくる。
転んでしまうんじゃないかと心配になるが、マリーの真剣な表情を見て黙っていることにした
『子供が集中している時は、そっと見守ってやるのが親の務めなんだ。
たとえどんな結果になったとしても。
上手くいったら褒めてやればいい、失敗したら慰めてやればいい』
なんてことを言っていたのは子供が10人もいる衛兵長だったな。
彼もよく子供たちを連れて子豚亭へ食事に来ていたもんさ。
当時は流して聞いていたが、今なら彼の言ったその真意もわかるような気がする。
10人も子育てしてる人の言葉は重みが違うよねぇ。
パシャッ
「あっ……!」
悲痛なマリーの声。
どうやら手が滑って水をこぼしてしまったらしい。
「……パパァ……ごめんなさい~……グスッ……」
大きな青い瞳にいっぱいの涙をためて、ほんの少しだけ水の残ったカップを俺に手渡すマリー。
当然ながら、そんな健気なマリーに俺は耐えられない、耐える気もない。
俺はマリーを安心させるように抱きしめた。
「よく頑張ったねマリー、お水ありがとうな」
「……でも、ちょぴっとしかのこってないの……」
「ごくごく、うん、美味い! これで充分だよ」
「ほんとう?」
「ああ本当さ。マリーはパパのために水を持ってきてくれたんだろ? その気持ちが一番嬉しかったよ」
「えへへー! パパがうれしいとわたしもうれしいの! パパだいすきー!」
「パパもマリーが大好きだよ」
「ねぇ、パパー、ちゅーしてもいーい?」
おやおや、頬にキスしたがるなんて、おませさんだね。
無精ヒゲまみれだけどいいのかな?
チクチクしそうだけど。
まぁいいか、俺もマリーのほっぺにキスしてあげよう。
「いいよー」
「ちゅ~!」
「んん!?」
マリーの小さな唇が俺の唇へ!?
な、な、なんてこった!
どこで覚えたのそんなこと!?
い、いや、動揺するな俺!
これは……そう!
家族のキスだ!
うんうん、家族なら当たり前って衛兵長さんも言っていた!
「…………リヒトさんだけズルくないですかー……? 私もまざりたいんですけどー」
「げぇっ! リーシャ!?」
「りーしゃおねえちゃんだー」
木の蔭からハンカチを口に噛んだリーシャが恨めしそうに歯ぎしりしていた。
いつからそこにいたんですかねぇ。
「リ、リーシャも脱け出してきたのか?」
「はい。変な人たちがしつこく声をかけてくるもので、おちおち食事もできませんから」
「ほぉー、そりゃあ難儀だったね」
「へんなひとー?」
「そうよマリーちゃん。男の人はみんな変なの」
「パパはへんじゃないよー?」
「そうねー、リヒトさんにはお世話になってるし特別、かな? あはは」
「とくべつー!」
笑いながら俺の隣へ腰を下ろすリーシャ。
肩まである赤毛が風でなびき、俺へいい香りを送る。
ううーん、かぐわしい……こりゃヨゼフさん特製、牛乳石鹸の香りだな。
それにしても、やはり若くて可愛い子はモテるんだね。
リーシャも器量はかなり良いから納得は出来る。
ストレートに物事を言わなければ、ではあるが。
俺なんて、どの女性からも声がかからなかったぞ。
いや、正確には一人だけいたな。
いきつけの総菜屋のお婆ちゃんだったけど……
『あんれまぁ! リヒトちゃんは冒険者になったのかい!? こりゃあ、子豚亭もおしまいだわぁ!』
『まぁ、色々ありましてね……子豚亭も若手に有望なコックがいるんで大丈夫でしょう』
『駄目駄目! 先代の跡を継ぐのはリヒトちゃんだと思ってたんだけどねぇ! あの馬鹿息子が継いでからは食えたもんじゃないよ! 若手もあの馬鹿が料理長じゃ育つ前に辞めるのがオチさね! リヒトちゃん、今からでも遅くないよ、嫁さんもらって子豚亭を乗っ取りな!』
『は、はぁ……そう、ですかね』
なんて会話をしてただけって言うね……
しかし、総菜屋の婆ちゃんも言いたい放題だ。
飲食店の生き字引だけに、味にはうるさいからな。
なにせ相手は俺が十代の頃から婆ちゃんだ。
子豚亭の先代オーナーですら一目置いていたくらいだし。
婆ちゃんにはご意見番として是非とも長生きしてほしいものさ。
それにしても……嫁さんかぁ……
婆ちゃんも簡単に言ってくれるよな……
嫁さんを一番欲しがってるのは他でもない俺なんですよ。
でもそんなにすぐ見つかってるなら別の人生歩んでますって。
「そうだ、リヒトさん。私たち冒険者ランクが上がりましたよね」
「あぁ、うん、俺は文字化けしちゃってて上がったのかもよくわからないけど」
「あははは、そうでした。それでランクが上がるとスキルを習得できるじゃないですか? 試しに何か取ってみません?」
「おぉ! そうだね! いい考えだよリーシャ!」
いやぁ、すっかり忘れていたよ。
「私はまず物理攻撃系スキルを取ってみようかなーって」
「いいね、リーシャにぴったりだ」
「……なんか引っかかる言いかたですが、まぁいいです。えーと、この【スラッシュ】と言うスキルを取ってみますね」
カードに表示されているスキル欄をポチポチ操作するリーシャ。
きみのワクワクがこちらにまで伝わってくるよ。
「習得完了ー! ……えっえっ? すごい、頭の中に使い方が入ってきます……!」
へぇぇ!
頭の中に直接か!
返す返すもこのシステムはすごい。
いったいどんな魔導技術が使われているのか興味が尽きない。
世の中には天才ってのがいるものなんだねぇ。
凡才の俺にはよくわからない世界だよ。
「基本的には技名を言いながら、決められた動作をすれば発動するらしいです。ちょっと試してみますね」
リーシャはそう言って立ち上がると、腰から剣を抜いて身構えた。
むむ、そうだ。
俺は俺で試したいことがあるんだ。
まだ信じられないし、少し怖いんだけどね。
「なぁリーシャ。目標物があったほうがやりやすいだろ? ちょっとそのスキルを俺に使ってみてほしいんだ」
「えぇっ!? 危なくないですか!?」
仰天するリーシャ。
そりゃそうだろう。
自分から攻撃を喰らいにいくお馬鹿さんがどこにいる。
どんなドMだって死ぬ危険は冒さないだろうよ。
俺だって普段ならこんなことはしないさ。
「大丈夫だよ。危なさそうなら避けるからさ」
「本当ですか? 絶対避けてくださいよ?」
「うん、遠慮なくどうぞ」
「わ、わかりました、行きますよ! 【スラッシュ】!」
リーシャが縦に剣を振るう。
同時にその剣先から三日月状の光が射出された。
なるほど、剣から衝撃波を放つスキルってわけか。
うひょー、怖ぇー!
だが逃げるな!
ここで踏ん張らないと検証にならない!
「ちょっ、リヒトさん! なんで避けないんですか!」
「パパ~!」
ドゴォン
パラパラ……
うーむ、これは……やはり……
狙い通り、衝撃波を素手で受けてみたんだが、まるで痛みはなかった。
手の平を見ても傷ひとつついちゃいない。
チンピラに殴られた時。
ヨゼフさんの牧場で獣に首を噛まれた時。
マリーを救うべく、瓦礫に背中を打たれた時。
その全てで、俺はダメージを受けなかった。
今こそ予感が確信に変わった瞬間と言える。
俺の身体はどんな攻撃も受け付けなくなったのだ。




