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愚か者には鉄槌を


「何故我々がこれほど待たされるのだ! 国を預かる宰相と大臣をなんと心得る!」

「そうだそうだ! 宰相殿、これは我らに対する不敬罪ですぞ!」


 ズカズカドカドカとけたたましい足音と衛兵へ向けた罵声も高らかに、ヨアヒム宰相御一行が謁見の間へ乗り込んできた。

 総勢7名の愚か者たちがズラリと勢揃い。

 こう言ってはなんだが、中々に壮観な面々だ。


 こいつらこそ、我らが調べ上げた首謀者どもである。


 ヤツらの登場と同時に、それまでの和やかだった雰囲気が消え去った。 

 そして一斉に渋面を作る人々。

 どうやら宰相一味は王宮内でも結構な鼻つまみ者であるらしい。


 シャルロット王女に至っては『ンベーッ』とばかりに思い切り舌を出している。

 前にも言ったが、あれで王女殿下の威厳は保たれているのだろうかと要らぬ心配をしてしまった。


 いやぁ。

 しかしまぁ、どいつもこいつもひどい悪党面ですこと。

 己の保身と金品や地位にしか興味がございませんって気持ちが顔に現れてるよね……

 その中でもヨアヒムは別格だよ。


 なにか不穏な気配でも感じ取ったのか、ヤツの顔色は非常にすぐれない様子。

 とてもイライラしているらしく、落ち着きもない。

 だが自らをなんとか取り繕おうと必死に威張り散らしていた。


 奇妙な刈り上げ頭に、見えているのが不思議なくらいの糸目は相変わらずだが、青白い顔の癖に無闇やたらと汗をかいている。

 しまいには、ちょっとしたことで周囲の者を怒鳴りつける始末であった。


 それも無理からぬことかもしれない。


 ヨアヒムとその陰謀に加担した者たちだけを一塊にしてあるのだから。

 言わば隔離である。


 彼らはきっと猛烈な疑心暗鬼にさいなまれていることだろう。

 まさか計画がどこかから漏れたのか?

 もしかしたらこの中に裏切り者がいるのでは?

 そんな疑念に囚われているはずだ。


 勿論これも計略の内。

 案内兵に頼み、ヤツらが全員揃うまで足止めをしてもらったのである。


「なにぃ!? 我々の席がないだと!? 宰相や大臣に隅っこで立っておれと申すのか!? そのような馬鹿げた話は聞いたこともないわ!」


 おーおー。

 怒ってる怒ってる。

 いいのかい?

 怒ればそれだけボロを出しやすくなるんだよ?


 大人しく待っときなさいって。

 神の鉄槌は既に振り上げられているんだからさ。


 俺はヨアヒムの聞くに耐えぬ罵声の中、周囲を素早く見回す。

 フィオナ団長とネイビス副ギルド長を観衆の中に発見し、目だけで強く頷いてみせた。

 二人も万端とばかりに頷いて返す。

 俺はそのまま視線をシャルロット王女へ向けた。

 王女は俺の視線を受け、少しばかり微笑んだあと、バッと豪華な羽製の扇子を広げて口元を隠した。


 それが合図であったかのように。


「国王陛下ー! ご出座ァーー!!」


 衛兵の声が高らかに謁見の間を満たしたのであった。


 あれほどざわめいていた人々がピタリと押し黙る。

 ヨアヒム一行も同様に。

 どうやら国王の威厳自体は未だ損なわれていないようだ。


 俺と娘たちは片膝を付いて礼の姿勢へ。


 国王はかなり気だるげに、しかし背筋はピンと張ってお出ましになられた。

 王笏を杖がわりにゆっくりと歩き、侍女の手を借りることなく玉座へ着席する。

 お身体は卑劣な毒によってかなり弱っているはずだが、これも支配者たるプライドの賜物なのだろうか。

 非常に立派な王者の風格を漂わせていた。


「リヒトハルト殿。再び相まみえたこと、喜ばしく思うぞ」


 声色にも全く衰えを感じさせないのには驚いた。

 フィオナさんの話ではかなり衰弱なさっていると聞き及んでいたからである。

 これぞ王の威厳。

 王女がこの域に達するにはあと何年必要となるであろうか。 


「はっ! 恐悦至極に存じます! 本日は栄えある場を設けていただ」

「して、その子らが【最年少冒険者】であるか」


 そうでした。

 国王も王女もせっかちさんなのを忘れてました。


「はっ! 我が娘、マリーとアリスメイリスにございます」

「ふむ、これほどの幼子が早くも冒険者になったと申すか。いや、これはめでたい! 流石はリヒトハルト殿のご息女であるな!」


 国王の声に観衆も湧き上がる。

 万雷の拍手が俺たちを包み込んだ。


「さぁ、マリー、アリスメイリス。こちらへ来てよく顔を見せてはくれぬか?」


 国王のお言葉に、娘たちは俺の顔を見た。

 軽く微笑んでから頷いてみせる。


「はい!」

「はっ!」


 二人は大きな声で返事をしてから立ち上がると、赤い絨毯を軽やかな足取りで玉座へ進む。

 時折、『いや~ん! お二人とも、可愛いですわ~!』とか『王女殿下、お静かに! ……うわぁ……マリーちゃんもアリスちゃんも鎧が良く似合ってるー! 可愛いー!』などと言った、王女とリーシャの小声が聞こえてきた。


 だ、大丈夫なのかな?

 王女もリーシャも全っ然、緊張感がないんだけど……


 時にリーシャさん?

 さっきの涙はどこへ行ったの?

 俺のあの高邁な決意はなんだったんだー!


「リヒトハルトのむすめ、ぼうけんしゃマリーにございます!」

「同じくリヒトハルトの娘。アリスメイリスで御座います」

「おお、これはまたなんとも愛らしい子らであるな……特にそなたは御父上のリヒトハルト殿によく似ておる」


 国王はマリーの頭をそっと撫でながら破顔していた。

 だが、俺は内心冷や汗まみれだ。


 すみませんすみません!

 金髪碧眼は確かに俺と同じなんですが、マリーは実の子じゃないんですぅぅぅ!

 たまたま偶然なんですぅぅぅ!


「ほほう、アリスメイリスは美しい色の瞳と髪をしておるな。御母上に似たのであるかな?」


 重ねてすみませんすみません!

 アリスも俺の実子じゃないんですよぉぉぉ!

 でもどうせ『実はこの子、【真祖】でして』なんて言ったところで誰も信じませんよねぇぇぇ!


 しかし、娘たちも良く出来たもので、国王の問いにはただ満面の笑顔で答えていた。

 別段俺が口添えしたわけではない。

 娘たちは自ら考え、行動しているのだ。


 俺のために最良となるであろう選択をしながら。


 くーっ。

 泣けてくるね。


「うむ、うむ。二人とも実に愛らしい。シャルロットの幼き頃が瞼の裏に浮かび上がるようだ」

「いやですわ、お父さまったら。恥ずかしい」

「ワハハハ! なにを言うか! この二人に負けぬほどシャルロットも愛らしかったのだぞ!」

「あら? それでは今はもう愛らしくないみたいに聞こえますわ!」

「ワーハハハハ! 今のそなたは『愛らしい』から『美しい』へ変わったのだ!」

「もう、お父さまったら褒めるのだけはお上手なんですもの。わたくしのほうが照れてしまいますわ」

「ワッハハハハ!」


 …………なにこれ?

 俺だけでなく、周囲の人々も呆けちゃってるんですけど。

 って言うか、みんな苦笑いしてる……

 もしやこれって、王宮内での恒例だったりするのかい……?

 こんな衆人環視の中で毎度繰り広げられちゃうの?


 だとしたら、なんと言う親バカなんだ……

 いや、俺も人のことは言えないんだけどさ。

 いやいや、俺はまだマシなほうだよね。


「うむ、余は満足したぞ。このマリーとアリスメイリスのような幼子が将来のギルドを担うのであれば、長きに渡り安泰を約束されたと言うものだ! 我らの期待に応える素晴らしき冒険者となるであろう! 二人に神々の祝福があらんことを!」


 ドォオオオォォオォオ


 城が揺れるほどの大歓声。

 その波は一階の大ホールに詰めかけた人々にまで伝播してゆく。


 それを忌々しそうに眺めているのは隅っこに立つヨアヒムたちだけであった。

 たぶん、『下賤の者が調子に乗りおって!』などと思っているのであろう。


「そうだ、リヒトハルト殿。前回の謁見ではやむなく打ち切りとなってしまったが、まだ褒美を取らせておらなかったな。もしなにか希望があるのならば申してみよ」


 来た。

 俺は国王のこの言葉を待っていたのだ。

 全てはこの時のために。


 スックと立ちあがり、下腹に気合を込める。


 なにを言い出すのかと俺に人々の視線が集中した。

 勿論、ヨアヒムたちも例外ではない。


 そんな中、リーシャだけがハラハラした表情で俺を見つめていた。

 詳しい計画を話していないのだから、それも無理からぬことである。


 そんな顔をしなくてもいいよ。

 俺に任せておきなさいって。



 たっぷり注目されたのを確認してから大きく口を開く。




「恐れながら国王陛下へ、上奏じょうそうしたき儀が御座います!」





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