露呈せし謀略
俺は、それから二層を経て目的の階へ降り立った。
ここへ到達するまでの緊張と気疲れで意識が途切れそうなほど疲弊している。
だが、そのぶん達成感もすさまじいものがあった。
いやぁ、疲れたー! 焦ったー!
特に国王陛下がお住まいになられてる階層。
あれはもう、やばいなんてもんじゃなかったよ。
なんせ、これでもかってくらい騎士がウロウロしてるんだもんなぁ。
フィオナ団長の言ってた通りだったよ。
なんでも、【剣聖】オルランディさまが率いる【神聖騎士団】の聖騎士たちを、独断で国王陛下の身辺警護に置いたって話さ。
こう言っちゃなんだが、オルランディさまってば面倒なことをしてくれたもんだよ。
こんなことをしたら俺たちが首謀者だと思ってる宰相ヨアヒムも全力で警戒しちゃうだろうに。
オルランディさまも策謀の臭いを嗅ぎ取ったからこそ強硬手段に出たんだろうけど、これが上策だなんて思えないぞ。
文官と武官の確執が増すばかりじゃないか。
ともあれ、俺はそんなギラついた騎士たちの足元をかい潜り、時には狭い場所だと扱いづらい【飛翔】のスキルを駆使して天井付近に滞空しつつやり過ごしたりと、非常に困難な道程を乗り切ったのである。
正直なところ、ここまで来られたのはまさに僥倖としか言いようがない。
とある騎士と身体が接触した時はさすがにヒヤリとしたね。
うっかり肩と肩がぶつかったんだけどさ、その騎士が後ろの騎士に殴られたと勘違いしていきなり掴み合いだよ?
揉み合う彼らの手足が俺に当たりまくったもんでドッキドキ。
幸いそんなことにはお構いなしで、最後には殴り合い寸前までに発展するわ、隊長さんらしき人が出て来て説教タイムが始まるわでなかなかスリル満点だったね。
ってかさ。
なんであんなに殺気立ってたんだろね……
いや、彼らにとっても軍縮は騎士団存亡の危機ではあるんだけどね。
と、そんな艱難辛苦を乗り越えて、俺は宰相の執務室と居室があるこの階へ、やっとの思いで到達したってわけさ。
うむ、長かった。
ちなみにここは地上から数えて三層目である。
このフロアには宰相だけではなく、他の大臣の執務室もあったりする。
侵入予定は今のところないが。
問題は、現在宰相が執務室と自室のどちらにいるか、だ。
俺の狙いは執務室のほう。
故に深夜を選んで侵入したのだ。
ただ、彼が非常に勤勉であった場合は今も執務室で仕事をしているだろう。
しかし評判のあまりよろしくない宰相のことだ、それはあるまいと俺は踏んでいた。
「リル、俺はスキルを使うから、人が来ないか見張ってておくれ」
「キュン!」
懐のリルが快諾する。
少々元気が良すぎるが目を瞑ることにしよう。
目立たぬよう壁際に移動し、そっとしゃがむ。
ここなら階段から誰かが上がって来てもすぐに察知できるだろう。
「【走査】」
サッと視界が一変し、壁や調度品が白い輪郭と化す。
この空間把握スキルは、室内だろうが屋外だろうが透過し、問答無用でそこにある物体として表示するのだ。
なぜか王城には魔導結界が張られていないことも幸いした。
これならば探査系スキルをいくら使ったところで察知される恐れはない。
……まさかとは思うんだけどさ……
あのクソ宰相もこうして【走査】のスキルなんかで王女の姿をこっそり覗き見ているとか……?
それに気付かれたら困るから魔導結界を張ってない、なんてことはないよね……?
白い輪郭にしか見えなくなるけど、もし服を着ていない人物を見れば、体形くらいはくっきりとわかるんだよ……?
俺はモヤモヤと脳裏に浮かんでくるシャルロット王女のあられもない姿をかき消し、フロア全体を見回した。
人間や動物など、大きな生体反応を持つ者には、輪郭の中に赤い光点が表示される。
廊下に生体反応なし。
3つの室内には4つの光点。
ひとつは机に向かっているのか、モゾモゾと動いていた。
もうひとつはベッドに横たわり眠っているようだ。
残りのふたつは、なにやら奇妙な動きを繰り返している。
なぜか光点は寄り添い、重なり合っているように見えたのだ。
脳内の見取り図と照らし合わせると、そこは宰相の自室と思われた。
しかもどうやらベッドルームらしい。
……おいおいおい。
冗談だろ?
あの青びょうたん、王城の中に女性を連れ込んでるのか?
信じられんクズだな……
そんなことよりもやらなきゃならない宰相としての仕事が山積みだろうに。
見ろよ法務大臣を。
彼はこんな時間まで机に向かって執務中だぞ。
まぁ、大臣も宰相とつるんでるようだから、ろくでもない法案を模索中なのかもしれないけどさ。
だけどこれは、千載一遇のチャンスだね。
男女の情事中ってのは周りが見えなくなるもんだしな。
ヤツの執務室に忍び込むなら今をおいて他になかろう。
俺はそう決断し、しゃがんでいたせいで痛みを訴える膝を無視して立ち上がった。
いててて。
そろそろ限界も近いなこりゃ。
早く済ませないと。
窓へ近付き、開閉できるかの有無だけを確かめる。
俺にとっての脱出ルートはこれであった。
外にさえ出られれば飛んで逃げられるのだから気楽なものと言えるだろう。
そろそろ効果時間の切れかかった【擬態】のスキルをかけ直し、一応用心しながら宰相の執務室へ向かった。
無駄に立派な扉の前で立ち止まり、俺は勿論のことリルの耳もドアへ当てる。
物音は無し。
誰もいないとわかってはいるが念には念と言う言葉もあるのだ。
右手の奥からはくぐもった女の嬌声が聞こえる。
こんなものをずっと聞かされているのでは、執務中の大臣もたまったもんではなかろう。
俺は大臣の心中を察しながらドアノブに手をかけた。
想像もしていなかったことだが、それはクルリと簡単に回り、音もなく扉は開いたのだ。
不用心なこった、と思ったが、きっと宰相がここにいる時に女性の訪問を受け、慌てて出て行ったのではないだろうか。
それを裏付けるかのように、黒檀の机には書簡や巻紙が乱雑に散らばっていた。
おおぅ。
こいつはラッキー。
扱いが雑なことから目的のブツではないと思われた。
念のためザッと書類に目を通してみるも、国内における案件書などばかりであった。
いくらアホでも、さすがに機密書類を出しっ放しにはしていないようだ。
俺はやたらとデカい机を回り込み、いくつかある引き出しに手をかける。
そして当り前だが鍵がかかっていた。
ここまで来たんだ。
ちんたら開錠してる場合じゃないよ……ねっ!
俺は力づくで引き出したのである。
そこには何枚もの書類が入っていた。
一番上の題目が嫌でも目に飛び込んでくる。
『全騎士団廃止法案』
その下の紙束には目を剥くしかなかった。
『他大陸軍侵攻における無血開城の手引き書』
……なんだこれは……!?
ふざけるな!!
こんなもんが実行されたらこの国は他大陸国家の占領地になってしまうんだぞ!!
叫び出したい気持ちを全力で抑え、奥歯を食いしばりながら書類をバッグに詰めた。
疲れと憤怒で思考力は低下しているが、もはやこれが決定的な証拠であることは間違いあるまい。
他にもなにかあるのではないかと机を探っていると、床の絨毯が少しばかり不自然に盛り上がっているのを発見した。
【走査】の効果時間がまだ残っていたので発動させると、数十センチ四方の穴があるらしい。
そうか!
床下金庫だな!?
俺は絨毯をめくり、怒りに任せて床板を引っぺがす。
そこには金属製でダイヤル式の鍵が付いた蓋。
ダイヤル錠を苦も無く捻じ切り、蓋を開ける。
こ、これだ……!
金庫に入っていた品をバッグに収めた時。
「誰だ!? 誰かいるのか!?」
男にしては甲高い声が執務室に響き渡ったのである。




