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絶体絶命……?


 長い長い螺旋階段もようやく終わりを告げ、王城の上層部付近と思われる廊下に辿り着いた。


 廊下は左右に広く長く伸びており、壁にいくつかの木製ドアが取り付けられている。

 普段は使われていない場所なのであろう、松明などの灯りはおろか人の気配すら全くなかった。


 つまりは真の闇。

 俺も【暗視】のスキルがなければ動き回ることなどできないだろう。


 しかしながら、この状況は俺にとってむしろ幸運とも言える。

 神経をすり減らして進む必要がなくなったからだ。


 俺が今、なによりも恐れているのは作戦が露見すること。

 なんの言い逃れもさせてもらえず、投獄されたのちに処罰の判決が下されるだろう。


 良くても流刑。

 悪ければ絞首か斬首はまぬがれまい。


 その場合、娘たちはどうなる。

 学校どころか行く先々で犯罪者の子供と、いらぬそしりを受けることとなるのだ。

 そうなればもう王都に住み続けることは不可能であろう。


 逃げるように人知れぬ辺境へと向かう娘たち。

 子供だけではまともな生活など出来るはずもない。

 空腹に喘ぎ、世を恨み、そして絶望のまま……


 嫌だぁぁぁああ!

 俺は可愛い娘たちをそんな目に遭わせたくないんだぁぁぁ!


 畜生!

 プレッシャーでもっと緊張しちゃうじゃないか!


「キュゥン?」


 『どうしたの? パパ大丈夫?』と俺を気遣うように見上げるリル。

 彼女の虹色に輝いていた瞳は、既にいつものクリクリとした黒い目に戻っていた。


「……なんでもないさ、大丈夫だよ」


 俺は無理矢理笑顔を作ってリルの頭を撫でた。

 フワフワな白い毛並みは、俺の心をいつも癒してくれる。


 それから改めて現場を見回した。


 城内の図面は頭に入っている。

 それと照らし合わせた結果、物置の区画だと判明した。


 フィオナさんが『最上層は兵士もおらず、比較的安全です』と語っていたことを今更ながら思い出す。

 石造りの廊下にも薄く埃が積もっているあたり、本当に人が来ない場所のようだった。

 冷たい色調の石材や内装ばかりなので、余計に寒々しく感じる。


 空からの侵入者など有り得ないと考えるのが一般常識でもあるから、見回りの兵がいないのも当然と言えば当然であろう。

 鳥や一部のモンスター以外、しかもただの人間が飛行すると言うのはそれほどの珍事なのだ。


 ま、ぶっちゃけた話、ここには貴重品などないんで警備はしませんよってことだろうね。

 もしもお宝があるならもっと厳重だろうし。

 そう言ったモノは蔵や巨大な金庫に入ってるもんさ。

 俺もそんなもんに用はないからいいんだけどね。


 さて、階下へは右手から行くんだったな。


 一応足音には気を付けつつ、廊下をてくてくと歩いているうちに段々と気負いも減ってきた。

 窓からは王都の夜景が一望できたりして、なかなかの絶景である。


 南向きなこともあって、遠くには港と灯台の灯り。

 その先には海原が広がっていた。


 それらを眺めつつ廊下の突き当りを左へ曲がると大きな下り階段があり、そこだけぼんやりとした灯りに照らされていた。

 どうやら階下からの光が漏れてきているようだ。


 つまり、もう人がいるってことだね。

 確か下の階は王女の居室と侍女の待機部屋があるはずだ。

 フィオナ団長によれば、古参の侍女長には話を通してあるってことだけど、事情を知らない侍女に見られて騒がれたらまずいよね。


 俺はぼそりと【擬態】のスキルを唱えた。


 見た目や感覚に変化は起こらない。

 俺からは。


 だが、他人には俺が目前に立っていたとしても曖昧な存在として映るはずだ。

 自分で確かめるすべはないが、そこにいてもいなくなるスキルらしい。


 ただし、完全に不可視化されたわけではない。

 ものすごく注意深く見れば、なにかがいることはわかるし、直接触れれば感じることもできる。

 犬などの鼻が利く動物もごまかせないのである。


 こんなの使いどころが難しいよね……

 ネイビスさんは暗殺用のスキルだなんて言ってたけどさ。

 そんなもん習得したくなかったよ……


 俺はそっと階段を下り、上とは違って豪華な刺繍も施された赤い絨毯の廊下を進む。

 王女の居室があるだけあって、どこもかしこも立派な造りで上とは天と地の差だ。


 ただ、既に夜半を回っていることもあり、だいぶ灯りが落とされている。

 金のカンテラに灯された炎が、頼りなさげにユラユラと揺れていた。

 【暗視ノクトビジョン】を使用中の俺にはそれでも目が痛いくらいの眩しさであるが。


 コツコツコツ


 そんな折、前方から固い足音と蝋燭の火が近付いてきた。

 侍女だろうか?

 女性しか入ることを許されないこの階に、巡回の兵士が来ることはないはずだが。


 俺はなるべく壁に張り付き、呼吸すらも止めて人影が通り過ぎるのを待つ。

 コツコツと規則正しい足音。

 黒いメイド服に白いエプロン。

 間違いなく侍女である。


 彼女は俺に気付くことなく眼前を通って────


 立ち止まった。


 なんで!?

 早く行ってくれよ!


「?」


 不思議そうにキョロキョロする侍女。


 いかん!

 気付かれたか!?

 ってか、ちゃんと発動してんだろうなこのスキル!


「くんくん……おかしいわね……?」


 なにが!?

 全然おかしくないよ!


「今、シャンプーのいい匂いがしたんだけれど……私好きなのよねーこの香り」


 すみません!

 犯人は俺です!

 出がけにリルと風呂に入ってきました!


 そ、それより……!

 もう息が続かないって……!

 歳のせいで肺活量も落ちてるんだから勘弁してくれ……!


 口を手で塞ぎながら俺はカニ歩きで脱出を試みた。

 後ろの階段に戻ることは出来ない。

 不退転の決意で来ているのだから。

 ここは前進あるのみ。


 中腰で立っていたのが災いしたものか、早くも足腰がギシギシと不平を訴えかけてきた。

 気合でそれをねじ伏せて進む。


 しかし侍女はクンクンと鼻を鳴らしながら俺の移動先へついてくるではないか。


 きみは犬かっ!!


 いかん!

 激昂したら一気に息苦しく……!


 それでも無敵の肉体かと己を叱咤し、尚も進むが、やっぱりついてくる侍女。

 この静まり返った廊下では、呼吸音すら命取りとなるだろう。


 やばいやばいやばいやばい。

 もう限界だ。


 ダメだダメだ!

 この状況で息継ぎなんてしてみろ。

 すぐさま『キャー! 変態よ! 変態がいるわー!』と叫びだすに決まってる。

 それではどこぞのバカ宰相と同じ末路になってしまうじゃないか!


 もはや全力疾走で逃げ切るしかないと覚悟を決めた時。


 ガチャリ


 はるか後方でドアの開く音がしたのだ。

 次いで、やたらと甲高い声が飛んでくる。


「アンナ、そんなところでなにやってんのよ」

「クンカクンカ……ふぇ? いえ、この辺りからなにかいい匂いがするなーって」

「あんたってば、もう寝ぼけてるわけ? それよりさ、侍女長がカンカンだったわよー。日誌の提出がないって」

「えっ!? あぁぁ! 忘れてた~!」


 慌てた様子で足音と気配が遠ざかっていく。


 そしてバタンとドアが閉じ、周囲が再び静寂に包まれた途端、俺はようやく全力で呼吸を再開したのである。



 ぶはぁぁぁぁ!

 し、死ぬかと思ったぁぁぁ!


 ……いやー、見つからなくてよかったよ……


 泥棒!

 だの。

 侵入者!

 なんて罵声ばせいはまだしも。


 変態!

 とか。

 痴漢!

 などとののしられるくらいなら死んだ方がマシだ。

 いや、残された娘たちやリーシャのことを思うと死んでも死にきれないか。


 なにはともあれ、良かった良かった。



 俺はそのまましばらく身を潜め、息を整えてから探索へ戻るのであった。


 確たる証拠を求めて。




 そして、ふと気付く。



 【飛翔】のスキルで飛べばいくらでも逃げ切れたよね!?


 と。




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