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虹の瞳


 ガキッ


 さぁ、行くぞと気合を入れた矢先のことである。


 いくら押しても扉は開かなかった。


 当り前の話だが、尖塔に取り付けられた窓のようなドアには鍵がかかっていたのだ。

 出鼻をくじかれ少しだけ焦ってしまう。


 そ、そりゃそうだよなぁ。

 いくら王女が奔放だと言っても施錠くらい普通はするよ……


 俺も迂闊だよね。

 侵入者が開錠道具も持ってきてないなんてさ。


 だけど、慌てる必要はないんですよ奥さん。

 そんな時はこれでスキルを習得しちゃえばいいんです!


 ジャジャーン!

 冒険者カードー!


 謎の奥さんとは誰なのか自分ですらもわからぬが、俺は懐をまさぐりカードを取り出した。

 その時に、どうやら身体をまさぐってしまったらしく、『なになに!? パパ、遊んでくれるの!?』とばかりにリルが飛び出してきたのだ。

 大興奮で暴れまくるリル。

 ちょっと触れただけでこの有様である。



「こ、こら、リル。遊ぶわけじゃないんだよ、大人しく懐に入っていなさ…………あああああああああああ!」

「キャウゥゥゥゥン……」


 暴れすぎて足を滑らせたリルは、真っ逆さまに闇の中へ落ちていった。

 悲し気な鳴き声が遠ざかっていく。


 ここは王城でも一番高い位置。

 地面までゆうに100メートル以上あるだろう。


「リルゥゥゥゥ!」


 俺は今度こそ慌てて【コートオブダークロード】を翻す。

 【飛翔】のスキルで後を追おうとしたが、そこで異変は起こった。


「キュン、キュゥン!」


 なんと、リルの鳴き声が遠ざかるどころか近付いてきていたのだ。

 声の意味は『パパ待ってー! 落っこちちゃった! テヘッ!』である。


 泡を食って手すりにつかまり、遥か下を覗き見ると、なにもない空中にまるで足場が存在しているかのようにピョンピョンと飛び登ってくるリルの姿が。

 その愛くるしい様は、スキル【暗視ノクトビジョン】の効果で、むしろ昼間よりもはっきりと見えた。


 えぇぇぇ!?

 こりゃどうなってんだ!?


 ピョーンと最後に大ジャンプをかまし、俺の腕の中へ飛び込んでくるリル。

 楽し気に俺を見る彼女の瞳が、いつもの黒から鮮やかな虹色に変化していた。


「すごいな……きみは空を飛べるのかい……?」

「キュン? キャンキャン!」

「あ、あぁ、そう……」


 問いかけの答えは至極シンプルであった。

 『飛べるよ? だってわたし、フェンリルだもん!』と。


 いや、フェンリルが元々飛べるものだなんて今の今まで知らなかったぞ。

 しかもあれ、飛ぶってよりも跳ぶ、って感じだったし。

 まぁ、リル本人にそう言われたら、納得せざるを得ないんだけどさ……


 それに、リルの綺麗な虹色の瞳。

 今の彼女からは膨大な魔力を感じてやまない。


 事象そのものを変換させる魔導力とは違い、普遍的に存在するエネルギーを魔力と言う。

 世界に満ち溢れているものなのだが、不思議なことに我々人類はこの未知なるエネルギー『魔力』を扱うことが出来ないのだ。


 つまり、魔力を用いることが可能なのは魔物やモンスターだけなのである。

 それゆえに魔力こそがモンスターの生命活動における源だ、などと提唱する学者もいるほどだった。


 とは言え、その魔力を【魔法】として使用するにはそれ相応の知能が求められる。

 少なくとも人間以上の。


 モンスターにおいて、人を超えた脳を持つ者は非常に少ない。

 極めてまれと言っても過言ではなかろう。


 俺が倒したオークロードや、伝説の魔獣フェンリル。

 【真祖】に代表される高位のアンデッド。

 有名どころで言えば、古代から存在していると言われるドラゴンなど。


 俺の乏しい知識では、思い浮かぶのもそのくらいだ。

 高い知性を持ったモンスターはそれほどに希少種なのである。


 逆に言えば、これらの高知能モンスターがもっと多く生息していた場合、人類に出番などはなかったであろうと言うのが、学者連中の見解であり総意でもあった。


 ま、半分以上雑誌の受け売りなんだけどね。

 魔導士の端くれとしてはなかなか興味深いよ。


 興味ついでにちょっと聞いてみようかな。

 なんせその希少種が目の前にいるんだからさ。


「リルは魔法も使えたりするのかい?」

「キュウン、キャウンキュン」

「へぇー! そりゃあすごいなぁ」

「キャン!」


 リルによると、大抵のことはできるらしい。

 その『大抵』がどの程度なのかはわからないが。


「じゃあさ、この扉も開けることができちゃったりするのかな?」

「キュン!」

「マジで!?」


 リルの返答が『簡単よ!』だったので驚いてしまう。


「キャウン」

「えぇ!?」


 前脚で扉を示しながら『だって、もう開いてるもん』と言ったものだから更に仰天した。

 見れば確かにドアが開いていた。


 手前側に。


「外開きだったんかい! 一生懸命押してたよ! 俺のバカ!」


 しかもよく見たら鍵なんてついてないし!

 どこまで抜けてるんだ俺は!

 ってか、王城の防犯体制がこんなもんでいいのかい!?


 侵入前だと言うのに、ドッと疲れがこみ上げてきた。

 既に先が思いやられている。


「キャン」

「ああ、よしよし、よくやったねリル」


 『褒めて』と言われるがままにリルの頭を撫でてから懐へ収める。

 俺のアホさ加減を教えてくれた礼でもあった。


 扉から内部へ顔だけを突っ込み、人影や物音がしないかを確認する。

 リルも懐から顔を出して、いつもは垂れた耳をピンとそばだてていた。


「あれだけ騒いだ割には気付かれていないみたいだね」

「キュン」


 警備がザルすぎではないのかと思いつつ、俺はそっと身体を入口へ押し込んだ。

 場所が場所だけに、そこにあるのは階下へ続く長い螺旋階段のみである。


 副ギルド長ネイビスさんが用立ててくれた『スカウトブーツ』は遺憾なく効果を発揮し、階段を踏みしめてもほとんど足音はしなかった。


 スカウトとは冒険者ジョブの一種である。

 言ってしまえば、いわゆる盗賊の技能を持った冒険者なのだが、そこらのコソ泥とはわけが違う。


 彼らは一般人や住居などから盗みを働いたりはしない。

 もっぱら古代遺跡やダンジョンなどにおける扉、宝箱の開錠、罠の解除を専門としているのだ。


 ただの盗賊と一線を画すとすればそこであろう。


 普通の盗人ならば勿論処罰対象となる。

 しかし彼らスカウトは冒険者ギルドによって保障された存在なのであった。

 もっとも、街中まちなかで仕事を働けば話は別であるが。


 そんな彼らの仕事用ブーツがこれだ。

 基本的には革製。

 工夫を凝らしてあるのは底だった。


 地面と接する部分に厚めの柔らかいゴムシートが張ってあり、俺の体重を吸収すると同時に足音を極限まで減らす。

 更にその上から滑り止めの毛皮を張り付けてある。

 この毛皮は、とある水棲モンスターのもので、例え一面に油が撒かれた床であっても滑ることはないと言う優れものなのだ。


 いやぁ、こんなのをいてると、まるでスパイになった気分になるね。

 まぁ、今の俺はほぼスパイみたいなもんなんだけどさ……



「キュウン?」

「ああ、わかってるよリル。慎重に行こう」



 俺は耳の良いリルにしか聞こえぬほど小さく呟き、濃い闇に包まれた階段を一歩ずつ確実に降りるのであった。




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