称号
「リヒトさん……マリーちゃん……ど、どうやってあんな瓦礫の山から……?」
驚きと安堵感からか、おぼつかない足取りでこちらへ歩いてくるリーシャ。
そんな、お化けを見るような目はやめてくれよ。
ぶっちゃけると俺が一番驚いているんだからさ。
「リーシャ、手を出して」
「は、はい……? あっ、ちょ、ちょっと!」
おずおずと差し出されたリーシャの手をむんずと掴み、足早にその場を立ち去る俺。
何事が起きたのかまだ理解できていない工事夫や通行人の視線が痛いこと痛いこと。
こういう時はだな。
逃げるが勝ち!
何故なら説明を求められても答えられないからだ。
ならばとっとと立ち去るのが得策。
細かいことは後で考えれば良い。
さて、どこへ逃げ込もうか。
アトスの街は、言わば俺のホームだからな。
顔見知りが多すぎる。
よし、冒険者ギルドにしよう。
あそこなら俺たちが入って行ってもなんら不自然じゃないし、ヨゼフさんのクエスト報酬もいただける。
ヨゼフさん、お金は大事に使わせていただきますよ。
……マリーのために全部使っちゃいそうですが、それは許してくださいますよね。
俺はマリーを抱き、リーシャの手を引いたままギルドの扉をくぐった。
途端に見知った同年代の冒険者が声をかけてくる。
くっ、ここにも顔見知りがいたか。
「よう、リヒトじゃねぇか! 初クエストはどうだった……おい、見ろよ。あいつ、子連れだぜ? 子供ってか、奥さんいたっけ?」
「いや、初耳だ。まさか隣の若い女の子が奥さんで、あの小さな子の母親ってこたぁねぇよな……?」
「バカか、おめぇ、それだとあのリーシャって子をいくつで孕ませたことになるんだよ? 子供はどう見ても5、6歳だぞ? 6年前じゃリーシャもまだ子供だっただろ」
「まさか、あのおっさんはロリコンなんじゃ……へ、変態だ……」
待て待て待てぇい!
やめんかこの下世話な飲んだくれ冒険者どもめ!
妙な邪推をするんじゃない!
周りには温厚で通ってる俺も流石に怒るぞ!
「パパおこってるのー?」
「……いや、怒ってないよ。心配してくれてありがとう」
子供ってのは大人の機微に敏感だからな。
俺の怒気を感じてしまったらしい。
ごめんよマリー。
「おいおい、『パパ』だってよ……」
「やっぱり……あいつ、ロリコン趣味に……」
くそう!
完全に誤解されてる!
俺は何を言われてもいいけど、リーシャが可哀想だろ!
「いいじゃないですかリヒトさん。言わせておけばいいんですよ。さ、クエストカウンターに行きましょ」
今度は俺の手をグイグイ引っ張るリーシャ。
本当にいいのか?
きみがおっさん趣味だと思われちゃうんだよ?
顔も赤いけど大丈夫?
相変わらずガラガラなクエスト受付カウンター。
やはり暇そうな受付嬢。
これで給料を貰えるってんだから羨ましい。
しかも有望そうな若くていい男の冒険者を見つけたら、とっとと寿退職でもするのだろう。
今も手鏡を覗き込み、睫毛の手入れを入念に行っていることからもそれがわかる。
「クエスト完了報告に来ました」
「あー、はいはい。お疲れ様でしたー」
さも難儀そうによっこいせと立ち上がり、リーシャの冒険者カードを確認する受付嬢。
全く最近の若者ってのは……
仕事に対する姿勢がなっていない。
きっと腰かけのバイト感覚なのだろう。
俺が若いころなんて、こんな人を食った態度を取ろうものなら上司や先輩からすかさず鉄拳が飛んできたものだ。
今はいいだろうが、歳を取った時に礼儀のひとつも知らないのではきっと後悔する。
……やべ、こう言う思考が老化を加速するんだよな。
俺は若い、俺は若い。
「えーと、ああ、低ランクのクエストですねー」
受付嬢は少し鼻で笑いながら、手元のよくわからない装置を操作している。
どうやら冒険者カードから転送された情報を確認しているらしい。
やはりこのシステムを作り上げた魔導技師は天才であるとしか言いようがない。
それはいいんだが、わざわざ低ランクって言う必要があるか?
こっちは初心者なんだから仕方ないだろう。
ピコーンピコーン
「えぇっ!? こ、これは……!」
途端にうるさく鳴り響く俺とリーシャの冒険者カード。
目をこぼれ落ちそうなほど見開く受付嬢。
な、なんだなんだ!?
「リヒトハルトさん! リーシャさん! あなた方が倒したモンスターは未発見、未登録の新種です!」
「は?」
「へ?」
「しんしゅー?」
ポカン、キョトンとする俺たち。
新種って、ヨゼフさんの牛を襲っていたあの獣のことだろうか。
確かにあんなフッサフサで丸っこい狼は見たことがないな。
「すごい……新種の発見なんてこの街では何十年ぶりかの快挙ですよ! ちょっとお待ちくださいね! 緊急連絡、緊急連絡、全ギルド職員はクエストカウンターへ!」
「は、はぁ」
「そう、なんですか?」
「パパがすごいのー? パパすっごーい! かっこいいー!」
大興奮の受付嬢を余所に、今ひとつ盛り上がれない俺とリーシャ。
何がすごいのかもよくわからん。
マリーは興奮してるけどね。
あぁ、可愛い。
俺を癒してくれるのはマリーだけさ。
なんて思っていると、ドカドカとギルド職員が集まってきた。
飲んだくれの冒険者連中も胡乱な目付きでこちらを注視している。
待て待て、大事になってきたぞ。
このまま衛兵の詰所へ連行とかないよな?
ビシッと俺たちの前に整列するギルド職員たち。
一際大きい黒ヒゲのおっさんには見覚えがある。
冒険者ギルド、アトスの街支部長のガレスさんだ。
いや、彼も大酒飲みの癖にグルメでな。
よく子豚亭に来てたもんだよ。
「料理人……ではなかった、冒険者リヒトハルト氏と冒険者リーシャ氏には、この大発見を祝して王都の冒険者ギルド総本部から報奨金、及び、特別称号【新種ハンター】を贈呈いたす! 我々、アトス支部一同も心より御礼申し上げる!!」
ドォォオオオオ
巨躯でいかつい冒険者ギルド支部長の野太い一声に、沸きあがる一同。
窓ガラスが割れんばかりのすさまじい拍手喝采。
ドン引きの俺とリーシャ。
はしゃぐマリー。
こんな時って、どういう顔すればいいんだ。
と、取り敢えず、酔っ払い用に編み出した得意の愛想笑いをしておこうか。
な、リーシャ……
うわ、リーシャも引きつった笑顔になってる!
ですよねー。