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君がいない明日  作者: 宮城まこと
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七日目①

 俺は、このたった一週間で彼女に何をしてやれたのだろう。

 ついに美緒がこの町にいる最後の日を迎えた。

 一睡もできなかった。しかし日が変わる瞬間を見て、驚くほど落胆しない俺がいた。ただ淡々と十二時を越えてたのを見ていた。

 一度置時計を手に取り壁に投げつけようとしたが、そんなことをしても時間が止まるわけでもなく、時間が巻き戻るわけでもない。

 そっと置時計を元の場所に戻した。

 眠っている間に美緒がいなくなっているのを恐れた俺は、ベッドに横になることなく腰掛けて天井を見上げる。

 天井のシミは特に面白い表情をしているわけでもなかった。

 笑っていてるわけでも、泣いている訳でもなく。ただのシミだった。

 顔に見えなくなったのは、俺が心の中の気持ちを吐露したためか、もうこのシミが誰の代わりに笑うことも、泣くことも必要なくなったからなのか。

 カーテンを開け、美緒の部屋を見る。

 明かりはまだついている。明日――もう今日か。最後の日だ、彼女も思うところがあるのだろう。俺が眠れないように、彼女もまた眠れないのだ。

 呼べば彼女は、そこの窓から子どもの頃みたいにひょっこり顔を出してくれるだろうか?

 窓に手をかけて、なるべく音を立てないように開けた。


 夏のねっとりとした風が部屋の中に流れ込んでくる。

 俺の心の中は晴れているわけでも、雨が降っているわけでもない。いわゆる曇りだ。晴れることも雨を降らすこともできる。

 すべては自分次第なのだ。

 どうしてだろう、こういう日に限って空は綺麗なのは。

 羨ましいぐらいの隅々まで澄んでいる。一点の曇りなしとはまさにこの事だ。

 迷っているときは、いつだって空は腹が立つほど天気が良い。人生そんなに悲嘆することないぞ。と余計なお世話で元気づけてくれる。

 天に唾を吐いても自分にかかるだけだ。

 だから俺は一言だけ残す。

 ふざけるな。

 言っただろう、余計なお世話だ。お前に押されなくても前にぐらい進める。自分が進むべき道ぐらい決められる。

 そう、決められるはずなんだ。

 燻っている想いがあるなら、彼女を呼んで伝えればいい。

 それとも灰になるまで燻り続けさせるのか。

 好きな道を選べ。

 この岐路を選ばずに彼女は呼べない。


 俺は窓を閉めた。

 ベッドに座り、頭の中を整理した。

 彼女に対する想いを、整理する必要があったのだ。

 前提として、俺は美緒のことが好きだ。これは何度も確認していることだ。幼い頃から彼女と時間を共有して生きていた。

 気がつけば、彼女の太陽のような明かりに引き寄せられていた。

 彼女の笑顔は、目に映るすべてより綺麗だった。

 彼女の言葉は、どんな偉人より先生より心に響いた。

 彼女の優しさは、目に見えない傷を癒してくれた。

 彼女の手は、立ち止っている俺を引っ張っていってくれた。

 彼女の足は、俺と足並みを揃えて独りじゃないことを教えてくれた。

 些細なことで気を落とし、ときには飛び上がるほど喜んだ。望むことすべてをやってあげたくて、彼女の小さい歩幅に合わせて少しでも長く、一緒にいたかったために歩いた。

 笑ってくれれば、春の陽気に当てられたように心と体が温かくなった。悲しそうな顔をすれば、俺の心まで冷たくなって痛くなった。

 目が合えば好きだと伝わってしまう気がした。だから、目を合わすのがほんのちょっと怖かった。だけど今は後悔している。

 綺麗な目をもっと見てあげて、褒めてあげれば良かった。


 彼女は真っ直ぐ俺を見てくれた。彼女だけは、本当の俺を見ていてくれた。

 困ったことをすれば何も言わず手伝ってあげたかった。昔みたいに頼って欲しかった。でも、美緒は一人でなんでもできてしまうから、悲しいことに俺の助けなんてほとんどいらなかった。

 手を繋げば、言葉なんていらない気がした。

 あわよくば、好きだと伝わって欲しかったのかもしれない。

 ほら、俺は口下手だから。上手く美緒のことが好きだと言えるかどうか分からない。

 美緒は勘が良いから察してくれると思ったんだ。

 だけど、そんなことはなかった。

 言葉にしなくてはいけないことなんだ。

 いつも俺を挑発する彼女の口は、何も言ってくれなかった。

 行きたくないとも、離れたくないとも。

 どれでもいい、言ってくれれば俺が連れ出してどこにだって行った。きっと別れが来ない場所にだって。

 彼女は別れを受け入れて、この一週間を全力で楽しんだ。

 葛藤もあっただろう。不安も、混乱も。それらを受け入れて彼女は決意したんだ。俺に引っ越すと教え、やり残した事をやるために。

 彼女は健気で強い。

 俺には無いものだ。

 俺は弱いから、ただ嫌だって叫んでいる心を切り離して、無理矢理に受け入れていたんだ。


 彼女に抱いた気持ちにさえ、誤魔化し続けて。

 分かっている。どれだけ奥底に追いやっても必ずそれは這い上がってくる。そして、俺を駆り立てるだろう。

 怖いのだ。あの日の俺たちに戻れなくなるのが。傷つくのが。

 ありがとうでもなく、さようならでもなく、好きだと伝えるのが怖い。

 だから必死にこらえた。

 美緒のことを嫌いになる努力をした。でも無駄だった。彼女と手を繋ぐたびに、彼女の笑顔を見るたびに彼女を好きなって、抱きしめたくなった。

 頭の中から彼女を消そうとしても、かえって彼女のことばかり考えてしまう。

 滑稽な話だ。

 一度想った心は、口にした想いは、掻き消すことなど出来ない。上書きすることなんて出来ない。

 認めてしまうしかないのだ。

 どうあっても、何をしても、どれだけ否定しようとも俺が彼女のことを好きなことに間違いない。自分に素直に生きられたら、彼女が幼馴染じゃなかったら、もっと簡単に想いを言葉に乗せられただろうか。

 近すぎたから、俺がひねくれて成長してしまったからこうも難しいのか。

 そんなことはない。誰も彼も、例外なく簡単に行く恋などない。平凡な俺たちの前にこんな壁が立ちはだかっているのだ。

 俺たちだけが特別というわけじゃないだろう。

 

 こんな恋はこの世界ではごまんと溢れている。

 でも、この気持ちだけは誰のものでもない自分だけのものだ。大切にするのも、捨てるのも俺次第だ。他人にどうこう言われて決めることじゃない。

 逃げてきたつもりだった。

 思ったより、もう一人の俺が追いつくのが早かった。

 想いの波に飲み込まれても良い。だけど、泳ぎ方は俺が決める。

 彼女はいつも、微笑みながら何も言わずに近づいてくれた。心に寄り添ってくれた。今度は俺が歩み寄る番だ。彼女の心に一歩、踏む込む番だ。

 怖くても、傷つくのが嫌でも、この想いを伝えなければいけない。

 俺が弱いから、彼女が隣にいない喪失感に耐えられないから、初めての恋で忘れ方も知らないから、こんな方法しか思いつかなかった。

 きっと俺は君を困らせるだろう。縦に首を振ってくれなくても良い、横に振ってくれたって良い。ただ聞いていてほしいんだ。

 ごめんな、身勝手な俺で。

 言うよ、好きだって。美緒のことがずっと好きだったって。

 気持ちに整理をつけて、俺は美緒の部屋の電気が消えた事を確認してから、彼女に想いを伝えるともう一度だけ心に誓った。

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