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君がいない明日  作者: 宮城まこと
14/18

六日目②

 電柱の間に祭りの提灯が吊るされ、夜の雰囲気を一層怪しくする。明かりが灯り、町をほんのりと淡い光で彩る。

 祭りの夜とはどうしてか、不思議な感覚に陥る。

 気味の悪い感覚ではない。でもどうしてこんなに怪しく煌めていているのか、誰かに説明してほしかった。

 終わった後の喪失感と胸に残る幸福感が入り交じり、どうもやり場のない焦燥感に駆られてしまう。

 それが歳を重ねていくごとに大きくなっていくのだ。

 俺が祭りで気後れする原因の一つでもある。

 あの脆く儚い感情に支配されるのが、嫌いだった。

 しかし、隣にいる彼女はどうだ。まったくそんな心配をしていないと言わんばかりに歩いているではないか。

 すべては俺の杞憂なのだ。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。永遠に味わうことなど、浸っていることなどできない。終わった後には虚無感が待っている。

 きっと、彼女はそれさえも楽しいと言ってしまうのだろう。

 限りがあるからこそ人はその瞬間を思う存分味わうことができ、終わりがあるからこそ人は次へと安心して向かえるのだ。

 気が楽になる。終わることは悪いことじゃない。そう思えるだけでずっと。


 多くの人波に流されるように俺たちは神社へと歩を進める。神輿の行列もそろそろ、神社の本殿に着いた頃合いだろう。

 これからが祭りの本番。

 どんどん人の流れが神社へと集中する。大きな場所でこれだけの人波だ、小さい子どもだと親の元から離れた瞬間に迷子になることは必至だろう。

 俺がそうだったように。

 迷子は人生で二度経験したが、もう経験はしたくない。

 周りには子どもに急かされる親子連れがいたり、俺たちと同じように学生が甚平や浴衣を着た恋人たちが手を繋いで歩いている。

 手を繋ごうにも、美緒の左手には信玄袋がある。

 そのせいで上手くいかないのだが、上手くいかないほうが良いだろう。想いの激流に負けてはいけない。ぐっとこらえて収まるのを待つのだ。

 恋慕の感情はこういう夜に暴れ出すものだ。気を抜いてはいけない。その獣に喰われてしまう前に遠くへ逃げておかなければ。

 逃げたからといって、解決には至らないのだが。ただ解決を先延ばしにしているだけだ。

 日が傾き始めている。あの怪しい夜が顔を出し始めているが空を見上げて確認した。

 胸に刺さる想い欠片。どうかそこから噴き出してしまはないように、天命にすべてを任す。

 まさに人事を尽くして天命を待て。というわけだ。


 美緒が裾を引っ張り、あれを見てと空を指差す。

 仄暗い空にはすでに星が散りばめられていた。

 今日は特に星が綺麗な日だと、たしか天気予報で言っていた気がする。普段は星などに興味などないが、彼女と見上げる星空は存外悪くない。

 どれがどの星座なのか、どれが北斗七星でどれがアルタイルでどれがベガで、どれが乙姫でどれが彦星なのかまったく知らない。

 そういうロマンチックなことは、美緒が知っている。

 彼女は星が好きで、家族と一緒に遠くまで星を見に行くこともあった。残念ながら俺の家系はみんな夜更かしが得意ではなく、星を見る前にみんな寝てしまうのだ。

 せいぜい見上げて月ぐらいだろう。

 星の図鑑をわざわざ俺の家に持って来て、小学校の夏の自由研究で発表してたっけ。

 彼女の星好きはどうやら、変わっていないらしい。

 隣でなにやら俺に教えてくれているが、何を言っているのかまるで理解できてない。

 ごめんな美緒、話について行けてなくて。

 北海道はここより、数倍綺麗に星が見える。美緒のことだ。親から借りたカメラでその星空を撮って俺に送ってくれることだろう。

 そこに一言だけでもメッセージを乗せてくれれば、それだけでいい。

 美緒が元気でいるなら、それだけでいい。


 それにしても、北海道か。

 この町からは遠く離れている。でも、会いに行けない距離じゃない。寂しくなったら飛行機にでも乗って会いに行けばいい。

 そうしたら、彼女を驚かせてやろう。

 連絡も何もなしにいきなり行ってやって、そこらのスーパーで買ったスイカを片手に目の前に現れてやろう。

 美緒の驚く顔が目に浮かぶ。

 やはり、俺は自分自身の中で彼女との別れを受け入れている。

 ようやく止まっていた時間が動き出した。たった一週間という短い期間で俺たちは数年分の思い出を作ってきた。

 この両の手じゃ収まりきらないぐらいに。

 しかし、心は満足などしていない。もっと一緒にいたかった。もっと笑い合いたかった。もっと楽しい時間に浸っていたかった。

 どうしようもなく欲張りだな。

 別れを嫌っていたもう一人の俺は、知らない間に消えていた。その代わりに、別れを受け入れた俺がいつの間にかそこにいた。

 彼はどこに行ったのだろうか。

 消失が哀しくもあった。


 過去にこだわっていた俺の姿があったことも、また真実なのだ。

 現在と未来から目を逸らして、後ろを振り返っては記憶を懐かしむだけの日々。我ながら空虚な毎日だった。

 彼女が抜けてできた穴を、また彼女は埋めてくれた。

 だから俺は受け入れてしまっても、自分を非難しない。否定などしない。

 否定をしてしまえば、この一週間は嘘になる。そんなことをしたって、ただ虚しくなるだけだ。だから俺は自分を非難するのを止めた。

 ようやく神社へと続く階段へ到着する。

 履き慣れていない下駄で階段を上るのは、大変苦労した。

 俺はまだ甚平だったからよかったものの、美緒は浴衣の裾を踏んでしまわないように慎重に歩いていた。加えて、慣れていない下駄も履いている。

 彼女がいつか転ぶのではないかと気が気ではなかった。

 そして、俺の予想通りに彼女は階段を踏み外してよろける。

「危ない!」

 咄嗟に出た俺の右手は彼女の左手首を掴んだ。

 彼女はきょとんとした顔をしていた。まさに心此処に在らずと言った感じだ。

 片手だけで軽い彼女を支えているのも限界がある。俺は手を引いて彼女を自分の元へと引き寄せる。

 胸に抱き寄せる形になってしまったが、周りの目など気にせずに彼女に怪我がないか調べる。


 上から下まで見る限り、怪我はない。

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

 俺は彼女から大丈夫の一言が聞きたかった。

 だが、美緒は俺に向かってこう言った。

「賢ちゃんにも男らしいところあるんだね。驚いちゃった」

 君ってやつは。

 こっちが心配しているのを知ってか知らずか、質問に答えを返してくれなかった。

 まっ、こんなことを言えるのだ。どこも怪我なんてしていないんだな。

 俺は目を瞑り一息つき、安堵する。

 目を開けると、先ほどまでそこにいた美緒の姿は消えていた。彼女は子どもなのか。どうして目を離したもとい、目を瞑った瞬間にどこかに行ってしまうのか。

 俺が親だったら、捕まえて小一時間ぐらい説教しているところだ。

「ほら、賢ちゃん行くよ!」

 彼女は先に階段を一段上に上がっており、俺を手招く。

 頭を掻き、仕方ないなと自分の甘さに呆れつつ階段を上がる。

 祭りは盛況。多くの人が楽しそうに闊歩している。

 これは子どもが迷子になったら、どうしようもないな。

「ねぇ、賢ちゃん?」


「どうしたの?」

 俺も彼女から目を離してはいけないな。

 美緒は俺の心情を察してくれたのかどうかは分からないが、何も言わず熱を帯びた微笑みを向けながら手を差し出す。

「迷子になっちゃうと困るから手を繋ごうよ。あのときみたいにさ。ね、いいでしょ? 私の残り少ないわがままだと思って」

 そう言われて断れる方が少ない。

 俺は快く彼女の手を握った。

「まずは、どこに行きましょうか?」

 鳥居をくぐり、出店を見渡す。

 多すぎて絞れないっていうもの、考えものだな。

「そうだな……。美緒が行きたいところとか?」

 なんともまぁ、主体性の無いことを。

「じゃあ、私が賢ちゃんが行きたいところに行きたいって言ったらどうするの?」

「そう言うのはずるいぞ。分かった。まずはリンゴ飴を買いに行こう。いつもみたいに」

「賢ちゃんなら絶対にそう言うと思った」

 そう思ってるなら、初めにリンゴ飴を買いたいって言ってくれよ。

 女心とは難儀なものだと、痛感しながら人混みの中を踊るようにして歩いて行く。


「なぁ美緒。この際だから聞くけどさ、子どもの頃はどうして獅子舞が嫌いだったんだ?」

 彼女は張り詰めた物を解くように、息を吐く。

 少々呆れた顔で質問に答えてくれた。

「そんなこと? まぁ恥ずかしい話じゃないけど。あの動きとあのお面が嫌いだったのよね。でもお母さんに、噛まれると頭が良くなるとか言われて渋々頭を噛ませてあげているけど、今もちょっと苦手なのよね」

 彼女は歩み止めて、道の端を指差す。

「次は綿あめでも買いましょうよ。せっかくなんだから」

「そうだな。でも、リンゴ飴と綿あめを食べて大丈夫か?」

 女子だから体重云々の話は喉から出かかっていたが、デリカシーが無いと怒らせそうなのでそっと飲み込んだ。

「良いじゃない。せっかくのお祭りなんだから」

 彼女が獅子舞を嫌っていた理由は大方予想通りだった。

 前にも一度聞いたことがあった気がするのだが、いかんせん思い出せない。

 だから彼女も少し呆れた顔をして、俺の質問に答えたのか。

 俺たちは無事にリンゴ飴を買い、道を遡って綿あめも買った。

 彼女に賢ちゃんも買わないの? と言われたが、俺は遠慮しておいた。お小遣いはまだ取っておく。

 一度道を外れ、人気のないベンチに腰を下ろした。

 彼女は座ると、早速足を延ばしてリンゴ飴を舐め始めた。綿あめを傍らに置きながら。


「うん、やっぱり美味しいわ」

 飴を舐める彼女を見て、俺もつられて飴を舐め始める。

 味は変わっていなかった。相変わらずしつこいほどの甘さで、舌が馬鹿になりそうだ。嫌いではないがどうも好きになれない。

 甘い物は苦手ではないが、こうも甘すぎるとげんなりする。

「賢ちゃんは座らないの?」

「俺は良いよ。疲れてないから」

 今の彼女の隣に座ると、自分でも何をするのか分かったものではない。また自制心が無くなるのを防ぐことに手一杯なのだ。

 美緒はベンチの横をとんとんと叩く。

 いいから一緒に座ろうと誘ってくれていた。

 君はやっぱり、わがままだ。俺のことを全く考えてくれないじゃないか。俺がどんな気持ちでいるのかも知らないから、そんなことができるのか。

 彼女のわがままはもう慣れっこだ。

 聞いてやれるのもあと少しだ。わざわざ二度も断らない。

 それじゃあ、隣に失礼するよ。

 俺は彼女の隣に腰を下ろして、一息ついた。

 体は程よく疲労した。


 大丈夫だと思っていたのだが、サッカー部のマネージャーをしていた功か人の目に見えない疲れに彼女は敏感らしい。

「足は大丈夫?」

 彼女の浴衣から太ももまで、はだけている白い足を見ながらそう言った。

「履き慣れていないからちょっと痛いかな。さっきも転びそうになったし、疲れもたまっちゃうわ」

「女の子のお洒落は大変なんだな。頭が下がるよ」

「そうなの、女の子のお洒落は大変なのよ。痛いのを我慢しないといけないし、お金もかかっちゃう。でも、大切な人にちょっとでも褒めて欲しくて女の子は頑張るの。賢ちゃんも、もう少し褒めてくれると思ったんだけどな」

 彼女は冗談ぽく、夜の風が頬を撫でるように笑いながら言った。

 あれでも一応、頑張って褒めたつもりなんだけどな。どうやら彼女にはそれだけでは足りないらしい。今度、言える機会があるのならもっと褒めてあげよう。

 彼女が思わず赤面するぐらいに。

「ねぇ、リンゴ飴を交換しない?」

 彼女の提示に面を喰らって、リンゴ飴を舐める舌が止まる。

「どうして? 美緒は自分の分を買っただろ?」

「賢ちゃんの方が大きく見えるから、欲しくなっちゃった」

 当たり前だろう。美緒の方が舐めている時間が長いのだから小さくなるのは当然だ。


「ねぇ良いでしょ?」

「ダメって言ったら?」

「無理矢理にでも舐めるよ? 私は欲しいものは手に入れる強欲な女なの、フフ」

 言葉では彼女に勝てる気がしない。もとより、勝つつもりもないのだが。

「分かった、いいよ。どうぞ」

 俺はリンゴ飴を差し出す。彼女は自分の持っていたリンゴ飴を俺に手渡し、交換が成立する。

 本当に強欲な女性(ひと)だ。素直にそう言えるのは羨ましい限りだ。

「間接キスだけど大丈夫?」

 彼女に意地悪をしてみた。たまには良いだろう。俺にだって意地悪をする権利ぐらい許されているはずだ。

「うん、別に気にしないけど。この前だってしちゃったし。なに? そんなに気になるの?」

「気になるって。そもそも気にするのが当然だと思うけど」

「それじゃあ、人気もないことだしここで本物のキスでもしましょうか?」

 彼女は俺のリンゴ飴にキスをして、小悪魔も顔負けの雲の影に隠れる三日月のように笑う。

 紅い唇に視線を奪われる。この唇から俺を困らせる言葉が量産されているのか。塞いでやりたい気持ちもあるが、俺はかぶりを振る。

「止めておくよ。そういうのは大事なときに取っておきなよ」

 彼女に柔らかく笑いかけ、俺は立ち上がる。

 

 彼女は頬を膨らませて、不満げな顔をしていた。俺に理由は分からない。知ろうともしないのはきっと、知ってしまえば今の二人に戻れないような気がしているからだ。 

 境界線を越えるだけの勇気は悪いが持ち合わせていない。

 臆病な俺を許してくれ、美緒。

 俺たちはリンゴ飴を食べ終わり、また手を繋ぎながら人混みの中に戻る。

 次はどこに行こうか悩んで、適当にふらふらと人混みに流されるまま歩いて行くと、金魚すくいの店の前に流れ着いた。

 金魚すくいか。久しくやっていないな。自他ともに認める不器用さで苦手だった。いつもポイに穴を開け、一匹もすくえず悔しい思いをした。

「金魚すくい……ね、苦手だったな。でもせっかくだからやっていかない?」

 彼女が信玄袋から財布を取り出すのを手こずっていたため、手っ取り早く財布を持ち出した俺が二人分を払った。

 ポイを持ち、袖が水に浸かってしまわないように構える。

 慎重に見ずに入れ、水面に上がってきた金魚を目掛けてポイをすくい上げた。

 結果は惨敗。一度もすくえることなくポイは破けてしまった。

 がっくりと肩を落としていると、横で彼女が踊るように金魚をすくっていた。だが、連続ですくえたのも四匹ぐらいが限度でついにポイが破れてしまった。

「あっ、おじさん。仲良く二匹ずつに分けてね」


「分かったよお嬢ちゃん。彼氏さんと仲良くな」

 彼女は笑いながら、金魚が入った袋を二つ受け取る。

 金魚すくいの店を離れて、彼女が肩をちょんちょんとつつく。

「はいこれ、賢ちゃんの分だよ。さっき、お金を出してもらったから。久し振りにやったけど楽しかったな」

「俺も楽しかったよ」

 元気に泳いでる金魚を見れてだけどな。

「それに彼氏さんだって。私たち付き合っているように見えたのかな? どう思う?」

「お祭りで男女の組は大体そう見えるってことさ。次はどこに行こうか?」

 焼きそばか、はたまたたこ焼きか。いや型抜きってのもありだな。……不器用だってことを忘れていた。あとはお面屋か射的か。

 彼女の質問に素っ気なく答えて、次にどこに行こうか迷っていると美緒が突然腕を組んできた。

 柔らかいものが腕に当たっているし、彼女から匂う不思議と好きな匂いが鼻孔を充満していく。

「ただ歩いていても恋人に見えるなら、こうしていたって構わないでしょ?」

 彼女には敵わない。

 俺はこれ以上何も言わず、彼女を引き剥がすことなく歩き始めた。

 彼女がそうしたいならさせてあげるもの、また今日は祭りだからだ。だから特別だ。恥ずかしいのも我慢して、早まる鼓動が相手に伝わらないことを切に願いながら、こうして我慢しながら歩いてあげる。

 男の子だって色々と我慢してるんだよ。お互いに面倒な性別に生まれてきたな。


 射的をするために歩いていると、彼女を手を引いてこっちに行きたいとただをこねた。

 彼女に引かれるまま向かうとそこにはお面屋があった。狐の面、流行りもののキャラクターの面に戦隊ヒーローの面、仮面ライダーの面などなど。

 時代のニーズによって試行錯誤しているのだと、お面屋の苦労が伝わってくる。

「賢ちゃん、このお面私に似合っていると思わない?」

 彼女は無邪気に狐のお面を被る。

 たしかに男を手玉に取るという点では似ているのかもな。こんな冗談は思うだけにして、彼女をそっと諭す。

「似合ってるけど、俺たちはもうお面をつけるっていう歳じゃないだろ?」

「似合ってるなら別にいいのよ。おばさん、これ頂戴」

 彼女はお金を払って、お面を手にしたまま歩きはじめる。

「どうしてお面を?」

「どうしても形で残る物が欲しかったのよ。二人で来た思い出としてね。これ、北海道に行ったら部屋に飾っておくわ」

 それがいい。なんて言えず俺は無言のまま、ぎゅっと強く手を握った。

 彼女もまた握った手を強くした。

 そのまま目的の射的まで歩いてくと、盛況のようだった。俺たちの番が来る頃には多くの景品が落とされていた。


 俺も形として何か欲しかった。適当に狙いを定めて撃つが、どういうことだろうか。当たっても景品が落ちない。

 先ほどまでボロボロと落ちていただろう。

 店主を問い詰めるわけにもいかずに結局何も取れず、彼女に笑われてしまった。

 俺は落ち込みながら、神社の本殿まで歩いてきてしまっていた。ここからは引き返すしかない。仕方ない立ち寄らなかった店にでも行こう。

「せっかくだからお参りしていきましょうよ」

 彼女も申し出によって俺たちはお参りすることになった。

 ご縁がありますようにと五円玉を取り出そうとするが、財布には十円と一円。それと百円玉が数枚。お札が少々入っているだけだ。

 こんなことなら残しておくべきだったと後悔しながら、十円を取り出して投げ入れる。

 二礼二拍手一礼を済ます。

「美緒は何をお願いしたの?」

「私? 家内安全とその他諸々かな。その他の内容は秘密ってところね。そういう賢ちゃんは?」

「俺も家内安全と、その他諸々だな。その他の内容は秘密ってことで」

 美緒が北海道に行っても、健やかに過ごせますように神に願った。

 別に隠す必要もないが、別に言う必要もないだろう。

 彼女はピンクの腕時計を確認して、「大変だわ」と言った。


「賢ちゃん私について来て。もうすぐ花火でしょ? 静かでよく見える良い場所知ってるの」

 俺は彼女の言われるがまま、彼女の小さな背中を追いかけて行った。

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