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君がいない明日  作者: 宮城まこと
13/18

六日目①

 この町の夏祭りには大物芸能人も来やしないし、住民がするカラオケ大会もない。だったら何をするかと問われれば、俺はこう言う。

 花火を打ち上げるのだと。

 田舎町では珍しく、町内が一丸となって花火を打ち上げるのだ。

 神社で出店が並び海岸線から花火が打ち上がる。波辺はこの町のどこからも見ることができるので、俺は中学生の頃から外に出ず自室の窓から眺めていた。

 今宵の天気は快晴。

 またとない祭り日和である。

 この花火祭りは、この寂れている田舎町の数少ない名物であり、その界隈では有名であることから県外から多くの人が来る。

 おかげで町は朝からお祭りムード一色。

 甚平を着た子や、はしゃぎ子どもを追いかける母親がちらほら見受けられる。

 出店が始まるのは昼からだ。早く神社に行って遊びたいのは、どの時代の子どもも変わらないらしい。

 出店の種類は意外と王道を極めていて、やきそばにヨーヨーとおもちゃ屋。そして焼き鳥、型抜きだってある。

 美緒が好きだった綿あめやリンゴあめもまだ売っているのだろうか。

 屋台のおじさんは人柄がよくて、よくおまけしてもらったものだ。

 今日は特に暑い。色々な物が飛ぶように売れるだろう。


 俺はこうやって、家の中からでも祭りの雰囲気が味わえるので見ているだけでも満足なのだが、美緒はそうはいかない。

 毎年に一回しかない祭りに胸躍らせ、友達を連れて浴衣を着て遊びに行くのだ。

 子どもの頃であんなに似合っていたのだ、今着ればどれだけ似合うことか。

 想像してみるが、浴衣に着られるのではなく見事に着こなしていた。

 彼女には和服が似合うと思うのは、俺だけだろうか。いつもは洋物の服を好んできているのだが、ああいう服も悪くない。

 一言だけでもいいから褒めてあげようかな。

 いや、彼女のことだから褒め始めたらもっともっととせがむことは火を見るよりも明らかだ。だから、褒める言葉をいくつか用意していたほうが良いだろう。

 美緒にとっては、最後になるかもしれない夏祭り。

 俺はそれに誘われている。

 二人きりで遊びたいそうだ。

 ああ、そう言えばこれだけ一緒にいたのに俺は美緒と二人きりで夏祭りに行ったことが無かった。今回が最初で最後なのか。

 行くチャンスはいくらでもあった。でもそれに目を瞑り潰してきたのは他の誰でもない俺自身だ。これが正真正銘、最後のチャンス。

 これを無くすわけにはいかない。


 これは彼女の四つ目のやりたい事でもある。

 五つ目のやりたい事は見つかったのだろうか。そこのところは俺も自ら尋ねはしなかったが、正直な所気になる。

 嫌でも明日がこの町にいる最後の日なのだ。

 やりたい事がないと言った方が嘘になる。

 彼女は五つ目に関してはまったく口にしない。まさか本当に決まっていないのか。

 俺は彼女がしたいといったことに付き合ってやれることしか出来ない。それが唯一のしてやれること。

 なぁ、やりたい事は他にはないのか? 俺はなんでも付き合うよ。

 美緒が最後にやりたい事を聞かせてくれよ。

 彼女と約束したのは時間は午後の六時。夕方だ。二時間経てば、花火が打ち上がる。出店をすべて回るにはそれくらいがちょうどいい時間か。

 しかし、花火を見ると言っても人混みが多くてかなわないのは確かだ。

 俺は特に人混みが嫌いで、花火はゆっくりと見上げていたい。

 それぐらい叶ってくれるといいのだが。

 しかし、おかしいな話もあったものだ。

 恥ずかしながら、俺は打ち上げ花火が嫌いだったのだ。特にあの大きな音がダメだったらしく、音が鳴るたびに母の後ろに隠れて終わるのを待っていたのだ。

 それが、どうだ。


 今となっては、花火は好きな夏の風物詩の一つとなっている。

 人生の道の先に何があるか分からないとは本当のことらしい。こうして、嫌いなものがいきなり好きになったりするのだ。

 美緒も、俺のことを好きだったりするのだろうか。

 考えるだけ無駄だ。聞く勇気もないくせにどうして、こう自分の都合の良い方に思考が偏ってしまうのか。

 人生、何があるのか分からない……か。

 もしかしたら、俺が彼女に告白する日も来たのだろうか。

 可能性だけならあったのだ。そう、可能性だけなら。

 余計な考えを頭から抜く。

 外は騒がしかった。

 窓を開けてわざわざ確認する。外には神輿を担ぐ男と法被(はっぴ)を着た老若男女の人々が、行列を作っていた。

 祭り恒例の神輿巡礼。

 神輿を担いで、この町の隅々まで歩き安全を祈るのだとか。

 神輿の後ろには獅子舞がいて、家から出てきた人々の頭をかじる。美緒の家の前に来ると、彼女の両親と美緒が出てきた。

 奉納する米と日本酒を彼女が持ち、天狗の格好をしている初老の男に手渡す。


 そして獅子舞に頭をかじられる彼女は、実は獅子舞が苦手だった。

 不気味な顔に、奇妙な動き。姿を見ただけで怯えて家から出てこようとはしなかった。

 彼女も俺も同じように祭りで苦手なものがある。

「賢太郎! 獅子舞が来たわよ、あんたもそろそろ降りてきなさい!」

 母の叫ぶ声が聞こえる。彼女の家の次は俺の家の番だ。そろそろ玄関に行かなければ。

「はーい!」

 返事をして、玄関先に向かうとすでに獅子舞が両親の頭をかじっていた。

「この子もお願いします」

 母がそう言うと、俺は気恥ずかしかったが頭を獅子舞に差し出す。

 大人しくかじられ、行列がいなくなるまで見送った。

「さて、賢太郎。あんたもお祭り行くんでしょ? しかも美緒ちゃんと」

 どうしてそれを母が知っているのか、甚だ疑問だったがあえて聞かないことにする。

「そうだけど?」

「もしかして、そのまま行くつもり?」

 母は俺の姿を指差して、怪訝な顔をして言った。

「いや、さすがに部屋着のままは行かないよ」

 お洒落に興味がない俺だとしても、部屋着のまま祭り行くことなどしない。余所行きの服ぐらい持っている。それを着ていくつもりだ。


 その旨を母に伝えると、母には鼻で笑われた。

 なにかおかしいことでも言っただろうか? 一緒にバラエティー番組を見ててもそうだが、母の笑いのツボはどうにも理解できない。

「おいで。良い服を着させてあげる」

 母に招かれるまま、ついて行くと和室から一着の服を持ってきた。

 俺がこの時期よく来ていた青色の甚平。子どものサイズじゃない、しっかりと大人のサイズのものだ。

「これって……俺の甚平だよな」

「そう、あんたのよ。こんなときも来るだろうって思って作ってよかった。ほら、着てごらん」

 脱衣所で甚平に腕を通す。サイズもぴったりだ。母は俺がまた美緒と一緒になって祭りに行く日を夢見ながら、この服を作ってくれていたのか。

 なんとお礼を言ったらいいだろう。

 本当に、母には敵わない。

 甚平を着たまま、母に姿を見せる。どうだろう、似合っているだろうか?

「うん、やっぱり似合ってるよ賢太郎」

 母は笑いながら頷いてくれた。

「その、母さんありがとう。俺のために甚平を作ってくれて。本当に……ありがとう」

「やだね、気持ち悪い。でも、作っておいて損はしなかったと思っているよ。もうちょっとで約束の時間なんだろう? そろそろ行く準備をしなさい」


 何から何まで知っている母親には、感謝してもしきれない。

 俺は財布を甚平の中に入れ、最後に脱衣所で変な顔をしていないか確認する。どこも悪くない。そしてボロボロのサンダルではなく、甚平用の下駄を履き外に出る。

 外に出ると丁度美緒が、俺のことを迎えに来てくれていた。

 今回は俺が迎えに行ってこの姿を見せて驚かせてやろうと考えていたが、そうするには早めに行動していたほうがいいようだ。

 美緒は淡い黒色の可愛らしい金魚柄の浴衣に身を包み、片手には赤い信玄袋を持ち、鮮やかな紺色の鼻緒をあしらった下駄を履き、花の髪飾りもつけている。

 普段とは違った姿に視線が泳ぐ。

 彼女の浴衣姿など久し振りに見たせいか、いささか似合い過ぎて目に毒だ。鮮やか過ぎて目のやり場に困る。

 彼女は泳ぐ視線を追うようにして、視界に現れる。

「どうしたの賢ちゃん? もっと見てくれてもいいのよ?」

 両手を広げて、目の前で舞妓のように回ってみせる。

「綺麗でしょこの浴衣。お母さんが選んでくれたの。賢ちゃんのその甚平、懐かしいね。あーあ賢ちゃんがそれを着てるなら、私も昔の赤色の浴衣を着て来るんだったな」

 美緒は悔しそうに下を向く。

「いや、その姿の美緒も十分綺麗だよ」


 俺はようやく気の利いた一言を言えた。そうだ、これだけで言えれば十分だ。

 彼女は見るからに嬉しそうに、にんまりと破顔した。

「賢ちゃん、早くお祭りに行こうよ!」 

 無垢の少女に戻ったかのように、彼女は俺を急かした。

「っと! ちょっと待てよ。そんなに急いだら転ぶぞ」

 美緒を追って俺は祭りの色に染まった町に躍り出たのだった。

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