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野巫の祭  作者: 凡栄
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野巫の祭 9

野巫の祭 9



あの時あそこに集まっていた人たちは一体何をしたかったのだろうか。

また、えも言われぬ違和感が頭の中に込み上げてくる。

この感じは古い記憶を思い出すときによく感じていた。

私の故郷である福島県浪江町は、去年発生した千年に一度と言われる東日本大震災によって大事故を起こした福島第一原子力発電所の事故によって今は人が住めなくなっている。

とは言っても、浪江町で育った記憶がほとんどないため故郷とはいってもあまり思い入れ、あるいは実感がない。

わずかに残る記憶を頼りに、その当時の自分の周りにいた人たちをなんとか思い出そうとするが、さすがに60年以上前の事なのでそのわずかな記憶もほとんど薄れて消えかかっている。

また、そのわずかな記憶を思い出そうとするととても嫌な気持ちになるのだ。

自分でもわからないのだがその記憶はひょっとすると自分でも消そうとしていたのではないかと思うのだ。

熱を出してそれが元で記憶を失ったと聞いているが、その前の記憶が一切無いのと、その後の記憶もまばらになっている。

自分は本当に浪江町で育ったのか。

ふぅ~…今日は何だかおかしな一日だな。

久し振りで酒を飲み過ぎたのだろうか変なことばかり考える。

さっきまで一緒に飲んでいた山さんは、こちらの事をすぐに気づいた。大人になってから知り合っているし、付き合いも長いから当然と言えば当然なのだろうが、では私の小さい頃の知り合い達は今の私のこと気づくのだろうか。

と言うより私は誰かの記憶に残っているのだろうか。

もし残っているのなら自分の小さかったときのことを尋ねてみたい。

こんなに自分が小さかったときのことを思い返すのはずいぶんと久し振りだと思う。多分、妻の里で質問攻めにあったときあのとき以来なのではないか。

忘れようとしてなのか、気にしなかった時にはさして問題と思っていなかったのだが、考えれば考えるほど腑に落ちない、合点のいかない事が浮かび上がってくるな。

何しろ生まれてから埼玉の浦和に引っ越すまでの記憶もなければ写真すら残っていないのだ。

両親からは浦和に引っ越した時にそれ以前の写真をネガごとなくしてしまったと聞いているが、よくよく考えてみれば周りの人から分けてもらったり学校のあるいは幼稚園の行事等の写真ならば当時でも焼き増しができたのではないだろうか。

熱を出した事や記憶を失った時の事を尋ねると決まって空気が重たくなり二人共に辛そうな顔をするので、いつしかその話はこちらからは聞かなくなった。それに、それ以前の事も。

また、極端に人付き合いが少なくて親戚というものに会ったことがない。友人関係もほとんど無かったと思う。

極めつけは私が成人してすぐに二人して事故で亡くなったのだが葬儀には親戚が一人も来なかった。浦和の町会の方々と浦和の知り合いだけで両親を送ったのだ。

それ以外では古い知り合いだという人が一人来てくれただけ。その方とは連絡先を交換して年賀状のやり取りだけの付き合いが続いた。今ではご本人は亡くなって息子さん夫婦とやり取りしている。

私の小さい頃、浪江町での記憶が無いのと同じ位両親の福島での記憶も無いに等しい。

思えばいつでも何かを恐れて気にしながら生活をしていたように感じていたものだ。

いや…

やめておこう。これ以上は、両親の事を悪く言うことになる。

決して裕福ではなかったがその中でも自分を育ててくれた両親だ。

ふう…

ため息をつきながら周りを見ると、散らかった旅行のパンフレットが目に入った。

(あーそうだ、妻と一緒に行くはずだった旅行のパンフレットを見ていたのだ…)

よくもまぁこれだけ集めたものだ。しかも見事なほど神社ばかり。

妻が行きたがっていた旅行の場所はいずれ自分1人でも行ってみるつもりだった。

ただ妻が亡くなってからと言うもの、毎日の生活と言うものに少し、いや、かなり疲れていたように思う。

繰り返される毎日を自分なりにこなしていくことに必死になっていたのかもしれない。

では妻が決めた順番で行こうとしていた場所へ少しずつでも行ってみるか?

といっても、元来信仰心がないので神社をまわる旅はやっぱり興味が持てない。

それよりも、さっきふと思ったことだが浪江町の人達はどこへ行ったのだろう。

妻には申し訳ないとは思うが、自分が無くした記憶のことのほうに興味が湧いてきた。

少しでもいいからそれが分かれば、この何とも言えない心の奥の方で支えている違和感が少し楽になるのではないか。

ひとまず広げてしまったパンフレットの山をもう一度箱に戻して片付ける。

部屋の明かりを消してリビング兼寝室へ戻る。

形遅れだが今の私には必要十分な能力のノートパソコンをちゃぶ台に乗せて電源を入れた。

とりあえず浪江町の人達の行方を調べてみよう。今どこにいるのか、そこには浪江町での自分を知っている人がいるかもしれない。

「浪江町」

小学校の時に離れて以来一度も帰っていない、故郷であるはずだが故郷の実感の無い町。

喉が渇く…

検索結果が出るまで、たぶん1秒もかからないのだろうがその1秒がものすごく長い時間に感じた。

浪江町に関するページがずらっと一覧で出てきた。

とりあえず浪江町のホームページを見ることにした、被災前と被災後の状況それらの情報とともに避難先の情報もあった。

どうやら仮設住宅は二本松市に相当な数があるらしい。その他にも県外にいくつもの仮設住宅があり、まとまってどこかに移住したと言うわけではないようだ。

情けないがあの大震災から1年以上が過ぎているのに故郷がどうなっているか今の今まで深刻に考えていなかった。

何となく申し訳ない気持ちがこみ上げてきて、アルコールの入ったこの頭で被災地の事を調べるのはとても失礼な気持ちにもなった。

調べ物は明日の朝起きてからすることにしよう。

また今日はいろんなことがあったので少々疲れているようだ。

酔いがぶり返したのか全身がだるく感じる。

それに今日は久しぶりに妻のことをたくさん考えたと思う。

一人のこの部屋でこの流れはあまり良くない。

寂しさを思い出す前に寝てしまおう。

すっかりぬるくなってしまったなんちゃってビールを一気に飲み干す、そしてラジオはつけたままで明かりを消してベッドに逃げるように潜り込んだ。

余計な事は考えないように。

一人の部屋は静かすぎて余計なことを考えてしまうので寝ることに集中しよう。

ラジオから流れてくる、いつか聞いた曲たちがゆるゆると眠りの中へ落としてくれて行った。







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