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野巫の祭  作者: 凡栄
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野巫の祭 1 男は造り壊す。女は産み育てる。国も歴史も女によって紡いでこられた。そして現在、女達による人の世の作り直しが始まる。


野巫の祭 1




朝からうだるような気温で、

雲も無く首筋を焦がすような日射しを避けて公園の木陰にやってき

た。


いつもよりは遅くに目が覚めたが、

かと言って何か慌てる必要も無い。

今日もまた昨日と同じような一日になるだけだ。

朝食代わりの棒付きアイスキャンデーを頬張りながら母親達に見守

られて遊ぶ子供達をただボーッと眺めていると、

わずかではあったが子供達と遊んだ記憶が甦ってくる。

楽しかった。

いや、必死だった。

仕事に追われて過ぎていく時間の中で何とか時間を見つけて子供達

と遊んだのだ。

確かに遊んだのだ。

正月、節分、お雛様、鯉のぼり、七夕、

夏の海水浴に田舎での盆踊り、花火大会、菊祭り、お酉様、

クリスマス、、、

家の中には行事がたくさんあった。

けれども自分がそれらにどれだけ参加していたかと考えると、

情けない位に自分が見当たらない。

仕方がなかった。

忙しかったんだ。

けれど、出来る範囲の中では子供達に接する努力はしてきた。

そう言い聞かせるように胸の中で繰り返すこともまた、

同じような毎日の日課になっていた。

「よっこいせ・・・」

立ち上がり、

食べ終わったアイスキャンデーの棒を口にくわえてズボンのお尻を

パンパンと叩く。

遊ぶ親子を横目で見ながら口にくわえていた棒をゴミ箱に捨てて駅

へと歩き出す。

今日は水曜日。日比谷へ行く日だ。

駅までは公園から歩いて20分。

慌てることはない、ゆっくり行けばいいのだから。

汗っかきな方ではないが、

さすがにこの暑さでは全身にじっとりと汗が出る。

日陰を選んで歩いて来たが背中には汗のシミが浮いてきていた。

JR上野駅から山手線の外回りに乗る。

始めて東京にやって来たときの思い出の駅でもある。

当時と同じ、

相変わらず人でごった返しているがあの頃の田舎の空気を身にまと

った人々はもう居ない。

御徒町を過ぎて秋葉原、神田、東京・・・・

集団就職で田舎から夜行列車で上野駅に着き、

広い会議室のような所で数日間寝泊りしながら挨拶や電話応対など

必要最低限の講習を受けてからそれぞれの職場へと散っていった。

研修をしていた会議室を出たその時、

山手線に乗った仲間達が一駅ごとに減っていく不安感。

これからどうなってしまうのだろうという言い知れない不安に襲わ

れたものだった。

集団就職にしては大手の建設会社に就職できたが、

当たり前だが数年間は現場での力仕事。

現場と内勤を繰り返していたが、

現場での事故による怪我がもとで定年までの後半はもっぱら営業を

していた。

定年後も嘱託で会社に残っていたが、

それも去年の春までで終わり慌てなくてもいい日々が始まった。

それでもやることはあった。

退職を待っていた妻が、

あれもやろうこれもやろうと色々と計画を立てていてくれていたか

らだ。

これから二人で今まで出来なかったことを一緒に取り戻そうという

矢先、その妻が退職後数ヶ月の去年の秋。

買い物に出た先で倒れたまま意識を戻すことなく逝ってしまった。

仕事仕事に明け暮れて過ごし、仕事を終えて二人になっても「

ありがとう」を伝えることが出来ないままに逝かれてしまった。

あてがなく、変化の無い日々が始まった。

結婚をして子育てのために郊外に一戸建てを購入したが、

子供達が独立して妻にも先立たれてしまうと一軒家は広過ぎる。

独りの空間としては余るうえに、

家の中には家族との思い出が強く残りすぎている。

特に妻の思い出が多過ぎる。

そこにいる必要というより、

そこから逃げるように家を処分して浅草のマンションへと引っ越し

てきたのが去年の暮れも押し迫った頃だった。

浅草を選んだのは昔よく飲みに来ていた街であり馴染みの店が多く

あったのと、

郊外の住宅他とは違い買い物も食べ歩きも車を使わなくても毎日歩

く距離で全てが事足りるので車を持つ必要が無い。

そろそろ運転も危ない歳になってきていたところだったし、

1人では車は維持費がかかり過ぎる。

そして何より食べ物が自分の口に合っていた。

今さらオシャレな店は必要がない。

その点、浅草は歳なりに楽しめる店が街中にある。

散歩に出るにも観光客が多い街なので人寂しさを味わう事もない。

行事が多いのも生活が楽しくなるだろうと思ったし、

それらは確かに正解だった。

今まで家事などした事はない。

掃除や洗濯、

食事の仕度というのがこんなに大変な作業だったとは1人になるま

で考えたこともなかった。

家で1人の食事は、時にたいそう気分を憂鬱にしてくれる。

今の自分は、食事は一日にせいぜい2回。

朝は前の日に買ってきたものを食べて済まし、

夜は晩酌をかねて外で食べる。

毎日違う店に行っても浅草全部の店を回るには4〜

5年はかかる事だろう。

「全部回り終える頃には俺も終わりかな⋯」

そんなことを窓の外に流れる景色をボーッと眺めながら考えていた

ら、山手線は2周目に入っていた。

「ああ、いけない。有楽町で降りないと⋯」

小さな声が出てしまっていた。

最近では時間の感覚がかなり緩んでいて、

昼に考え事をして気が付くと日が暮れているときすらある。

(こうやって、段々と世間からズレていってしまうのだろうか…

いいさ、どうせ世間の方は俺になんて用は無いのだからな…)

プラットホームに滑り込んだ電車を降りて駅を出る。

改札の辺りからは人がいっぱいだ。

ここから日比谷公園までブラブラ歩く。

「間に合うかな…」

急ぎたいのは山々だが、

この暑さでは歩くだけでもしんどいのでやはりブラブラと。

街にはビルが建ち並び、

その壁はガラス張りになっているので陽射しが反射してコンクリー

トの照り返しと相まって道路はまるでフライパンの上のようだ。

シャンテを越えてやっと日比谷公園が見えてきた。

(やれやれ⋯)

長い待ち時間の信号が青になり、

木陰が気持ち良い公園に入って行く。

パパパパー♪ズンチャッ♪ズンチャ♪

「始まっていたか」

流れて来たのは楽隊の演奏の音。

今日は警視庁の音楽隊による昼の演奏会の日なのだ。

この日比谷公園の野外音楽堂では毎週水曜日の昼に警視庁の音楽隊

金曜日の昼には東京消防庁の音楽隊が一時間弱の演奏をしている。

しかも無料で誰でも会場に入ることができるのだ。

野外音楽堂なので屋根は全てを覆っているわけではない。

今日の様に陽射しが強い日には屋根の日陰に入りたいものだが出遅

れた。もう日陰の席はいっぱいだ。

仕方ないので空いている日向の席に座って演奏を聴くことにしよう

席に座って落ち着いてから周りを眺めると、

いつも通りお弁当や買ってきた食べ物を食べながら聴いている人が

多い。

もちろんだが自分と同じように有り余る時間を持て余して来ている

者も少なくはない。

音楽が好きというより、

自分と同じ理由で来ている者が多いと思う。

この演奏会は毎週同じ曜日、同じ時間にやっている。

仕事を離れて時間が経つとこういう曜日の決まっている事を追いか

けていないと曜日の感覚が無くなっていってしまうのだ。




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