Act.1『片岡涼輝』
遠のく意識の中、俺は確かにその声を聞いた。
崩れ行く世界、声にならない叫び声と、そこで笑う道化師の姿がどうも腹立たしいがそれでも聞いているしかなかった。
黙って聞いていることしかできなかった。
あぁ、これでまた同じことを繰り返すのか。
そう思うと胸が痛くなる。
その度俺は何も出来なくて、
誰一人救ってやれないんだと何度も何度も泣きそうになって、
抱えきれない想いをぶちまけて、
それでまた___
***
頭が痛くなるような騒々しさと、やけにリアルな幻覚のせいでハッとなった。
少し蒸し暑く、広くて真っ白な室内。
見渡す限り大騒ぎしている人々。
そしてその中心辺りで呆然と立ち尽くす自分。
自分は何をしていたんだっけ、と必死に頭を捻るが何もかもが全然思い出せない。
片岡涼輝…17歳で、高校2年生…
混乱する頭にふと頭に浮かんだモノが自分の名前と年齢だということだけは理解した。
「………ここ、どこだよ」
再び周りを見ると皆同じような状況なのか『何が起きてる』だの『俺は誰だ』だの思い思いに叫んでいた。騒々しかったのはこのせいか。
上は80歳程度の老人から下は6歳程度の子供まで、老若男女様々な人々が数百人。
これから何が起きるというのか。その時だった
『はいは~い、皆さん要注も~~~く!!』
いつからそこに出ていたのか、映画館のスクリーンみたいな大きさで壁には映像が写っていた。
ジリジリというノイズが混ざり気味な画面では鼻から上しかない仮面をつけた男が陽気に笑っている。
『えー、こほん。ここは仮にも神聖な場ですので皆様お静かに。
…はい、静かになりましたね!皆さんこんにちわー!んふふ~。楽しいゲームになりそうな人たちばかりですねぇ』
「ゲームってなんだよ!!」
「状況を説明しろ!!!」
「テメェは誰なんだよ!!」
男が勝手に話を進めるのであちらこちらから抗議の声があがった。
考えていることは皆同じなようで一斉に画面の周りに集まる。
その様はまるで満員電車だ。
『で、す、か、ら皆様お静かにー。
あなた方の大半は記憶がないでしょうし…まぁ騒ぐのも無理はないかなとは思うけども…
…では、説明から始めましょうか。先程はおふざけ失礼、改めまして私の名は…管理人、と仮に名乗っておきます。よろしくおねがいしますね。
___さて本題です。あなた方は死にました。』
「「「「「なっ」」」」」
耳を疑うようなことを淡々と述べられ一気にその場が凍り付く。
「……確かに記憶はないけど…」
「おい!!!!死んだってなんだよ!!!!!」
「っざけんなよ!!!姿あらわしやがれ!!!」
『死にました、死んだんです。
そ~こ~で~、あなた方には生き返る権利をかけて、この世界…その名もA.DでリアルRPGをしていただきます。
もちろんRPGですのでモンスターも沢山います。
ちなみにA.Dでの死は消滅。生き返る為のRPGは続行不可となり、そのままあの世へ送られますので、HPや状態異常には特に気をつけてくださいね。』
*
つまりはこういうことか。
A.DではRPGをする。
その中で1つにつき1人を生き返らせることができる5つの宝玉を集める。
(但し石は5つ集まらないと意味が無い)
記憶に関しては致し方ないから宝玉探しをしている内に思い出せと。
…さっぱり訳が分からない。
例え死んだのが本当だとして、
生き返らせるなんて常識を超越したことが可能なのか?
そもそもなんで俺は死んだんだっけ?
生き返る理由はあったっけ?
何もわからないのだからしょうがない、参加するしが道はないだろう。
『まぁ詳しいことはヘルプ画面でも出して適当に聞いてください、それでは健闘をお祈りしますねぇ~☆』
__瞬間俺の意識はぷつんと途切れ、気付いた時には広大な草原に放り出されていた。
「……ん、んん……あれ?俺、さっきまで真っ白な部屋に……」
と、そこで自身に起こった違和感にようやく気が付く。
服が違うのだ。
今まで自分は確かに学生服をピシっと着ており、武器になるような物なんてはさみくらいしか持ってなかった。
それなのに今の自分の服装を見てみると水色を基調としたジャージに何やら茶色の胸当てのような物をつけた服を纏っており、背中には袋に入った大剣が居座っていた。
袋から取り出すとそれはまるでガラスのように透けていて、
でも確かに丈夫でよく切れそうだ。
「…うわっ…綺麗………なんて言うんだろこの剣」
ここで何故かそもそもな話、自分がRPGが苦手なことに気付いた。
次に何をすれば良いのかがさっぱり分からない。
手がかりは『5つの宝玉』のみで、それを集める為に手始めにどうすれば良いのか。
この場所がどこかを把握する?
モンスターを探す?
穴を掘ったりして宝玉を掘り出す?
そういえば管理人はヘルプ画面とか言ってたような。
でもヘルプがどこにあるのか聞いてない、どうしようかな?
ヘルプ出てこい、ヘルプ出てこい、とりあえず念じてみる。すると案外あっさり電子的な画面が現れた。
ヘルプと書かれた画面が1つ、それにもう2つ…
こちらはステータス等を表示するようで、デフォルメの俺と色んな数字がついていた。
どうしよう、冗談抜きで分からない。
…近くから爆発音が聞こえたのはその時だった。
「!?」
[モンスターが現れた為戦闘モードに移行します。]
感情が無さそうな少女の声が画面から響く。
目を移すと«DANGER»の文字と何やらたくさん並んだ呪文のようなものが。
爆発音がした方を向けば大きさにして5~6mはあろうかという巨大な熊が……
……熊?
いや、待てよ、アレの頭の上に表示されてる文字はなんだ?
HP1200……『Monster name:bear』
bear。ベアー。ふざけてんのかおい。
いやいくらなんでもベアーってダサすぎるというか…
もっとそれっぽい名前があっただろう、Bigbearとか。
「……どうでもいいけどコイツはヤバイな…」
俺のHPは250。HPというのは恐らく体力か何かの値だろうが…
なんにせよ差が圧倒的だ。
RPGは苦手だがこれは分かる、この熊は最初に当たるような敵じゃない。
逃げるが勝ちとはよく言うが、正に今がそれかと思う。
けど戦闘モードとやらに入っているせいかある程度離れた距離まで走ると最初にいた位置にワープしてしまう。困り物だ……
…戦うしかないってことだよな……
剣を構えた。
よく分からないがこの剣には力がある気がする。今なら、きっと
気がつけば俺は大きく跳んでいた。
跳躍力は思いの外かなり高いがそれ以上に敵の一撃が重く範囲が広い事は簡単に想定できる。
食らってしまうと急激にHPが減るだろう。
…あぁ、戦闘とか戦略とか考えるのは本当に苦手だ。
「…頭でも切り裂けば……いいだろ!!」
*
なれない動きに苦戦の末、ようやく倒すことが出来た。
一体何時間かかったのかは分からないが、とりあえず今は疲労が酷い。
草原に倒れ込みながら、眠るように一言だけ呟いた。
「……RPGって、めんどくさいな」